21 ・日雇い侍+女帝 戦④
東の町を全焼させるほどの熱線から運よく生き延びていた日雇い侍。
妖狐はそんな日雇い侍を物珍しそうに眺めながら、ニヤリと笑う。
「気に入ったぞ。日雇い侍?
貴様は面白いの。妾は気に入ったぞ。妾は貴様が好きじゃ……」
「いや~そりゃどうも~」
日雇い侍も偶然奇跡的に助かってはいるものの、自分のことが褒められたのを素直に喜んでいるようだった。
照れくさそうに頭を掻いて赤面しながら笑っている。
本当に嬉しそうな表情だった。
けれど、妖狐は気に入った日雇い侍に対して急に態度を変える。
簡単に言えば、殺意マシマシ。
「じゃから、妾の目の前で殺してやる」
妖狐が日雇い侍に向けて殺害予告を行った瞬間である。
僕らの目の前に巨大な炎の壁。
発生したのは、庭と女帝の部屋をも囲むように巨大な炎の壁。
妖狐と日雇い侍の周囲を巨大な炎が囲む。
まるで妖狐と日雇い侍を閉じ込める檻だ。
「日雇い侍!! 大丈夫か!?」
目の前で巨大な炎の壁が燃え続けている。日雇い侍と僕らを分離するように建てられている。
僕は炎の壁の奥に消えた日雇い侍のことが心配になり、悩みながらも炎に近づいていこうとする。
だが、それは妹メイドさんによって止められた。
「やめなさい。バカ!!」
初めて妹メイドさんにバカと呼ばれた。
さすがに悪意を感じはしなかったが、妹メイドさんに声をかけられたので振り向く。
「でも中に妖狐と日雇い侍が!!」
「だからこそ、近づくのは危険です。女帝はおそらく分断したんですよ。1人ずつ殺すために。
日雇い侍との闘いの舞台として炎の壁を発生させたのです」
「だったら、なおさら行かなきゃ。1対1は無謀すぎるよ」
「話はまだですよ。妖狐は日雇い侍との1対1を選んだ。
つまり、部外者からの邪魔は予測する。
邪魔をされないように炎の壁を発生させたのでしょう。
それにこの炎の熱量では一般人の人間より強度のある付喪人でも燃え尽きる。一般人のあなたが行っても無駄です!!
それこそ自殺行為です!!」
妹メイドさんの発言を聞き、僕はもう一度炎の壁を見る。
確かに、妹メイドさんの言う通りだ。あの熱量では僕には無理だ。
もしも未来予知の能力が復活していたら、おそらく僕の灰になる姿が映し出されるくらい予想はできる。
でも、だったらどうすればいいと言うんだ。
妖狐が日雇い侍を殺すのを見逃しているしか方法はないのか。
「くそ…………なにか方法は?
このままじゃこのままじゃ」
このままでは本当に今度こそ日雇い侍が妖狐に殺されてしまうではないか。
────────
一方、中に閉じ込められた日雇い侍は汗を流しながら、妖狐への警戒を怠っていなかった。
「…………悪趣味。サシは殺試合としては嬉しいけどね」
炎の壁に周囲を囲まれたこの状況はまるでリング。
妖狐は日雇い侍と闘うための舞台を自らの能力で作ったのである。
周囲を巨大な炎壁に囲まれているため逃げられない。
ここから無事に脱出するには妖狐を倒すか、妖狐に倒されるかくらいしか方法がない。
これはまるで背水の陣。まぁこの場合炎なので水の方がまだマシではあったが。
「貴様は勘違いをしておるぞ日雇い侍?
妾がいつサシで殺し合うと言ったかの?」
妖狐が日雇い侍を嘲笑いながら、そう言うと。
突然、妖狐の前方に8つの炎が発生する。
それは人間サイズの炎の塊。
「妾が治めておるのはアンビディオだけにあらず。この大陸に存在しているうちの9つの国は妾の分身……妾たちが治めておるのだ」
妖狐の発言通り、8つの炎がそれぞれ人間の形になっていく。
そして完成したのは女帝。この国の女帝と同じ姿の分身であった。
もしかしたら、この場合は分身ではなくどれも本体なのかもしれないけれど。
おそらく、それぞれがこの国の女帝と同じくらいの強さなのだろう。
女帝……闇星の火行の使者が9人もつねに存在しているなんて、怪物にも程がある。
どうやら、さすがの日雇い侍もこの状況には引き気味らしかった。
「…………へぇ、その女帝の分身をこの場に呼び寄せたってわけ?
それであたしを袋叩きにしてなぶり殺そうと?
悪趣味というよりは外道ね」
「外道とは失敬な。妾が自らの全力で貴様を叩き潰してやるという敬意である。
妾と8人対日雇い侍。貴様は全力で対峙しても良いかもしれぬなという権利を得たのだ。喜ぶがよいぞ。誇るがよいぞ。
そしてせいぜい生きろよ。すぐには殺されるな!!」
正直、日雇い侍としては喜べないし誇れない。
けれど、日雇い侍はポジティブだった。
1人で勝てるイメージはなくても、挑むための理由があった。
「狐ごときに悩まされたらダメよあたし。そんなんじゃ竜にはたどり着けないもん!!」
彼女の大きな野望のために、目の前にいる絶望的な怪物の妖狐相手に殺されるわけにはいかないのである。
こうして全力の妖狐と日雇い侍との最終殺試合が再び始まろうとしていた。
─────────
日雇い侍が中に閉じ込められてから10分が経過した。
その間、僕らはどうすることもできないまま炎の壁を見つめるしかできない。
日雇い侍が生きていることを信じて祈るしかないのだ。
「「……」」
僕と妹メイドさんは一言も会話をしないまま、炎の壁を見続けている。
その間、この状況をどうやって打破するかを必死に考えてはみたが、結局思い付かなかった。
おそらく、妹メイドさんも同じだろう。
せめて、あの炎の壁がどうにかできればいいのだが。
僕にも妹メイドさんにもあの壁を消す方法がない。
戦力不足である。作戦不足である。
せめて、あの炎さえどうにかできれば……。
そんな時だ。
「すみません。遅れましたな」
炎の壁に悩まされていた僕らの背後に1人の男が現れたのである。




