5②・『バティン・ゴエティーア』『マルファス・ラ・ドラグ』+A級裁判
「おい、…………!!!」
なんだろう。誰かが僕を呼んでいる。
意識がもうろうとして記憶が曖昧な状態でも自分を呼ぶ声には気がついた。
「おい、起きろ!!!」
うるさいなぁ。まだまだ寝させてくれよ。あと2日くらい……。
そういえば、どうして僕はまた寝ているんだっけ。あっ、思い出した。……姉メイドちゃんのバットがクリーンヒット。本当に殺されかけたんだった。
むむむ。
確か、あのときに家主に会わせてくれると言っていたが、この声の主が家主なのかな?
だからといって、殴って連れてこなくてもいいはずだろ。よし、早く目覚めて文句言ってやる。メイドの教育がなってないぞ!!って言ってやる。
「………!!」
目を見開く。
起きてすぐに目隠しをされていたし、気絶していたからか。太陽の日差しが非常にまぶしい。
しかも僕が目覚めて最初に見たのは家主の顔ではなかった。
僕が今、見ているのは刀の刃先。
僕の目にギリギリ刺さらないくらいの距離で刃先が突きつけられている。
「うわっわっ!?!?」
驚愕の叫びは出したものの、僕はその場に固まってしまった。
下手に動いて突き刺さったりしてほしくなかったし、僕の体は地面に押し付けられてしまっていたからだ。
僕が暴れないように側にいる5人の兵士のうち、2人が僕を押さえつけてくる。
砂利だらけの地面に押し付けられて、チクチクと痛かったが、それよりも刃先の方を気にしてしまう。
僕に刀の刃先を向けていた女は僕が目覚めたと分かると、刀を鞘にしまって何も言わずに僕の前から立ち去ろうとする。
その女。よく見ると、その者は青き布に白い線の入った羽織を着て、黒く短いショート髪と青メッシュ、その目は人を嘲笑うように少し見開いていた。ボーイッシュであり和服美人である。
「おい、なんだお前は!!
なんでこんなことをするんだよ!!」
敵意むき出し。
たぶん、姉メイドさんに僕を拉致するように命令したのもこいつなのだろう。
眠っている人に刃先を向けるような悪党だ。つまり、僕はとんでもない悪党の家主の家に転がり込んでしまったということか。
だが、理由がわからない。
僕がこんな目に合う理由がわからない。
なので、せめて理由だけでも言ってほしかったのだが。
「黙れ罪人!! 死ね!!」
女が振り返り、初めて発した言葉はこんな暴言であった。
白い砂利が散りばめられた庭園。ここはお城の庭園。
見上げれば立派な城がすぐ側に建設されている。たくさんの見物人がいるのは普段は入れないような場所だからだ。柵の向こう側でまるで見世物でも見るかのように人々が僕を見てくる。僕を見ている。
この場にいた僕は正座で砂利の上に敷かれた布に座らされていた。お白洲みたいな場所である。
「何が始まると言うんだよ……?」
裁判でも始まるのか?
いや、それにしては古い感じがする。なんだか、江戸時代が舞台の時代劇みたいな裁判所だ。そういえば、あの最悪な女も罪人なんて言葉を使っていた。
罪人……? 誰が?
「まさか、僕が!?!?」
驚いて声が出てしまった。僕が罪人デビューをしてしまうなんて……。本当に悪い方のメディアデビューをしてしまったのだ。
見に覚えがない。冤罪だ!!
この世界でも僕は悪いことはしていない。なにかを破ったこともない。わいせつな行為をした覚えもない。
僕は無実なんだ!!
すると、驚愕の叫びすら許してくれない最悪な女が僕を叱りつける。
「おい、黙れよ。クズ!!
お前はもうこのA級裁判から逃げられないんだ。おとなしく罪を受け入れろ。そして死ね!!」
どうしよう。まったく萌えない。
こいつの暴言は完全に殺意が混じっている。
SMプレイだっけ?
世の中にはそんな事を楽しむ人がいるそうだが、こいつはそのレベルじゃない。
こいつはきっとゴキブリか僕かを選べと言われたら、真っ先に即答でゴキブリと選ぶ気がする。
いや、訂正しよう。殺意が混じっているわけではなかった。混じっているというよりは殺意でできている。殺意100%。
「おい、お前!!
こんなことして僕は知らないからな!!
僕の命の恩人が黙っちゃいないぞ」
なんだか、漫画とかに出てくるザコキャラみたいな台詞を口にしてしまった。読んでる時は「こんな事をいう奴いるのか?笑」なんて考えていたが、実際にこんな状況を体験して分かることがある。
なんだか、頼りになるのだ。きっと来てくれると信じるだけで希望が湧いてくる。心の支えになる。
「へぇ、命の恩人か?
