10①・女装+城内移動
僕からすれば、それは生まれて初めての経験だった。
異性の正装に着替えるというのは恥ずかしさを感じる。
つまり、女装だ。
女官に変装すれば城内を自由に気ままに疑われる心配もなく歩くことができるのではないか?
それが妹メイドさんの思い付いたアイディアだった。
だからあの部屋にあった衣服を拝借した。
これは妹メイドさんからのアイディアだったので僕としては断りたかったけど、断れなかった。
妹メイドさんが着付けやお色直しを行ってくれたから、なんとか形にはなっているとは思うのだけれど。
鏡を見たら、そこには異性の格好を身にまとった自分がいるわけだ。
「今回は初めてでしたから、イメージ通りにはいきませんでしたし、思ったより可愛くならなかったのは残念ですけれど。まぁ成功でしょう」
それは成功なのだろうか?
妹メイドさんの腕次第というよりは、僕の素材がダメだった感がすごいのだけれども。
たぶん、キユリーが見たら絶対笑いすぎで2週間くらいお暇を頂戴するのだろう。
そして末代まで笑われそう。
僕の初めてはそれくらいの見た目だった。
「それじゃあ行きましょうか。エリゴル様。
この格好ならば、城内をスムーズに移動することができますよ。
それでは行きましょ……。
あの、先程から地声を出すのを我慢しているのは分かりますが」
そう言って僕の手を引っ張りながら部屋の外へと連れていこうとする妹メイドさん。
正直、自信がない。
すぐにバレる気がして怖いのだ。
この格好を誰かに見られるのが恥ずかしいのだ。
けれど、妹メイドさんはそんな僕の不安に気づいてくれることがなかった。
たどり着いてしまった。
バレることもなく、問題も困難もなく。
地図で示されている地下牢への道の近くにたどり着いてしまった。
正直、絶対すれ違った誰かに怪しまれるのではないかと思ってはいたのだけれど。
たぶん、すれ違う誰もが妹メイドさんに視線を奪われていたので僕にまで注意が回って来なかったのだろう。
そこはやっぱり妹メイドさんの演技力が素晴らしかったというべきかもしれない。
彼女は本当に元々このお城で働いていたような雰囲気を見せてくれたのだ。
このお城の女官のようで違和感を感じなかった。
僕はというと、誰にも反応されずにずっと赤面して顔を背けていただけである。
それが幸いしたからか。僕はこうして最初からいない者のように気配を消せたわけだけれど。
妹メイドさんがいなければ、普通にここまでたどり着けなかった。
ここは大きな扉の前である。
「これは……大きな扉だ」
地図を見ながら、たどり着いた場所には今までとは違うくらい大きな扉。
1人で開けれないくらい分厚そうで、この扉だけお城のイメージとは似つかない異様な感じがする。
「その地図だとこの先なんですか?」
「ええ、そうですよ。この先が地下牢に続く扉らしいです。開けてみますね」
妹メイドさんが扉に手を触れる。
少し力をいれて押してみると、扉はギーと音を立てながら開き始めた。
鍵はかかっていなかったみたいだ。
扉の先は狭い小部屋であった。
側には地下に降りるための階段が設置されている。
それ以外は何もない。真っ赤な部屋である。
「この階段の先が地下のようですね。気を付けてくださいエリゴル様。どんな罠があるかわかりません」
そう言って階段に足を下ろす妹メイドさん。
階段は地下深くまで続いているようで、先は真っ暗である。
「何も見えない。真っ暗です……」
妹メイドさんは足下に注意しながら、一歩一歩降りていこうとする。
なので、僕も彼女に着いていくように降りていこうとしたのだが。
僕の鼻に微かな異臭。
「なんだ? この臭い?」
鼻を刺激するようなキツい匂いでもないし、血の匂いでもない。
普段は嗅がないような匂いだけれど、僕は知っている匂い。
その匂いは地下からではなくこの小部屋から匂ってくる。
「……!?」
思い出した。この匂いはこれまでどの国でも嗅いだことのある匂いだ。
“邪気の匂い”。
その正体は【十二死】が発している体臭のような物である。
僕はその匂いを感じた後、すぐに降りていた階段から小部屋へとかけ上がった。
そして、もう一度確かめるように匂いを嗅ぐ。
「やっぱりだ。匂う。邪気の匂いだ……」
しかし、匂いの元がわからない。
部屋の中に入った時から匂ってきていたので、この小部屋のどこかなのは確かだ。
僕がその匂いの元を視覚で探していると、妹メイドさんが階段の下から上がってきた。
「エリゴル様。どうかしたのですか?」
「妹メイドさん。たぶんどこかに隠し扉があるのかもしれません!!」
「隠し扉ぁ?
地図にはどこにもそんなの書かれていませんけど。この階段の先が地下牢ではないと?」
「いや、それは正しいけど。私用です。僕は約束したんです。
だから、この小部屋の隠し扉を探さなきゃいけないんですよ。
おそらく女帝の秘密がわかるのかもしれません。勘ですが!!」
「はぁ……?」
信じてくれていない。というか呆れられてしまった。
そうだ。僕らの目的は家老の救出。
女帝の秘密を暴くことではない。
それに女帝の秘密が暴かれるという確証もない。
しかし、妹メイドさんは僕を叱ることなく、小部屋まで上がってきてくれた。
「壁しかない小部屋ですがね。何かあるのなら私も探してみましょう。それが女帝暗殺に繋がる可能性があるなら賭けてみたいですし」
こうして妹メイドさんと僕は壁をペタペタと触ってみて確認することにした。
ペタペタ。ペタペタ。
「一見ただの壁のようですけど……?」
「そんなはずはない。きっとどこかに隠し扉が……ん?」
僕が触っている壁に違和感を感じた。
小部屋の壁の中央付近にズボッと腕が飲まれたような感じである。
「何かありますこれ!!」
「本当ですか?
どれどれ?」
妹メイドさんも僕が触っている壁を触る。
「…………固い壁のようですけど?」
「えっ?
わかりませんか?
ここの壁がズボッと触れるの」
もしかして僕だけなのだろうか?
僕だけが触れる謎の素材?
とりあえず、もっと力をいれて壁を押してみる。
「「えっ!?」」
すると、僕の体が壁の中にのめり込んだのだ。




