2①・食べ物の恨み+神の鐘
男が撃ち殺された。酒場の店内で酔っぱらっている高身長年齢上の女性と対峙していた際の出来事である。
その女性が男をなんの躊躇いもなく撃ち殺したのだ。
僕はその光景を見て思わず恐怖で声をあげてしまうところだった。
「ッ……」
だが、耐える。ここで声をあげたり恐怖したような印象を与えれば……つまり騒げば、次に狙われるのは僕かもしれないからだ。
「アハハハハ。狂ってる?
狂ってるのはお前らだろうが!!」
そう言って女性は何度も何度も、死体となった男に銃弾を発砲する。
そして、落ち着いたのか。女性は死体を撃つことをやめて、側にあった椅子に腰かけた。
「…………ふぅ。座れよあんたも」
立っているのはこの場には僕しかいない。
僕は女性に怯えながらも言う通りに座る。それでも警戒は解かない。腰につけた青き短刀は常に握っている。
だが、さすがに警戒しすぎていたのだろう。それが彼女にバレてしまった。
「さて、警戒しすぎだ新参者。安心するがよい。あの死体は別にどうでもいい」
「警戒しないわけがないだろ?
お前は何の理由もなく人を撃ち殺したじゃないか」
「そうだな。オレが殺した。だが、あいつは何にも思っちゃいない。恨んですらいない」
「は?」
確かに死人に口無しという言葉は聞いたことがあるので、恨み事を話すこともないのかもしれないけれど。
そもそも、思ってもいないとはどういう事なのだろう?
僕にはまだ女の言っている事が理解できない。
「ここが夢の中の国なのは知ってるだろ?
この夢の中の国には様々なルールがある。
その1つが“人が人を殺せない”だ。人と人が争い殺し合いをしないようにするためさ」
「なんだそれ。ルール? 誰が決めてんの?」
「“クソガキ”だよ。この夢の中の国の現王にして化物だ。そのガキが鐘を鳴らす。すると、全ては元通りってわけさ」
彼女は壁にかけられた時計をチラリと見る。時間を確認しているようだ。
「もうすぐ聴こえてくるんだよ。鐘の音が……。“神の鐘”だの言われる名さ。新参者、あんたも試してみるか?」
そう言って彼女は隠し持っていた銃をなんと僕ではなく、キユリーに手渡した。
「えっ、私ですか?」
「いいぞ。好きな奴を撃ってみろよ」
彼女はキユリーに銃を手渡すと、この場の誰でもいいから撃ち殺してみろと囁く。
だが、やはりキユリーは悩んでいた。そりゃ夢であれキユリーが人殺しをするような奴ではない。キユリーは彼女から銃を受け取り、それを握るだけで周囲を見渡す。
誰かを撃つ気なのだろうか。あの優しいキユリーが……。
「えっと……じゃあ、先週の大福の恨みって事で」
あの優しいキユリーが食べ物の恨みから僕に銃口を向けてきたのだ。
先週の事である。
キユリーの部屋へと物色でもなく……証拠を探しでもなく……遊びにいったのだが。僕が机の上に置かれていたお土産の大福のうち1つを勝手に食べちゃったのだ。
「ちょっ僕かよ!?
待って、確かに2個入りを勝手に1つ食ったのは悪かったけどさ!!
ちなみに日頃の恨みと食べ物の恨みはどっちが上?」
「食べ物の方が上ですよ。憎い憎い大福の恨みィィ!!」
「うわ、目がガチだよ。マジギレさせたのか僕は。ごめんなさい。あまりに美味しそうだったから」
完全にしくじった。まさかここで大福の件が出てくるとは思っていなかった。
やはり、証拠がないように大福は2つ食べておくべきだったか。
でも、なぜバレたんだ?
足跡も匂いも埃も綺麗に掃除して消しておいたはずなのだけど。
「その掃除ですよ。なんですか。毎回毎回勝手に部屋に入ったら掃除して!!
物色しないで掃除して!!
毎回、帰ったら部屋が綺麗になってるんですよ。あなたは親ですか!!」
「親子も同然の関係では?」
「拗らせすぎですよ変人宣教師。じゃれあい死刑囚。
とにかく、食べ物の恨み!!!」
「ッ……!?」
まぁ、さすがに年頃の男の子or女の子の部屋を掃除したあげく、2個入りの大福を1つも食べたんだから、恨まれる理由にはなるのだろうけど。
殺される理由になるなんて思ってもいなかった。
こんなことになるのなら、1個じゃなくて大福を2個食べておくべきだった……。
だが、後悔してももう遅く。僕の耳に銃声が鳴り響いたのであった。




