13 ・『アモン・ゴエティーア』+未 戦⑥
息ができない。目を開けると大量の水が視界に映る。
暖かい温水の中に僕は倒れた状態で沈んでいた。
さすがに息ができないというのは苦しく、僕は呼吸をするために起き上がる。
「プ……ハァッ!?」
濡れた髪が視界を隠すので、僕はついた水滴を腕で拭いながら、周囲を見渡す。
僕は浴槽の中に立ち上がっていて、前方には洗い場が見える。
後ろを振り返ってみると、大きな富士山の絵が描かれていた。
まるでここは一般的なイメージのような銭湯だった。
「ここはなんだ。これは銭湯?」
また夢を見させられているのかもしれない。
僕が自決したのは夢だったのだろうか。
「う~ん?」
結局、夢か現実かの区別なんて僕にはまったくできない。
神となった巫女によって世界ごと呑み込まれそうになった時に、自決したのは覚えている。
やはり、あそこでは僕が自決せずに巫女を殺せばよかった?
どちらが正しかったかの正解がわからない。
「…………なぁなぁ」
誰かが僕の横から声をかけてくる。僕以外に人がいたことは驚いた。まさか、また神となった巫女と2人きりの状況なのかと、僕は声のした方を向く。
すると、そこにいた人物は僕と同じように浴槽に入っていた。
肩まで浸かって足を伸ばし、気持ち良さそうに温まっている。
「なに立ってんだい。ここは銭湯なんだ。ゆっくりしなよ」
「えっ? あっはい?」
僕に声をかけてきた先客は初めて会う人物だった。
そこにいた人物は肩まで伸びた黒く長い長髪、片目は髪で隠れているが、もう片目は獲物を狩る狩人のように少し尖っている。その身長も僕より高く、180cm以上はあるのかもしれない。
なんとなく、謎の高身長年齢上の女性に似ている。最初は彼女なのかと思うほど似てはいたがなんだか少し違う。どちらかと言うとこちらの方が本物みたいな感じだ。
「なぁなぁなぁ。オレサマの裸体をジロジロと見てさ。
変人さんなのか? 変態パパラッチなのか?
人体観測アンバサダー? 人体模型に発情するタイプ?」
「後半まったく関係ないん……ですが?」
「オレサマが言いたいことわかる?
オレサマが言いたいことは1つだけ」
わからない。
変人・変態パパラッチ・人体観測アンバサダー・人体模型に発情するタイプ。どれも人体に関係する言葉を適当に並べているのだろうけど。
「あー、つまりな。オレサマは今の状況が気にいらないのさ。
1人きりと思ってた銭湯。なのに裸体の男女。つまりな、見れちゃってんのさ」
そう言われて気づいた僕は勢いよく浴槽の中に浸かり、そして隠すべき場所をその手で隠した。
浴槽の中に1人の男と1人の女。
なぜ僕がここにいるのか、その理由は分からないけれど。
すぐにでもここから出ていかなければ僕の人生が終わる。
「すみません。すぐに出ます!! 別方向を向いててください!!」
「いや、ここ混浴の銭湯だから。出ていかなくてもいいさ。ほら、あそこにも男がいるだろ?」
そう言われて僕は女性が顎で示した方向では1人の人物が洗い場で自分自身の髪を洗っている。
そのアホ毛と髪は薄紫のような淡藤色だと分かる。その瞳は蒼く。顔立ちは少しクールな感じ。まるで子供のような身長ではあるが、それでも年上オーラを感じざるを得ない。
今度は僕が知っている人物だ。知っていない人物だということにしたい奴だ。
「やぁ、天才の僕の“愛弟子”。君に言われた通りに“予言の子のもう1人”を連れてきたよ。
本当はもう少し早く連れてくるつもりだったけど。ちょっと野暮用でね。君に似た女性と彼を助けていたんだ。まったく、今回だけだからね。天才の僕が無償で人の頼みを聞いてあげるってのはさ。天才の僕の唯一の愛弟子である君の頼みだからだよ」
