12 ・起源+妖狐と生け贄
昔、昔のとある村。古くから奉られていた神様は人間に恐れられる神でした。
1匹の妖狐は社で眠り、年に1人の生け贄を喰らいます。
生け贄の数はこれまでに何十人。この村だけで何十人です。
妖狐は不死身で死にません。長い長い期間、生け贄を喰らいます。
けれど、なんだかつまらない。
数十年に数回の規模でお客様はやって来ますが、遊び相手はすぐにおうちへ帰ってしまいます。
退屈です。飽き飽きです。
誰も頼んでもいないのに生け贄を捧げる彼らが嫌いです。
勝手に恐れて勝手に捧げて勝手に挑んで……。興味もない奴らの相手は疲れます。
妖狐はそんな日々がつまらなく感じ始めていました。
ある日。
1人の生け贄がやって来ました。今年の生け贄は言います。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「さぁ早く私を召し上がってください」
妖狐には彼女の真意がよく分かりません。
毒でも入っているのか?と少し楽しみになってきました。
人間たちがどういう風な作戦を経てたのかが気になるのです。
けれど……。
「ウゥ…………私は辛いのです。この世が辛いのです。みんなが辛いのです。私を許してください」
懇願された。
生け贄の今はもう開かないはずの両目から涙が流れ落ちている。
「もう……嫌なんです。なんだか疲れてしまって。私の居場所はこの大陸にはないんです」
自殺願望があるのだろう。目も見えなくなっている生け贄に妖狐は少しだけ同情の意を感じた。
これまでの生け贄は最後まで泣いていたのに……。「助けて。生かして。死にたくない。生きたい」
そんな言葉ばかりだったのに……。
この生け贄は別だった。初めてで意外で異端な生け贄。
妖狐は少しだけ悲しくなりました。
だから、妖狐は決めました。殺しません。食べません。
妖狐はこの1年間の間、何も食べないことを決めました。
さいわい、この年は誰もお客様はやって来ませんでしたので、生け贄を残している事はバレません。
「ごめんなさい。私のためにごめんなさい。私のせいでごめんなさい。次の機会があればもっと頑張るから。もうしないから。私が生きててごめんなさい」
生け贄は毎晩毎晩、その寝言を口にします。
妖狐としてはその言葉は目障りで仕方がありませんでした。
けれど、妖狐は何も言いません。
そっと側にいるだけで生け贄の事を何一つ知らない妖狐は口にもできません。
ただ、側にいて眺めていてあげました。
たまに生け贄の機嫌がいい日に妖狐は懐かれてしまいました。
めったに訪れない機会でしたが、妖狐は愉快ではありません。
いつもなら“死にたがり生け贄”なのですが、こういう機嫌がいい奇跡の日は“聞きたがり生け贄”なのです。
「神様、神様はどんな姿をしているのですか?
なぜ私なんかのために食べ物を持ってきてくれるのですか?
私、神様のことが知りたいです……」
「…………ッ……」
食い殺して静かにさせようか。
そう思って鼻息で脅してみても、生け贄は恐れる素振りも見せないのです。
「神様、神様。強者の弱虫でも暮らせる国は夢の中にしかないのでしょうか?」
「私、夢は嫌いです。現実ではない幻なのですから。
夢の中なら何でも叶うけど、現実が待ってるのが辛いです。現実あっての夢なのが辛いです」
知らない。分からない。興味もない。
妖狐は夢を見ません。夢が嫌いだとか知りません。
ただ、それを聞いたら悲しむであろう人物は知っています。
「…………フン」
妖狐には生け贄の話も耳に残ることはなく、ただその人物の悲しそうな顔を思い浮かべたら、思わず笑ってしまいました。
「神様が笑った……!!」
妖狐は初めて生け贄の前で声を出してしまいました。
生け贄は喜んでいますが妖狐は別です。妖狐はちょっと後悔しました。
初めての出会いから明日で1年が経ちそうです。
生け贄と妖狐の暮らした1年間。
今年も新しい生け贄がやって来ます。
妖狐としてはお腹はもちろん空いていました。目の前には去年の人間の生け贄。食い殺すのは簡単です。この飢えを満たすのは簡単です。
「神様、あなたは優しい」
「ごめんなさい。私が手間をかけさせてごめんなさい。でも、ありがとうございました」
けれど、妖狐は殺せませんでした。食べれませんでした。
初めてお礼を言ってくれた生け贄だから。理由はどうあれ感謝の言葉を初めて言ってくれたから。
頼んでもないのに恐れて。その場に来ただけなのに傷つけられて。許してもないのに生け贄を差し出して。力があるだけなのに悪にされて。
そんな生涯だったから、妖狐は嬉しくなったのです。
「いつぞやの夢。妾が誓おう。妾が国を造ろう。妾の国は弱者を見捨てぬ。
区別が必要ならば、血でも身分でも力でも知恵でもない、誰もが持つ年齢で国を選別しよう。たとえ、妾のような獣でも愛される国を造る。
だから、一度でいい。
その居場所に救われた……我が国でそう思ってくれ。貴様が救済を感じるなら、妾は永遠を捧げる。
妾は感謝されたのが初めてだった。故に貴様に幸福を得てほしいのだ」
妖狐は嬉しくなったのです。
生け贄と約束をしてしまうほど、心が嬉しくなったのです。
その願いは妖狐と生け贄の間に結ばれた大切な約束。1年間での2名の絆の証。
───妖狐は生け贄が幸福を感じるような国を造る。
それが彼女の旅の始まりでした。
けれど、燃えました。
妖狐の社は燃えました。
生け贄との出会いからちょうど1年。ついに大軍が叛逆してきたのです。
生け贄は最後の生け贄だったのです。
【王都】から派遣された数万人の兵士たち。
何代目の王、自らの出陣です。
「怪物を焼き殺せ!!」
「王都軍の正義の一撃をあの怪物に!!」
「この大陸の平和を守るために!!」
燃え盛る炎。
誰もが知りませんでした。妖狐が生け贄と暮らしていた事を……。
だから、生け贄は死にそうです。
妖狐が目を覚ました時には息絶えかけていました。
「…………」
「次がある時は心に刻め。他者よりも自分を大切にして生きよ。
貴様はそうだった。初めからそう生きればよかったのだ。
憐れだ……妾が国を貴様が側で見ていてほしかった」
「…………ごめんなさい」
生け贄は息耐えた。最後の最後に妖狐が聞きたくない言葉を口にした。
妖狐は「ありがとう」と言ってほしかったのかもしれない。
最後の最後まで生け贄は自分を罰そうとしたのだ。
けれど、妖狐の怒りは生け贄に向くことはない。
妖狐の怒りは外の人間たちに向いたのです。
妖狐の炎は生け贄の故郷の村を焼きました。やって来た兵士たちのほとんどを焼きました。
灰も痕跡も残らないくらい、焼き尽くしました。
けれど、王都の王たちは強かったのです。
腹の減った妖狐では勝てないくらい強かったのです。
こうして妖狐は長い眠りにつきました。
けれど、王都で内乱が起きたことで妖狐は数十年ぶりに目覚めます。
妖狐は空高く、夢を叶えるために大陸中をまたにかけました。
それからの人生は生け贄との約束のために使います。
何十回の建国と崩壊。何十回の感謝と裏切り。
それを乗り越えて、歯をくいしばって……。
今から、200年ほど前に妖狐は国を作りました。
────それがアンビディオという国なのです。




