17 ・出世式+選択者
一旦、時を過去に戻そう。それは十二死の申が僕によって討伐される少し前のお話から始まる。
舞台は国中にあるドーム型の大きなホールのうちの1つ。今日はこの国の国民にとって素晴らしい祝日。
この国の国民にとっては成人の日のような行事の日。
20年暮らしてきた国民の“身分証明板”の階級が変わる日、出世式の日だ。
この身分証明板は緑→青→黄色→赤の順番で20年暮らすごとに階級が変わっていく。
分かりやすく言うと……“緑は新入り、青は住民、黄色は上司、赤は貴族”といった感じで生きることが出世になるのである。
「このホールでももうすぐ出世式が始まるわ。他のホールでは始まってたみたいよ」
「ここに女帝様が来てくれないかしら、私絶対【選択者】に選ばれる気がするの。そして生涯をお城でお仕えしながら暮らすのよ」
「ああ、触の集合体で我が村が消えてから20年。ワシもついに緑色→青色に変わるのか。ありがたや」
「女帝様のお顔が見たい。早く始まらないかな出世式。女帝様が間近で見れる出世式。早くあの顔が見たいな」
こんな会話がどこのホールでも行われていた。
どこのホールでもザワザワガヤガヤと参加者たちの声が聞こえる。
そして、22時の鐘がホールに鳴り響いた。
───ゴーンゴーンゴーンゴーン!!!
その鐘は出世式が始まるための合図。各場所のホールでも同様に鐘が鳴り響いていた。
参加者たちはその鐘の音を耳にして、緊張の面持ちでホール中央を見つめる。
その中央には垂れ幕がかけられており、周囲には兵士たちが見張りとして並んでいた。
もしも女帝様がこのホールに来て出世式で選択者を選ばれることになったら、興奮した国民たちが女帝様に押し寄せるかもしれないからである。
さて、ホール中央に現れたのは1人の鎧を身にまとった兵士。
「あーあー、国民の皆様、本日は出世式にご参加おめでとうございます。
20年という月日をよくぞ生きました。
私はアンビディオ親衛兵士団第4班班長でございます!!」
───パチパチパチ
ホール内に参加者たちからの拍手が響き渡る。
しかしもちろん、出てきた者が兵士だったことに不満を抱く者もいた。
「(あー、女帝様じゃないわ。最悪。なんで女帝様でなくてあんな兵士なの)」
おそらくこのホール内の過半数がそう思っているのだろう。
それでも口には出さず、あくまでも階級を上げる事が第一だという風に振る舞っている。
参加者たちは女帝様から選択者として選ばれたいのだ。
選択者になれば一生お城暮らしで働くことができ優雅に暮らせる。
女帝様の一番近くで生きていく事ができる。
それが参加者たちの本心なのだ。
しかし、その本心も知らずに兵士はスピーチを話し始める。
「それではこれより出世式を始めていきましょう。まずは身分証明版の更新授与です。それでは順にお並びください」
「ちょっと待って!!」
舞台裏から大慌てで1人の兵士がホール中央の兵士のもとにやって来る。
「なんだね? ここは今出世式の真っ最中。用なら後に……」
「いいから出世式は一時中断だ!!」
突然、出世式の中断。そしてホール中央の暗転。
「真っ暗だ」
「何があったの? 出世式は?」
「もうトラブルとかやめてくれよ。俺は急いで出世式を終えたいのにさ」
参加者も兵士も何があったか分からないので、不安になりながらもザワザワと群衆はざわめき始める。
数分後。
ホール中央を再び灯りが照らす。
そして、参加者たちが見たのは整列している兵士たちの姿。
更に、ホール中央にたたずむ1人の女性の姿。
真っ赤に燃える火のようなドレスに透き通るような白い肌。鋭い瞳は睨まれただけで恐怖で自害したくなるほど鋭く。その内側にある黄色い眼球は黄玉のよう。マゼンタ色の長い長髪はルビーのよう。
