16 ・全員解放+脱獄開始
「急に女帝の暗殺へのやる気が削がれたんだけど。どうしてくれるのさ?
責任とってよ。あたしを雇ってくれよ~」
「引っ張るなーー。腕が、腕が鉄格子の中へ。このままじゃ腕が千切れる千切れる。やめるんだ日雇い侍。僕を見逃せぇーー」
牢屋と通路とで僕の腕を使った綱引き。
すぐ隣ではシャックスと妹メイドさんの暴言の吐合。
もう冷静ではいられない。僕らには時間が限られているのにこんな事をしていたら、マルバスに迷惑がかかってしまう。
だが、その時。
───シュッ…………ゴトッ……カンカカンッ
何か鉄状の物が地面に落ちる音。
その音を耳にした僕は自分の腕の状態よりもそちらに意識を向ける。
「…………まったく。元気がいいな若人たちは」
僕の視線の先には牢屋から通路へと足を踏み入れるマルファスの姿。
彼は日雇い侍が持っていた刀を受け取り、本当に鉄格子を切断したのだ。
その一刀によって。
「なにを静まり返っているのかね?
次はシャックス?とやらの牢屋でいいのかな?」
「「本当に刀でやってくれてるぅぅ!?!?」」
僕と日雇い侍は生の鉄格子斬りを目撃し、それはもう驚かされていた。
刀を渡しただけでマルファスは鉄格子を切断したのだ。
人間業ではない恐怖というよりは、女帝暗殺に加わることへの頼もしさを感じていた。
僕が最初に出会ったA級裁判時には想像もしなかったマルファスの実力。
正直、国主ヴィネさんがなんで彼1人を女帝暗殺へと向かわせたのかが少し理解できるような気がした。
マルファスは牢屋から脱出すると、シャックスたちの牢屋の前に向かう。
「この刀。良い物だな。私も愛刀を若いうちから捜しておけばよかった」
マルファスは日雇い侍が隠し持っていた愛刀の目視を行っている。
そして、シャックスの捕らえられている牢屋を斜めにきれいに切断したのだ。
迷いもなく考えることもなく、ただ一刀を振るのである。
まるで鉄格子さえ試し斬りのように……。
「…………これが実力。あたしが狙われていないのにあたしに殺意が向けられているみたいだったわ」
日雇い侍はマルファスの一刀を離れた距離から伺っていたのだが、それでも腰を抜かしている。
おそらく対面した者でしか分からないマルファスの恐怖を日雇い侍は感じてしまったのだろう。
しかし、日雇い侍と同室のシャックスはマルファスの一刀に対しての感想などが思い浮かんでいないらしく。
日雇い侍を弄れるネタが見つかって嬉しそうだった。
「懐かしいな。先日までは『あたしがここのボスだ。あたしが最強なんだ』とか俺とマルファスに言い張るレベルだったのにな。だから俺はあの老人に突っかかるのはやめておけと……」
「なんでい。新入りシャックスこのやろー。あれを見てゾワゾワもしないの?
感情ないの? 無感情なの? イキってるの?」
さて、日雇い侍の牢屋の鉄格子も切断し、いよいよ暗殺作戦に同行。
1人で対応しているマルバスが心配なので、日雇い侍とマルファスという戦力を今すぐにでも参戦させたかったのだが。
妹メイドさんが新しい作戦を思い付いたようだ。
「どうせなら、ここの囚人を全員解放してしまうというのはどうでしょうか?」
「全員解放?」
「なるほど。囚人が逃げ回っていれば混乱を起こすことができる。兵士の注意を削げるかもな。それもまたいい考えだ。
日雇い侍、もう少し借りておくよ」
「ええ、構わないよ~
さてさて、ようやく牢屋から脱獄に成功~
夢にまで見た第一歩ーー」
ということになったので、マルファスと日雇い侍は牢屋から出て、次々と他の牢屋の鉄格子を斬って回るつもりのようだ。
「…………あれ? あたしってなんで脱出できてるの?」
「どうしたのかね日雇い侍殿。気でも狂ったか?」
「えっ? いや、えっと……。まぁいいか。忘れてることはしょうがない。てか、あたしの愛刀早く返してよ!!」
「だから、少し借りると先程言ったばかりではないか!!」
2人はよく分からないやり取りを行いながらも、次々と人がいる牢屋の前に移動していく。
その間、僕と妹メイドさんは留守番。
さすがに脱出したことを悟られてはいないだろうけれど、一応出入り口を見張ることにした。
早くマルファスと日雇い侍が戻ってきてくれないかな~なんて考えながら、僕はなにかを忘れていた。
そういえば、なにかが足りないような気がしていたのだ。
それを察知したのは妹メイドさん。
「あれ? そういえば金行の使者は?」
「そういえば!!」と僕も周囲を見渡してみる。
いつの間にかシャックスの姿がどこにもない。
シャックスはいつの間にかこの地下牢獄から姿を消していたのである。
さてさて、地下牢獄からたくさんの囚人たちが解放された。
「「「「「ウオオオ!!」」」」」
中にいた凶悪そうな顔見知りでもない囚人たちは僕らと同じ女帝の暗殺を試みた人たちだ。
一応、僕らの味方である。
これで後は先に女帝の暗殺を企てているマルバスの元に合流すれば今回の作戦は終了だ。
「それじゃあ行こう!! 打倒女帝に!!」
囚人たちはすでに階段をかけあがり、外へと向かっているのだろう。
騒ぎを起こすには充分だ。女帝側の気を引くには充分だ。
あとはマルバスが僕らを待っている。
「ごめん~。少しだけ時間ちょうだい。あたし大浴場に行きたいの(日雇い侍)」
「女性1人では危険でしょう。では、私が大浴場での護衛を勤めましょうか?(妹メイド)」
「私は刀捜しだな。武器が必要だ。そのうち合流するとしようか(マルファス)」
「あっ…………はい。分かりました」