それは『マルバス・ゴエティーア』のことだよな?」
「お前マルバスの事を知っているのか!?」
「ああ、マルバスは“私の姉様”だ。お前程度の人間が眺めていいお方じゃないの。
私の姉様はかっこよくて、素晴らしくて、愛らしくて、クールで、かわいくて、凛々しくて、美しくて、優しくて、強くて、偉くて、すごくて、厳しくて、ヤバくて、はんぱなくて、賢くて……とにかく唯一無二なお方なんだ。お前みたいなA級犯罪者が関わるべき相手ではないんだよ!!」
依存している。姉様依存症。
言っておくがこいつが姉様の話をしている時の顔ヤバい。顔の力が抜かれてるのだ。ヘロヘロな幸せ顔であった。
beforeとafterの差が違いすぎる。僕に対する反応と姉様に対する反応ではここまで違うものなのか。
「というか、A級犯罪者ってなんだ?」
「◯級犯罪者とはな。最大がS級だ。D.C.B.A.Sの順番で罪が大きくなるんだ。Sが国家転覆未遂・国主暗殺未遂で即死罪。そして貴様はA級犯罪者。裁判によって死罪か有罪か決まる。私としてはお前は即死罪であって欲しかったのだがな」
そうやって得意気に説明してくれる最悪な女。こうしてちゃんと説明してくれるのはありがたいのだが、もちろん彼女はあの一言は忘れない。ちゃんと言わなくてもいいのに言ってくれたのである。
今度こそ、振り返り立ち去ろうとした瞬間に彼女は「死ね。クズ」とちゃんと付け加えて去っていってくれたのである。
しばらくすると、見物人たちが時計を見ながらザワザワと話し合っていた。
時間を確認しているのように見える。つまり、始まるのか。
僕の今後に関わる裁判が…………。
ここで僕の無実を証明しなければならない。
あの最悪な女にも復讐してやる。
僕が無罪を勝ち取って泣いても許さないくらいのあんなことやこんなことを味あわせて……(省略)。
すると、裁判を待つ僕らの前に、公事場の奥から1人の老人が現れた。
その老人。灰色に白き髪を髷のように結い、深いシワと青き瞳を持ち、袴の長い長裃という大名のような白と黒の和服を着ていた。年齢はおそらく60以上はいっているはずなのだが、その老人の背丈は高く背筋も伸びた老人侍のような男であった。
「静粛に!!
では、これよりA級犯罪者エリゴル・ヴァスターの吟味筋を行う。この裁判を取り仕切るは私、ゴエティーア家家老『マルファス・ラ・ドラグ』が取り仕切らせてもらおう!!」
老人は深々とお辞儀をして公事場の中央にある机の側に座る。
あの机には僕の情報が書かれた紙が閻魔帳みたいに置いてあるのだろう。
そして、次に現れたのはおそらく検事役。いや、あいつが絶対検事役じゃなければ何役が当てはまるのだ。僕を有罪にするのなら、検事としての適任はあいつしかいない
「そして、検事は私、マルバス姉様の忠実な妹『バティン・ゴエティーア』。A級犯罪者を確実に死罪にするとここに宣言いたしましょう!!」
やはり、あの最悪な女であった。あの女、本当に妹だと名乗っている。いったい、どんな育ちかたをすればあんなに姉妹の性格が正反対になるのだ。
しかし、ここで1つの疑問が生じた。
僕の弁護士のことである。
検事に僕が1人で立ち向かうというわけにはいかないはずだ。それに今回の裁判は僕の無実を証明しなければならない。なんの罪を犯したのかも分かっていない状態だ。決して、有罪になってはいけない。僕は無実なんだ。
だからこそ、この裁判には最強の弁護士が必要だ。
僕の有罪を逆転してくれるほどのスーパー弁護士が必要だ。
僕の今後はその弁護士にかかっているのである。
頼む……!! 素晴らしい弁護でこの状況を逆転してくれ。ひっくり返してほしい。
そう思っていた矢先、ついに僕の弁護士さんが公事場へと現れた。そこに弁護士として現れたのは子供。顔を見る前から嫌な予感がプンプンしてくるような頼りない子供であった。
「さぁ、さぁ、皆様お待たせいたりました。弁護の登場です。この国唯一のメタ担当。もちろんタメ口はダメですよ。
さぁ、久々の登場によりためにためたこの怒り、検事をメタメタにしてやろう!!
あなたのお側に案内人。人力車屋の『セーレ・キユリー』。ただいま参上!!」
もう駄目だ。終わった。有罪が確定してしまった!!!!!
【今回の成果】
・A級裁判の被告人になったよ
・バティンはエリゴルのことを相当嫌っていたよ
・裁判を取り仕切るゴエティーア家家老マルファス・ラ・ドラグ・そしてマルバスの妹バティンが検事になったよ
・キユリーが弁護することになったよ