4 ・ 嫌な記憶+事件
事件はとある公園で起きていた。大隈光太郎の家に向かうための信号待ちの交差点。その先にある公園だ。
公園内では数人の男子高校生グループが1人の高校生を囲っている。
囲っているというよりは追い詰めていたという方が正しいかもしれない。
ようはイジメの真っ最中だ。しかもイジメはイジメでも暴力的行為の方だった。
「ッ……!?」
当時の僕はまだ正義感を信じていたので、いつも通り真っ先にあの集団めがけて突撃していたはずだった。
しかし、今回は怖かった。
高校生グループが1人の男子高校生を殴る蹴る。
その光景に恐怖したのだ。自分も向かっていけばあのような目に会うのではないかと足が動かなかった。
だから、数秒の間、僕はその場から動けなかった。足が凍りついたように動けなかった。
このまま信号が変わらなければいい。そうすれば僕は向こう側に近づく事もなくなる。そう思っていた。
だが、信号は赤から青へと変わる。
そして、その間に僕は見たのだ。集団に暴行され続けている男子高校生の顔を……。
その顔がハッキリと見えた瞬間に、僕の凍りついたような足は勢いよく公園内へと走り出す。
その涙を流す顔は大隈光太郎の顔だったのだ。
僕もやられた。巻き込まれた。
奴らにとっては邪魔者が1人増えただけの事だ。
彼らにとっては、知らない他校の高校生なのだろう。
だが、突然突き飛ばしてイジメ対象の手をつかみ、逃げようとした事は、僕が男子高校生の友達である事は明らかにするには充分だった。
こうして、輪の中に入ってしまうと、僕も大隈光太郎のようにターゲットにされたのだ。
痛かった。苦しかった。怨めしかった。
こんなにも怪我したことなんて今までに一度もない。
それよりも……。
大隈光太郎の悩み事を聞き出すために向かい、大隈光太郎の悩み事を理解し、大隈光太郎の事を守ることすらできずにいる。
当時の僕には当時の僕という存在が一番つらかった。
殴る蹴るの最中、僕は僕を恨めしく思っていたんだ。
そして、もう目も腫れ始めた頃である。大隈光太郎の怪我具合は僕よりもひどい物だった。
高校生グループはここで僕らに手をだすのをやめた。
飽きたのだろうか?
とりあえず、これ以上殴られなくなったのはありがたかった。何はともあれもう終わるのだ。精神がバグっててこんな時に嬉しいと思ってしまう。
僕らは起き上がる気力ももうないのだ。
すると、何人かが地面に倒れていた僕らに吐き捨てるように何かを告げた。
「─────」
次はちゃんと成功させろとか、もう逆らうなよとか、明日までに持ってこいとか……。そんな感じの台詞でも吐いたのだろう。
彼らは僕らに制裁を加えてスッキリした後に、この公園から立ち去ろうとする。
僕の耳には彼らの蔑むような笑い声だけが聞こえていた。
「光太郎!!」
だが、途中で、誰かが大隈光太郎を心配した声を発したようだ。光太郎の知り合いが心配してやって来たのだろうか?
声の高さ的には女性なので、あの高校生グループでもさすがに女性に手は出さないだろうと信じながら、僕は「逃げて」と駆け寄る女性に訴えようとした。
「薫。本当にごめん……」
だが、僕が見上げた先にはこれまでに見たこともない表情でキレていた僕の姉の姿があった。
正直、驚愕で声もでなかった。
どうして県大会のために部活中の年上がいるのか?
どうしてこの公園にやって来たのか?
どうして姉が大隈光太郎を探していたのか?
まったく、わからないまま。
男子高校生グループは1人の女子高生に見るも無惨な程清々するくらいの実力の差を見せつけられることになるのだろう。
ここから先はよく覚えていない。僕自身が気を失ったのかもしれない。
その間の出来事は誰も僕には教えてくれなかった。
どうなっていたのかもわからない。僕は知らない。
結局、この事件が解決するまで3日以上はかかった。その期間、僕と大隈光太郎は入院。姉は事情聴取。
県大会はあの事件の2日後である土曜日だった。
姉の目標は途絶えたのだ……。