「そうか、師匠。とりあえずありがとう」
髪を洗っているのはプルフラス。僕の知り合いではあるが知り合いと認めたくない人物だ。
なぜだか嫌いになりそうな人物だ。
そんなプルフラスの愛弟子であるというこの女性もどうやらプルフラスのことが少し嫌いなのかもしれない。
「久しぶりの再会でも君は変わらないな。数年も前に死者になってる君を呼んであげたのに。かわらずあの頃の君だ。
天才の僕もそろそろ悲しくなるよ。アハハハハ~」
「師匠も冗談がうまいな。いつから感情を持てるようになったのか。【刹那】のあなたがね……」
プルフラスと謎の女性が今にも喧嘩をしそうな雰囲気である。
僕はせっかくの再会であるらしい2人の喧嘩を止めようと思った。さすがに2人の喧嘩を見ていたいという考えは僕にはない。
しかし、僕が止める必要もなく、女性は思い出したように僕を見る。
「あっ、悪いね。喧嘩する時間もないんだった。それじゃあ、さっさと自己紹介といこうか。
オレサマは『アモン・ゴエティーア』。
【予言書の付喪人】であり、常に予言が頭に浮かんでくる者さ。ちなみにすでに死者だ」
「僕は……エリゴル・バスターと言います」
「そうか。エリゴル・バスターって名なんだね。よかった一目見れて。君が予言の子のもう1人ね」
予言の子?
僕がいったいなんの予言の子なのだろうか。
予言の子とはなんなのかプルフラスに聞いてみたい。
しかし、僕の顔はアモン・ゴエティーアに掴まれて動かせない。
「エリゴル君。気にすることはないよ。君は君のまま進めばいい」
「……驚いたな。名は物を縛るからと普段は名前を言わない君が名前を自ら告げるなんて」
「師匠は静かに。…………うん。君はいい顔だ」
そこでアモン・ゴエティーアは僕の顔から手を離す。
「よし、ありがとうね。
少しの時間だけど会えてよかったよエリゴル君。
一度は娘の相手の顔を見なきゃだったからね」
そして、僕は頭に手を乗せられてアモン・ゴエティーアに撫でられる。
「大人のせいで苦労をかけるね……」
「???」
「いや、こっちの話さ。それよりもこの銭湯から出ればいい。脱衣所に向かいなさい。今は十二死未戦だっただろ?」
「そっか。よくわからないけど会えてよかったよアモンさん」
「ああ、オレサマもだよ。ここからは君たちの時代だ。
オレサマの3人の弟子たちに負けるな。そしてオレサマの娘によろしくね。さようならエリゴル君」
僕は浴槽から出る。振り返るとアモン・ゴエティーアが浴槽に浸かったまま手を振ってくれている。
正直、アモン・ゴエティーアという人物を僕は今日初めて知ったのだが、それでも別れというのは少し寂しく感じてしまった。
「なぁ、アモンさん」
脱衣所への扉に手をかけようとしたのだが、僕はもう一度振り返る。最後に一言だけ言っておきたいことがあったのを思い出したのだ。
「あんたの娘さんは僕が守る」
「ああ」
「僕はあなたの娘マルバス・ゴエティーアを愛しています」
「ああ知ってるさ」
「娘さんを僕にください!!」
「……フッ」
笑われてしまった。さすがに気が早すぎただろうか?
「いやいや、君の愛にオレサマの許可がいるのかい?
それに娘の意思も確認してほしいかな。ただ、娘はあのように変わっていてね。オレサマの娘たちは大陸統一を目標として頑張ってる。
だから、それが終わったら改めて娘に告白すればいい。
親の許可は今言った通りだから必要ないよ」
「わかった……わかりました。それじゃあ大陸統一してきますね」
「ああ、予言ではなく、実際に名声があの世に届くのを楽しみにしてるさ。オレサマの師匠と2人でね」
僕はアモン・ゴエティーアに深くお辞儀を行う。
そして、僕は脱衣所への扉を開き、そして浴室から出ていくのであった。




