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12 ・胡蝶之夢+未 戦⑤

 頭が混乱する。僕は今どちらにいるのだろう。

今の状況は僕と巫女が丘の上にいて巫女は呑気に紅茶を飲んでいる。

これは夢か現実か。この状況はどちらなんだ。

僕は今、夢と現実、どちらにいるんだ。


「夢か現実か。それはどうでもいいことじゃないの。

どちらでも今は今よ。

今見ているのは現実かもしれない。夢かもしれない。

この丘の上から、神社の境内から、モルカナ国から、元の世界から、人間じゃないあなたから、見ている夢かもしれない」


「夢……?」


「それよりお茶でもしない? 運命の人」


 巫女に言われて気づく。フードがない。僕の顔を隠してくれていたフードがない。いや、そもそもフード付きのローブを着ていない。

脱がされたのか、最初から着ていないのか。

もうそれすらも信じられなくなってしまった。


「ねぇ、早く。来なさいよ」


巫女に催促されてしまった。その誘いを断っても進展がなさそうだ。

僕は警戒しつつも、巫女に言われた通りに席につく。

巫女は新しいコップに紅茶を入れて差し出してきたが、僕は巫女を警戒し口をつけることはしない。

その動作を見て、僕から話題を出すつもりはないと判断したのだろう。

神となった巫女は少し悩んだ素振りを見せた後に、話題のひとつでも思い出すように語り始めた。


「……『胡蝶之夢』。これが私の必殺技。夢と現実との区別を付けられなくする。見せる夢を現実と錯覚させる。生物であればどんな存在でも夢を見させることができる。発動条件は私と目を合わせること・そして私にその意思があること」


「……なんで教えてくれるんだ?」


「教えたところで、それを対抗しようと思える?

今、この状況でも私はあなたに『胡蝶之夢』をかけることができるのよ」


「わかった。その通りっちゃその通りだもんな」


打つ手なし。勝てる誤算なし。

自分の思い付くことはやって来たつもりだった。それでも神となった巫女には勝てなかった。

だから、今の僕は神となった巫女に殺意を抱いてはいない。キユリーのことは忘れるつもりもないが、今の絶望的状況をさらに絶望的状況にするつもりはないのである。

今は抑えるときだ。

しばらくは神となった巫女に接触して隙を伺ってみるのだ。


「それで、僕は運命の人なのか?」


「ええ、そうよ。あなたが私の運命の人」


「そうか。でっ、僕はどうすればいい?」


「何もしなくていいわ。ただ私に全てを委ねればいいの」


「そうか……。なぁ」


「なに?」


「なんで僕が運命の人なんだ?」


「私はあなたに感謝しているからよ。ほんとうにほんとうに感謝して憧れて愛しているからよ」


「感謝ねぇ」


「それで、私を受け入れてくれる気になったかしら?」


「それはなんだか嫌だな……」





 僕がふと本音を漏らした途端の出来事だった。

強風が吹き荒れて、小さな丘のテーブルと椅子が倒される。

僕のコップも地面に落ちて中身がこぼれ落ちてしまっている。

これじゃあ新しい紅茶も飲めやしない。


「…………認めなさい。運命の人。あなたは逃げられないのだから」


「…………」


本音を漏らしてしまったのを今さらだが後悔してしまう。隙を伺ってみると決めたばかりだったのに……。僕はバカだ。


「安心して。全てを私に委ねればいいの」


神となった巫女がそう呟くと、彼女の体から大量の羊毛の綿が一面に流れ落ちていく。

それはまるで津波のように丘の上から地面を隠していき、どんどん広範囲へと広がっていく。この丘を越えて海を越えて大地を越えて……。世界が白く包まれていく。

僕はその光景を見ていることしかできなかった。


「私を受け入れて」


次第に、ズボッと底が抜けるように僕の体は立っていたはずの羊毛の綿の中に沈んでいった。

今では腰の部分まで沈んできている。

沈んでしまった足は足場を見つけることができずに、底無し沼の中にいるような感覚をあじあわされている。


「なぁ、僕が運命の人なんだろう?

それなら交渉してもいいはずだ。お前、神様なんだろ?」


「交渉? ええ、いいわよ。これからずーーっと一緒にいるあなたのためですもの」


「キユリーとあの人を生き返らせてあげちゃくれないか? そして返してあげてくれ」


「嫌よ。一度死んだ者は嫌い。なぜなら次もあるからと死に慣れていくから。別れをなんとも思わなくなるから。

自分の命を粗末にするのは嫌いなの。あいつらのように、命を粗末にする奴らも、利用する奴らも嫌いなの」


どうやら過去になにかあったらしい。残念だ。交渉も決別してしまった。


「ケチだな。神様の癖に」


その言葉に神となった巫女はニヤリと笑い、深く重い恋の眼差しで僕に近づいてくる。

そして彼女は沈みゆく僕の顔に両手を当てて、キスをすると、そのまま口を開き始めた。


「その神様にあなたもなるのよ?」

「あなたの体は私と共に堕ちていく」

「そして独りになった時、私はあなたにこの世のあらゆる愛をあげるのよ」

「呑むの」

「未は興味もないけれど、あなたは別」

「運命の人だもん。大切に丁寧にこの世の愛を平和を楽園を天国を快楽を堕落を……。私と一緒に味わいましょう?

私とあなたが一緒になれば私は運命の人と一生添い遂げられる。絶対に離れることもない。永劫の永遠を愛して愛されて。

だから、私を独りにしないで。あなたも一緒にいようよ」


足の感覚が失くなってきているのを感じた。溶けている。恐怖も痛みもない。ただ、朝日を浴びて起きるような清々しさと優しさを感じる。


「ああ…………」


だが、これ以上、なにもしなかったらほんとうに終わる。

上半身がまだ使える今だからこそ手を打たなければいけない。

さいわい、僕の手には青い短刀が握られている。

これで神となった巫女を刺せば……。全てを解決できるかもしれない。やってみる価値はある。

防がれるかもしれないが、今の巫女は隙を見せている。

殺るなら今だ。殺すなら今だ。

みんなを救うのなら今しかない。







 「─────いや違う」


僕は青い短刀の刃先を体に突き刺す。

そこは心臓。今も生きている僕の心臓。


「ッゴハ!?………………」


血を吐き出す。おそらくこれで僕は死ぬはずだ。神となった巫女も青ざめた顔をしている。

これでいいんだ。これでいいんだ……。

12月27日0時から1月2日まで毎日更新する予定です……

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今回の話もどうかあなたの暇潰しとして役にたちますように…。 気に入っていただけたら是非評価でもポチッと押していただけませんでしょうか。モチベーションに繋がりますので…。星1でも構いません!! ★これ以外の作品☆付喪神の力で闘う付喪人シリーズ
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