3②・侵入者+姉メイド談
侵入者があたしたちの前に現れた。彼が敵なのか味方なのかは分からない。あたしには殺意や敵意を感じとる力なんてない。
「あーあー、めんどくさいな~。ぼくは何も悪いことはしてないんだよ?
みんなでぼくを疑いの目で見つめてきてさ~。悲しいな~悲しいな~」
侵入者は周囲を見渡してため息をついた。
奉公人が侵入者と距離を取りながら会話を試みる。
「あなたの名前はなんだい?」
「『ルキフグス・ヴァン・グランド』だよ」
「そうか。出身地は?」
奉公人は優秀だ。侵入者との距離を取りながら尋問を行っている。
侵入者の周囲には3人くらいの侍が刀を構えながら警戒している。
もしも侵入者が敵だったら3人の侍が彼を取り抑えてしまうだろう。
「ねぇー」
「なんだ。出身地を聞いているんだが?」
「君ってさ。バカなの?
常識ってのを知らないのかい?」
「は?」
「ぼくが最初にきちんと名前を言ったんだからさ。
それなら、君も第一声に自分の名前くらい言うべきだよね?」
「いや、なんであなたに名前を名乗る必要があるんだ?
私のことはモルカナ国の奉公人の1人とでも思っておけばいいじゃないか」
「…………チッ(イラッ)
そうかい。君はそういう奴か。君たちモルカナ城の人間はそういう奴か。ヒドイやつらだ。反吐が出る。死ねばいいのに。最低だね。
君もそうやってぼくを嫌うのだね。ぼくの心に不快感を植えつけて。
加害者……ぼくの心を傷つけて何がしたいのさ。これは加害問題だ。ぼくへの加害問題。
ただ役職が犯罪組織の幹部ってだけで、どいつもこいつもみんなみんな、ぼくへの加害問題を行う……ぼくを軽視したりね」
犯罪組織の幹部?
その侵入者が発した言葉の意味ならあたしにも分かった。たぶんあたしでなくても周囲のみんなだって分かっただろう。
つまり、この侵入者はおそらく敵だということだ。我々を襲いに来た敵である。
「ぼくはただ伝言を届けに来ただけなのに。ぼくはただ彼女を迎えに来ただけなのに」
しかし、侵入者はあくまでも自分が警戒される理由を更に付け加えたことにも気づいていない様子だ。
彼は悲しそうに頭を抱えながら、ふと呟いた。
「はぁぁ~~~もういいや。話にならないな。
はぁ……『花水』……」
侵入者が謎の名前を発する。その時あたしにはその言葉がどういう意味なのかは分からなかった。だが、その言葉が技の名前であったことをあたしはすぐに知る。
「えっ!?」
侵入者が持ってきていた樽。普通の水が入っていた樽。
その樽が何もしていないのに内部から爆発。中にある水が周囲に飛び散った。
ただし、飛び散った水はそのまま地面に落ちることなく、宙に浮いている。
その不思議な光景に一瞬この場の全員が水を眺めてしまった。
侵入者から目を離してしまったのだ。
「『流水』」
その宙に浮いていただけの水が突如動き出す。
水が塊となり、まるで蛇のように宙を動き回る。そして、その水はみんなの周囲を動きながら……。
「グアッ」「ウギェエエ」「キャァァ!?!?」
みんなの肉体を銃弾のように貫通し続ける。次々と流水がみんなに襲いかかる。それはもう終わらない恐怖。
みんなその場から離れていくように逃げ出した。悲鳴をあげながら逃げていく。
武器を持って戦おうとする人はこの場にはいない。
最初に武器を持っていた奉公人と侍たちは一番最初に殺されてしまっている。
このままじゃあたしもシトリーちゃんも殺されてしまう。
だが、怖くて足がその場から動かない。逃げたくても恐怖で逃げられない。
「どうしよう……」
あたしはこの場にいる誰かに助けを求めるように周囲を見た。
けれど、誰もが逃げている。あたしたちが動けないことに気づいて振り返ってくれた女中さんは足を射たれてしまった。
「声が……声が……助け……声が……ぁ……でない……ぃ」
「姉メイドちゃん!?」
助けを求めようにも声がでない。涙を堪える。今のあたしにはそれしかできない。もう今にもこぼれ落ちそうなくらいの大量の涙を溢さないようにしていることしかできない。助けを呼びたいのに、恐怖で声が出せない。
そんなあたしの耳に聞こえてきたのは怒りに満ちた侵入者の名前を叫ぶ声だった。
「貴様ァァァ!!!
