23①・帰路+アンビディオ
アンビディオ国の妖狐……いや女帝は倒された。
それはモルカナ国側の目的であった家老『マルファス・ラ・ドラグ』の救出と女帝の暗殺は成功したということである。
女帝の暗殺については日雇い侍が「手応え? ああ、んー。あいつ不死身だしな~。えっ? いや完全に殺した殺した。たぶんきっと大丈夫」と言っていたので疑いはしたが信じることにした。
こうして、この国に用は無くなった。
もともと敵国だったので僕らは速やかに荷物を運び入れて、今馬車に乗り込もうとしていた。
「すまんかったな。私の救出のためにここまで……」
女帝の暗殺後、お城から逃げ出してからずっとマルファスは僕らに謝罪をし続けている。
彼としては迷惑をかけたと思っているのだろう。
そんな彼にマルバスは、「思い込むな。オレは別に気にしちゃいない。これから気を付ければいいさ」と笑っていた。
その言葉にマルファスがどれ程救われたかは知らないけれど、マルファスはそれから国に帰るまで一言もしゃべることはなくなっていた。
「しっかし、あの出来事から半日。この国はどうなっていくんだろうね? 妹メイドさん」
僕は馬車の窓から外の様子を見ながらふと呟く。
外ではなにやら大慌てで大騒ぎ。みんなが女帝の事件についてのニュースを耳にしているみたいだ。
「どうでしょうね。それは私たちには知るべきではないのかもしれません」
そう言いながら女帝は窓の外を見続けている。
彼女もこの国に思うところがあるのだろうか。
僕にはある。
この国はモルカナ国の敵国だ。
でも、国内に入ってみると、みんな女帝を崇拝していた。
本当に争いもないような国だった。制度はちょっと特殊だったけど。
女帝の逸話も誉められるレベルの物が多かった。
愛される女帝。異国民をも受け入れる慈愛。治安が悪そうだが平穏な国。
それがこのアンビディオという国であった。
だが、そんな国を造った女帝を僕らは暗殺したのだ。
結局、女帝を暗殺する理由も僕らにはミッションという形でしかなかったし。
「ねぇ、妹メイドさん。僕らが女帝を暗殺した事は本当に正しかったのかな?」
「…………」
「妹メイドさん?」
「…………正しかったと思いますよ。私は少なくともそう信じています」
もしかしたら、妹メイドさんも少しくらいはこの結末が嫌な感じに思えているのかもしれない。
最初にこの国に向かう時、マルバスは『後味の良さ悪さは早めに感じなくなっておいた方がいい』と言っていた。
歴戦を経験してきた者たちなら、そんなの感じないのだろう。
しかし、こういった結末を経験したのは僕も初めてだった。
たぶん、この大陸が戦乱の世だった時代では僕もこんな感情を抱くことはないのだろう。
全てを平和的解決に導くことなんて出来ないし、こんな結末でもまだマシな方なのだろうとは思っている。
「…………そうだよね」
だから、僕は信じることにした。妹メイドさんのように女帝の暗殺が正しいことだったと信じることにした。
そして、馬車は動き出す。
さようならアンビディオ。僕は二度とこの国にはやって来ないだろう。
馬車はすでにアンビディオの国を抜けた。アンビディオから僕らの国であるモルカナに帰るために。
どうやら、女帝の暗殺が僕らの仕業であるとバレているわけではないらしく、女帝の追っ手は来なかった。
それでも僕は窓の外の景色を見続ける。
数日前には立派だったお城も今では廃墟のように静まり返っている。
行きと帰りではアンビディオの印象が異なっていた。
その事に何を思うわけでもなく、アンビディオ国の全貌を眺めていた僕であったが。
ふと、気づく。
「…………ん?」
アンビディオ国の全貌を眺めていただけだったのでその者に気づくのが遅れたのだ。
僕らの馬車に向かって来る人影。いや、あれは馬だろうか。まさか本当に追っ手が?
……などと思いはしたが、どうやらそれは違ったらしく、1人の人間が僕らの馬車に追い付こうと馬を走らせていた。
馬に乗った1人の人間が僕らの乗っている馬車に近づいてくる。
僕は窓際の席から立ち上がると、荷物を避けながら馬車後部の扉を開く。
そして、その人物の顔を見た。彼女は僕に向かって乗馬したまま手を振ってくる。
「やぁ、モルカナ国御一行」
「日雇い侍!?
どうして……」
どうして着いてきているのか?と聞こうとしたが、日雇い侍は僕が質問するよりも早く答えた。
「別にすぐに去るわ。でも、お別れを言ってなかったでしょ?」
「そういえばそうだった」
「あんたたちのお陰であたしはシャバに出れたし報償金も貰えるわ。ありがと!!」
「こちらこそ、あなたがいなかったら死んでたよ。本当にありがとう。
あっ、そうだ!!
僕らと一緒に来ないか? モルカナ国に。
家老を助けてくれた礼をしたいしさ」
ここで出会えたのも何かの縁だろう。そう思った僕は彼女に提案してみる。特に裏などない好意からの提案だった。
しかし、彼女は少し悩むそぶりをした後に返事を行う。
「………………良いお誘いだけどごめんね。あたしは流浪人で雇われ者だから。
ほら、次は敵か味方か分からないでしょ?」
「そっか……」
「でも、いつかモルカナ国に行けたらその時はよろしくね。
あなたの国は塩むすびある?
あたしの大好物なの。故郷の国で一番好きだった食べ物なのさ。
あっ、それと竜を見かけたら呼んで!!
竜を斬るのがあたしの人生の夢なの」
「えっ? ああ、うん。わかった」
正直、日雇い侍の敵か味方か発言が頭の中に引っ掛かってその後の会話を少し聞き逃してはいたが、だいたいは分かったので僕は返事を行う。
すると、日雇い侍は僕の返事を受け取って満足したようで、手を振りながら僕に別れを告げてきた。
「それじゃあこの辺で。またいつか逢いましょう」
彼女はそう言い残すと、馬を馬車から離れるように促す。
彼女の乗った馬は少しずつ走る速度を遅らせながら、僕らの馬車との距離を離していく。
僕らの馬車と彼女との距離が離れていく。
僕は手を振る日雇い侍に向かって手を振り返し、彼女が見えなくなるまでずっと日雇い侍の姿を見続けていた。