その姿は恐ろしくあり美しい。見ただけで全身の血が凍ってしまいそう。
そんな美貌の持ち主を参加者たちは知っている。
参加者たちがその名を叫ぶ前に兵士たちは一言一句ずれることなく、言葉を発し始めた。
「「「「平伏せよ。我らが主人。この国の女帝様のご来場である。
敵意のある者は前に出ろ。裏切る者は即失せよ。崇拝ある者は静まりたまえ。
この国の最も至高なるお方、偉大にして強大にして寛大なる我らが唯一の王、女帝様『パイモン・アモエヌス』様の登場である」」」」
女帝様の登場にホール内は静まり返る。
参加者たちは本当は声を上げるほど喜びたいのだが、女帝様のお言葉を遮る羽目になるので死ぬ気で黙る。黙りながらも涙するのだ。
そんな彼らの事を女帝は気にも止めずに、颯爽と用件を言い渡す。
「ご苦労、兵士ども。
さて用件を言い渡す。これより選択者を呼ぶ。以上だ」
「…………貴様とその奥の貴様とそして貴様。選択者として選んでやろう。後で荷をまとめ、妾の城に来るがいい」
この二言を喋り終わると、女帝は参加者たちから背を向けて、ホールから退出し始めた。
その姿を見た参加者たちは心の中で女帝の姿を一目見れたことに感動している。
「(ああ、もう行ってしまうわ)」
「(もっと女帝様の姿を見たいのに)」
「(退出する姿も美しい……)」
ホール中央から退出する女帝に参加者たちは見えなくなるまでずっと視線を向け続けた。
────────────
これで選択者も決まった。今もホールでは出世式が再開されているだろう。
この場に女帝の出る幕はもうない。それにこの場に居座るつもりもない。
女帝は一刻も早く、自らの城に帰ろうとホールから出ていこうとする。
すると、反対に出入り口から現れた1人の兵士に鉢合わせた。
正面で女帝にバッタリと出会ったことに兵士は驚きつつも、どうやら女帝に用があったみたいで彼女に話しかけ始める。
「あの……女帝様……」
「…………」
「この国の至高なるお方、偉大にして強大にして寛大なる我らが唯一の王。女帝様……」
「なんだ? 城外で貴様に与える時間が長ければ長いほど妾の時間を奪っていると知れ。
それでなんだ?」
「恐れながら申し上げます。城内の者より緊急の伝令。
侵入者の形跡があり、その……女帝様の大事な相談役である獣が……」
「───獣が? どうした?」
「獣が討伐されていました」
「…………ッ!?」
その時、女帝の心の中で何かが弾ける音がした。
女帝の怒り。その矛先は先程までいたホールに向けられた。
───怒りは炎と化していた。
女帝が十二死の申の討伐を耳にした瞬間、ホール内は炎によって燃え広がったのだ。
誰もいなくなった。誰も生きていなくなった。
女帝の炎がホール全体を焼き焦がしたのだ。
もちろん、緊急の伝令を行った兵士・中にいた兵士たち・中にいた参加者たち、みんな焼け死んだ。
一瞬のうちにホール内は地獄と化した。
「───ああ、気が緩むといつもこうだ。妾も反省せねばならぬのぉ」
女帝は燃え上がる建物の中を出口に向かって歩き始める。
「十二死の申。妾にはまだまだ貴様が必要だったのに。妾が頼れる唯一の相談役だったのに。
役目を残して先に逝ってしまうとはの」
女帝は独り言を呟きながら、出口へと向かう。
十二死の死を嘆きながらも、それを聞いてくれる者は周りにはいない。
女帝の視界に映るのは、今も建物内部を焼いている炎と焼かれて炭になった物。
誰かに聞いてもらいたい話もここでは全てが独り言。
「さて、かち殺す」
こうして、彼女が次に行くべき場所が決まった。