『フォカロル・ハーデス』!!!!」
その声の主は妹メイドちゃんだ。どうやら妹メイドちゃんはあの侵入者のことを知っていたらしい。彼女は侵入者を睨み付ける。
普通だったら、このままでは返り討ちにあってしまうだろう。だが、妹メイドちゃんはほんとうにすごいのだ。
妹メイドちゃんには特別な力が備わっている。魔法みたいな超能力。付喪人の力。鎖の付喪人の力だ。
妹メイドちゃんは何もない場所から鎖を発生させて自由に操ることができるらしい。
「死ねぇぇェ。 クソ野郎がァ!!」
悲鳴にも似た罵倒を吐きながら、妹メイドちゃんは侵入者への攻撃を開始する。
鎖を何もない場所から何本も発射。たくさんの鎖は絡み合い、不安定で予測不可能な動きをしながら侵入者に向かって放たれる。
「アッ」
そして、妹メイドちゃんが呼び出した鎖が侵入者の顔面に突き刺さった。それを合図にさまざまな方向から侵入者の体を鎖が貫通し、地面に突き刺さって固定される。
これでもう侵入者が生きていたとしても体を動かすことはできない。
妹メイドちゃんが息をきらしている。あんなに精神的にも疲労している妹メイドちゃんを見るのはあたしは初めてだ。
「はぁ……はぁ……」
その様子を見たあたしとシトリーちゃんは心配になって彼女のもとへと駆け寄ろうとする。
「「妹メイドちゃん(さん)!!」」
妹メイドちゃんはその声を耳にして振り返る。あたしはその時、きっと妹メイドちゃんは安堵した顔で笑顔であたしたちを出迎えてくれると思っていた。
だけど、妹メイドちゃんの顔は真っ青で唖然とした様子であたしたちを見ていたのだ。
「来てはいけない!!!!!!」
その声を聞き、あたしたちは足を止める。そして気づいた。まだ戦いは終わっていなかったのだ。
「………あ……その子。君の大事な子なのかな?
君にソックリだ。似ているね。
おや、もう片方は見たことがある。会ったことはないけど、夢の中で見たね。あの時はどうも……」
侵入者が喋っている。身体中を鎖が貫通しているのに元気に喋っている。
「そうだ。巫女ちゃんだった気がするな。
ねぇ、君からあの“礼儀知らず”に伝えておいてくれないかな?
どうせなら本人に言いふらしてあげたかったんだけどね。実は、あのガキがぼくに言い掃いてきた遺言ってのが傑作でさぁ」
どうやら侵入者の体が無事なのには理由があったらしい。彼の体が水みたいになっている。彼は体の作りを水にすることで、鎖が体を貫通するくらいの怪我でも死なない体になっているのだ。
「おい、他の者に注意を向けていていいのか? 私にまだ策がないとでも?
貴様を殺す手段はまだ……」
「───ああ、それもそうか。でも、時間がないんだった。奴らが戻る前にやらないとね」
侵入者の体は水となっているため、鎖から難なく脱け出すと、侵入者が妹メイドちゃんの方へと歩いてくる。
「は?」
「君を迎えに来たよ。受け取りに来るって【アンビディオ】で言ったろ?」
「貴様、何を?」
「君を受け取りに来た。悪いけど溺れてて」
侵入者はそう言って妹メイドちゃんの顔に手のひらを向けた。
「貴様…………ゴッ……ググッ!?」
妹メイドちゃんの顔を水が覆っている。それはまるで水の入った金魚鉢を被せられらかのようだ。
妹メイドちゃんはこれではもう呼吸ができない。しかし、逃げようにも顔から水が離れない。
妹メイドちゃんがもがき苦しんでいる。あたしが何とかしてあげないと彼女が死んでしまう。
だが、あたしは妹メイドちゃんを助けることはできなかった。
間に合わなかったのかもしれない。
「…………ッ」
妹メイドちゃんが動かなくなってしまったことを侵入者は確認すると、彼は彼女の顔の水を取ってあげた。そして妹メイドちゃんをお姫様だっこで抱き抱えている。
「それじゃあね。また遊びに来るね。小さいメイドさんたち」
侵入者が別れを告げると、一瞬のうちにその姿が消えてしまった。
侵入者と妹メイドちゃんの姿がモルカナ城からいなくなってしまったのである。
───あたしがこうして今日日記を書いているのは、この状況を力のある方々に伝えるためだ。妹メイドちゃんを救いに行って欲しいからだ。あたしの口では難しくてまとまらないから状況を文章にして少しでも伝えやすいようにしているのだ。
あたしはバカだから、これくらいしか思い付かない。




