15 ・マルファス+無感の剣豪
「…………つまり、雇われて暗殺を命じられたけど、捕まっちゃってずっーとこの地下牢獄に閉じ込められていたから、給料を貰うために脱走したいという……こと?」
「そうです。そうです。その通りなんですよエリゴルくん」
日雇い侍がここに来た理由を静かに聞き終わる。
今のところ、不審な理由もない。
正直、僕はシャックスと同じ牢屋に閉じ込められているから何かあると考えて「日雇い侍が裏で女帝と繋がっていて牢屋の番人的な意味で閉じ込められているのでは?」と考えていたのだけど。
そういう理由ならば信頼してもよいのかもしれない。
僕はその最終的な判断を妹メイドさんに尋ねるためにアイコンタクトを行うが、妹メイドさんはただいま忙しい。
「やっぱり助けてよいのでは?
どうせコソドロおっさんを助けなければならないのですから。
まぁ、日雇い侍さんを助けてすぐにコソドロおっさんを牢屋に閉じ込めるというのなら手伝いますけどね」
「おい、コソドロおっさんってのは俺の事か?
まったく初対面で酷いことをいう若者だね。
これはメイドへの教育をし直すべきだぞ。もういっそ新しいメイドでも雇えばいいのではないかねモルカナ国」
妹メイドさんとシャックスは鉄格子を間に挟んで睨み合っているのだ。
今は殴り合いにも殺し合いにも発展していないけれど、妹メイドさん的には主人の母親の仇なので敵対心は持ち続けている。
いつ牢屋を挟んで殺し合いが始まるかわかったもんじゃない。
まぁ、その殺し合いで牢屋が壊れてくれれば一番いいのだけど。
「ふぅむ。鍵はないらしいから。壊すにしても武器がないんだよな……」
正直、武器があっても牢屋の鉄格子を壊す手段なんて思い付かない。
糸ノコギリみたいな道具で削るくらいしか頭に浮かばない。
そんな発想の乏しい僕の耳にマルファスの独り言が聴こえてくる。
「刀があればなぁ……」
「刀……。いやいやさすがに家老さん。鉄格子を刀で斬るなんて」
「「鉄格子は刀で斬るものだろう?」」
「えっ!?」
マルファスと突然会話に乱入してきた日雇い侍からの異議。
2人の意見はピッタリと同時でシンクロしたかのようだった。
この世界の常識ではそれが正しいのだろうか?
「いやいや、常識中の常識でしょ~。
マルファス様ほどの手練ならば刀さえあれば簡単に鉄格子などバラバラだよ!!」
常識だったのか。正直日雇い侍の言うことがにわかには信じることができない。刀で鉄格子を斬るなんて人間業ではないだろう。
そもそもマルファスが刀さえあれば鉄格子をバラバラにできるくらいの手練だったことは知らなかった。
「ふーん。ん? なんで日雇い侍がマルファスのことを知ってるのさ?」
「いやいや、あなたこそマルファス様を知らないの?
彼はかつてこの大陸で“無感の剣豪”と怖れられた侍よ。
味方となれば国家の番人、敵となれば氷の鬼の様。
じつはあたし、マルファス様とは一度殺試合たかった相手なの!!」
ワクワクとテンションアゲアゲでマルファスのことを語る日雇い侍。
一方、マルファスはというと、語られたくない過去を思い出したように不愉快そうな表情で呟いた。
「…………かなり昔の話だ。今の私はただの国家の家老だよ。
今では国家の番人なぞ、死んでも名乗る証もない」
「そうなの。それなら殺試合もできそうにないわね。残念……。せっかく刀なら用意してるのに」
そう言って日雇い侍は服の中から鞘に仕舞われた1本の刀を取り出す。
別に何も問題はなかったみたいな雰囲気で、ホイッと僕らの目の前に刀を置いたのだ。
「えっ?」
違和感を感じないわけがなかった。
なんで牢屋に閉じ込められてるのに凶器を持てているのかがさっぱりわからん。
「あたしがここに捕らえられそうな時、別の牢屋で1人の囚人が暴れちゃっててさ。
女帝と職員がそいつの事を対応している間にあたしはこの刀をベッドの下に隠しておいたのです。
そいつのお陰であたしはこうして愛刀を隠せてるってわけ。
まぁ、そいつはその場で火柱に呑まれちゃったんだけどね~。もう今は灰になってるんだよ」
2人で来ているのに2人で対応するなんて。
日雇い侍がその隙に逃げ出さないとも限らない状況で目を離すなんて。
この国の人っておっちょこちょいなのかもしれない。
「いや~? なんというかあたしには興味もないって感じだったけど。脱走されようがこの城からは逃げ出せないみたいだしね。
空を飛ぶ地面を掘る手段でもない限りは女帝に殺されちゃうし。
実際、ここにいる囚人はみんな女帝の暗殺を命じられてるから、国民には手を出さないとか思ってたんじゃないの~?」
暗殺を命じられてるから、無益に対象外を殺そうとはしないだろうと女帝は考えたのだろう。
国民さえ無事ならば別にどうでもいいといった感じなのかもしれない。
日雇い侍からの女帝の印象はなんというか、僕の想像していた印象とは違う。
国民は女帝を心から尊敬していたけど、女帝は自分自身の命に興味がないのだろうか。
自分を殺しに来た暗殺者たちを処刑せずにわざわざお城の地下牢獄に閉じ込めている。
見張りもつけていない。これなら好きな時に囚人の仲間が忍び込んできても簡単に脱獄させられてしまう。
なんだか妙だ。例えば、自宅の地下に殺人鬼を閉じ込めているにも関わらず無視しているようなものである。
普通に考えて、一般人なら不安や恐怖で暮らしていけることもないだろう。
しかし女帝にとってはそれほどまでの問題ではない。
「それってさ。そもそも、自分自身が危険になる心配すらしていない……ってことだよね?」
あくまでも僕の予想だった。
そもそも暗殺者を暗殺者とすら見れていないのでは?というもの。
暗殺者がペットと同じなら不安になったり気にする人もいない。
「いや~さすがに。それは暗殺者としては傷つくなぁ。あたしたちの努力が無駄じゃないですかーーあはは」
日雇い侍はその仮説に内心では思い当たる節でもあるのか苦笑いをして返事を返してくれた。




