2・登校+元の世界
これは過去の記憶を夢として見ているだけの話である。
それをフレンドちゃんに気づかされたことで、僕は明晰夢を見ているような状態になった。
だいたいの記憶を思い出したのだ。
つまり、僕は今見ている光景が全て偽物であると知っている。
今見ている光景が当たり前ではなくなってしまう事を知っている。
「…………」
だから、全てに泣きそうになった。
みんなとサッカーをしている時も、大隈光太郎との帰り道も、姉(年上)との雑談も、家族との夕御飯も……。
僕は泣きそうになりながらも、決してバレないように普段通りを演じていた。
そして、時間はあっという間に過ぎていく。僕は寝るために自室に戻る。
そこでは、誰もいないはずの部屋でフレンドちゃんが待っていてくれた。
「良い人間関係ですね。フレンドの家族はみんな優しそうです」
「ああ、なんだか少し元の世界が恋しくなっちゃったよ。僕があの世界に喚ばれなければ、今も家族とこんな日々を送れてたのかな?」
「この元の世界?に戻りたくなったら私に相談してくださいね。相談相手くらいにならなってあげれるので」
「ありがとうフレンドちゃん。君は優しいね。でも、その心配はいらないよ」
「えっ……?」
「僕はまだ戻るつもりがないからね。やることがあるんだ」
「ふーん、決意は固いですか。まぁ、いいでしょう。
それで? ここからどうなるんっすか?」
ここから先は結果だけを覚えている。僕らは数日後……。8月31日に飛んだ。
8月31日。
この日は夏休みなのに登校日だった。
まだ日差しの強い中、僕は汗を流しながら、自転車を漕いでいく。
「日本の夏は暑いっすね。死んでしまいそうです……」
頭の中にフレンドちゃんの声が響き渡る。周囲を見ても誰もいない状況なのにフレンドちゃんの声が聞こえるというのはなんだか不思議だ。
フレンドちゃん曰く、夢の中なので僕の体に入ってこれているらしい。
かといって、別に慣れないわけでもなく、むしろ違和感を感じないのは何故だろう?
「ねぇ、フレンドちゃん。君の声は誰かに聞かれることはあるの?」
「ないですよ。フレンドの独り言を聞かれたらまずいですか?」
「見えない何かと話している子って思われたくないしさ。気味悪がられそうで」
「なるほど……。でも、ご心配なく。
いくら聞かれても夢ですので」
そうだった。夢の中なので人目を気にする必要もなかったのだ。
ここは過去の記憶を夢として見ているだけ。
僕がどんな事をしようとも結果は変わらないんだった。
だったら、何でもできるってことか……。
どんな悪戯をしてみようか?と僕は考えていたのだが、それを防ぐようにフレンドちゃんが声をかけてきた。
「フレンドの制服姿って新鮮。写メとって良いですか?」
「ん? ああ、良いけど写メってよく知ってるな。あの大陸にもあるの?」
「あの大陸には【漂流物】として様々な世界の物が流れてきたりしますからね。まぁ、ほとんどが場違いな道具です。
マルバスのミキサーだって漂流物ですからね」
そういえば、アンビディオに行く前くらいに妹メイドさんがスタンガンを持って漂流物と話をしていたことを思い出す。
「漂流物ねぇ。漫画でも流れてこないかしら。面白い奴をキユリーに紹介してやり……ん?」
と、ここで思考が一点を向いた。
僕が自転車で高校へと向かうための一本道。
前の方から人が歩いてきたのだ。
ため息をつきながら、下を向いて歩いている他校の制服。うちの県はどの高校でも朝課外があるので他校の生徒を見る機会は良くあるのだが。この日は珍しい再会の日だった。
僕と彼との目が合う。
僕の目の前に大隈光太郎がいたのである。
数分後。大隈光太郎と別れた僕はそのまま高校へと向かうために自転車のペダルを漕いでいた。
「あれ? あの人との会話は?」
「……終わった。しっかし不思議なんだよ。実験として、お前の話もしょうとしたんだけど過去のまましか喋れなかったよ」
「それはたぶん、ここが過去の記憶だとしても、未来を知っているあなたが口出ししないように、過去のあなたが過去のまま会話をしたって感じですね」
「でもさ、夢なんだから。展開が変わってもいいと思うんだけどね」
「ダメですよ。折角の機会です。過去を過去のまま見ないといけません」
「……もしや僕の嫌な記憶を見れるのが楽しみなの?」
「いえいえ、そんなことは」
僕の疑問を否定しながらも、フレンドちゃんが目をそらしている。
僕の目を見て言ってください。
だが、フレンドちゃんはすぐに話題を切り替えた。これ以上の詮索を避けたいという思いがあったかは知らない。
「でッ、ところでどんな会話をしたんですか?」
「ああ、確か……。
『よッ、どうしたんだよ光太郎。お前の高校はそっちじゃないだろ?』
『あっ、うん。ちょっと考え事してて間違えちゃった』
『そっか。そんなに悩んでるならサボっちゃえば?』
『ダメだよ。そんなの……。それに約束があるんだ』
『でも、顔色悪いぜ?』
『大丈夫心配しないで。僕1人でもなんとかなるから』
『それならいいんだが。本当に大丈夫か?
どうしてもダメな時は、僕や姉でもいいが相談してくれよ?
お前は僕の幼馴染なんだからさ。いつでも助けに行くからな!!』
『相談って言っても僕は携帯なんて持ってないし』
『そこはまぁ……。来るとかさ。家の電話とかでさ』
『……それじゃあ高校頑張ってね』
『えっ…? ああうん』って感じかな?」
「なんか避けられてません?」
「やっぱり? 当時の僕はそんな風に受け取らなかったけど。当時の僕は鈍感だったのかもな。
そんじゃッ、早く行こうか!!」
僕は再び前を向きながら、全速力で自転車をこぎ始める。
まるで彼から離れたいという意思を持っているかのように……。
「おや、フレンドなのに珍しい。
彼のこと気にならないんですか?
追いかけたりとかしないんですか?
心配じゃないんです?
やっぱり、今でも本心では拒絶してるんですか?」
フレンドちゃんが自転車のカゴに立ちながら、うまくバランスを取りつつ、僕の顔色を伺ってくる。恐ろしいバランス力だ。
正直、前が見えないので邪魔だ。早く退いてほしい。
僕らにはこんな時間潰しをしている暇はないのだ。
「いや、単純に遅刻しちゃまずいじゃん?」




