20 ・大災害+女帝 戦③
僕が十二死の申を殺した張本人であり仇であるということが妖狐と化した女帝にバレてしまった。
完全に目をつけられている。
睨まれただけで怖いのに、僕が標的として認知されてしまうなんて最悪だ。
「(日雇い侍……め)」
心の中で日雇い侍に恨み辛みを吐きかけながら、僕はこの状況をどうやって打破しようかを必死に考える。
未来予知はなぜか使用することができないし、味方は妹メイドさんと日雇い侍と限界のマルバス。
相手はマルバスや金行の使者を倒しかけた女帝で今は本性を現した妖狐。
どうしよう。勝てる要素が思い付かない。
女帝を倒せるイメージがわいてこない。
そんな時、悩む僕にマルバスがかすかな声で語りかけてきた。
「エリゴル……武器ならある」
意識が朦朧としているようだった。
それでも起き上がろうとするマルバス。
そんな彼女に真っ先に駆け寄る妹メイドさん。
「マルバス様!? 火傷の怪我はまだ。お休みになられて……」
妹メイドさんに抱かれたマルバスは手元から僕に向かって物を手渡そうとしていた。
「落とし物だ。大事な物ならもう落としちゃいけないぞ」
それは僕の青い短刀。
どこかで落としたと思っていた僕の武器である。
「マルバス……」
「悪いがオレの代わりは頼む。ちょっと疲れちまってさ。
それに持ってた武器も底をついちゃった」
そう言って笑うマルバスの表情には余裕がない。
戦闘で疲れたのだろうか。火行の使者との戦闘を10分間も生き延びたのである。
そりゃ疲れるだろうと、そう思ったのだが。マルバスの視線の焦点がおかしい気がするのはたぶん気のせいだろう。
たぶん、心配しすぎて僕も焦っているのだ。
「やってみるよ」
僕はそう言ってマルバスから青い短刀を受け取ろうとした。
だが、タイミングが悪かった。
その時、背後で爆発が起こったのである。
背後で激しい爆発が起こり、僕らは爆風で一瞬だけ身動きが取れなくなる。
そういえば妖狐と日雇い侍の2人のことをすっかり忘れていた。
僕と妹メイドさんがマルバスを気にかけている隙に何かあったのだろうか。
僕と妹メイドさんは妖狐の方へと視線を向けると、日雇い侍の姿がない。
その代わり、部屋の障子からお城の庭がまるで熱線でも当てられたかのように黒く焦げている。
まさか、僕らがマルバスに意識を向けている隙にすでに妖狐と日雇い侍との闘いが行われていたのだろうか。
「日雇い侍!?」
僕は彼女の名前を呼んでみる。
すると、外の方からかすかな声で彼女の返事をする声が聴こえてきた。
焼き払われた障子からでも僕は彼女の姿を確認することができた。
「…………ごめん。先に始めちゃった」
日雇い侍はそう言いながら、離れの部屋の中から現れる。
離れの部屋の壁を突き破って吹き飛ばされたのだろう。
頭から流血している日雇い侍が庭へと歩き出す。
彼女は刀を握り直すと、再び妖狐へと突撃。
妖狐を斬りつけるための突撃である。
しかし、その対象となっている妖狐は僕らの方をチラリと見ながら話し始めた。
まるで向かって来ている日雇い侍のことなんか見えてもいないようだ。
「ふむ、妾が全員を相手にするのも良いが。それだとつまらぬだろう?
観ておれ。1人ずつ遊んでやろう。1人ずつ死体を積み上げ。
最後にエリゴル。貴様は十二死の申を殺した後悔の渦の中で妾にいたぶられ死ぬのだ」
妖狐は言った。1人ずつ殺していくと。
最後は僕を殺すと宣言したのだ。
それは妖狐の敵討ちである。十二死を殺した僕への復讐であり暇潰しなのだろう。
そして、妖狐は宣言通り1人目に日雇い侍を選んだのである。
日雇い侍は「ハアアアア!!」と気合いの雄叫びをあげながら、妖狐の首を斬るために跳ぶ。
妖狐は自分の視界に映る日雇い侍の姿を見上げながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
「まず1人目は貴様だ!!」
妖狐はそう言うと、日雇い侍に向けて口を大きく開く。
その口を大きく開いた姿はまるでドラゴンのよう。
嫌な予感がする。
ドラゴンの吐く物と言えば、異世界に詳しくない僕にだって分かる。
「日雇い侍!! 逃げろ!!」
だが、当然。僕の声を聞いたところで日雇い侍はもう間に合わない。
妖狐は日雇い侍への攻撃を発射した。
────ーーーーーーー!!!!
それは膨大な火力の熱線。膨大な炎を凝縮させたような一筋の光。
その輝きは大空へと届き、雲を切断する。
そして、その勢いのまま熱線は止まることなく。
巻き添えとしてお城に一番近い町である東の町が燃えてしまった。
数々の家々を燃やし、人々の叫び声は業火の中に消え、一瞬の暇もなく。
東の町は妖狐の熱線によって焼失したのである。
──────
妖狐が口を閉じると、熱線は止まった。
それでも東の町は大惨事だ。家々が燃えて大火災が起こっている。
おそらく死者も多数出ているだろう。おそらく建物も業火に包まれているだろう。
東の町で生きている者が少なからずいるのなら、その時の光景を恐怖できるだろう。
僕も妹メイドさんもさすがに目の前の光景が現実なのか分からなくなってしまいそうだった。
「…………ちとやり過ぎたかの」
東の町を全焼させる熱線を放った妖狐が放った言葉である。
その言葉を吐いた妖狐への感想なんて「無理だ」くらいしかない。
十二死でもない獣なのに災害級じゃないか。本当に国1つ簡単に滅ぼせそうな獣。いや化物である。
「さて、次はどちらかの?」
1人目である日雇い侍を消しさった妖狐は視線を僕らに向ける。
僕が最後なら次は妹メイドさんかマルバスだ。
冗談じゃない。僕の目の前で犠牲者をこれ以上出してたまるか。
そう思い、僕は涙をこらえながら青い短刀を構える。
その行動は2人を妖狐の攻撃から庇うためだった。
けれど、そんな必要もなく、庭から女性の大声が聴こえてきた。
「死ぬかと思ったわァァァァ!!」
その声には聞き覚えがある。
つい先程まで耳にしていた声だ。熱線を浴びて消失してしまったかと思っていた。日雇い侍の声だ。
「…………なぜじゃ?」
さすがの妖狐もあの熱線を浴びて生きているとは思っていなかったらしい。
そりゃ町を一撃で焼失させるくらいの威力の熱線だ。
それを浴びて生きていることを驚くのも無理はない。
「ギリギリ。鎖のお陰ね。引っ張ってくれたの。この鎖は神様からの助け船かしら?」
鎖?
それは確か、妹メイドさんの能力だ。
妹メイドさんがやってくれたのか。なんて仕事ができるメイドさんなのだろう。
僕が妹メイドさんの方を見ると、妹メイドさんは照れくさそうに赤面していた。
さて、そんな鎖が妹メイドさんのお陰とは微塵も思っていない日雇い侍は刀を握りしめて再び妖狐の前に立ちふさがる。
「さて、死んだ気で甦ったあたし。頑張るか!!」
リベンジが始まるのだ。




