9②・夜空に駈ける+女帝の城へ行こう
本日は風も強い夜。日付は国民の祝日の夜。
どうやら、あと数時間後に出世式というイベントが行われるらしい。
成人した国民の身分が上がるのである。
そんな日の夜に僕らはラブラブホテルの屋根の上に立っていた。
「ねぇ、マルバス。
危ないよ。風が寒いよ。こんな高い場所に来て何をするつもりなのさ」
足を少しでも踏み外してしまえば、高所から落下して転落死。
一瞬たりとも気が抜けない状況である。
そんな時、妹メイドさんが僕に声をかけてきてくれた。
「エリゴル様。これより我らはお城へと侵入いたします」
「わかってますよ妹メイドさん。今日が決行の日だという事は知ってます。けれど、お城まではここからじゃ遠いですよ?」
僕が指差す先にあるのがお城。
このラブラブホテルの位置から20kmくらい先にある華やかなお城。
炎のように赤い中華風の見た目をしたお城。
そこが僕らの目指す場所である。
つまり、この場所からでは遠すぎる。
2つのミッションを行うには一刻も早くお城に忍び込まなくてはいけないのに、ラブラブホテルの屋根で時間を潰す暇はないのである。
一刻も早く向かわないと……。
「エリゴル……ちょっと」
だが、マルバスが僕を呼んでいる。
手招きをしながら来い来いと呼んでいる。その姿が招き猫みたいでかわいい。
「なんですか?
マルバスさん。手招きなんかしちゃって」
「来い来い」
「なんですかー?
屋根の上での移動はちょっと怖いんで……。あんまりこの場から動きたくないんですけど」
落ちるのは怖いから動きたくない。
しかし、動きたくないからといってマルバスの命令を無視する事は許されない。
僕は罪人なので彼女たちに逆らうことができないのである。
仕方がない、本当に仕方がない。
僕は足下を見ながらゆっくりとマルバスの方へと近づいていく。
「よし来い来い」
「なんなんだよ……?」
不審に思いながらも、僕はマルバスの目の前まで移動することができた。
だが、その時!!
───ガッシリ
「へ?」
僕の体がマルバスの片腕によって担がれた。だっこというには優しくない感じである。
俵担ぎみたいな感じのだっこだ。
こういう俵担ぎをされた経験はない。しかも意中の女性にされるなんて……。
「ハハハッ!!
よし、行くか。妹メイド」
「かしこまりましたマルバス様」
そう言って動き始める2人。
僕には2人がどこへ向かおうとしているのかが目に見えない。
後ろ向きに歩いているような感じである。
「そうだ。エリゴル」
「なんですか?
マルバスさん。この担がれ方めっちゃ怖いんですけど」
「それなら尚更だな。いいな?
絶対に声をあげたりしゃべったりするなよな」
「???」
マルバスは何をするつもりなのだろうか。
こんなラブラブホテルの屋根の上で20km先のお城を目的地として、僕を俵担ぎしている。
この状況に文句も言えず訳が分からない。
「オレを信じておとなしくしててくれよ?
さもないと、舌を噛みきって死んじゃうからな」
舌を噛みきって死ぬ?
このオレっ娘姫様は何を口走っているのだろう。彼女の事ならどんなことでも信じるに決まっているではないか。
それよりも、妹メイドさんもあれ以降何も声を発してくれないし……嫌な予感がしてきた。
「何をする気?
動き出しちゃってさ。そっちは危ないよマルバスさん達。落ちちゃうよ」
屋根の上で助走をつけて走り出してしまう2人。
このままではラブラブホテルの屋根の上から落下してしまうではないか。
落下してしまえば高所から地上に叩きつけられてしまう。
「あれ? ちょっと待って。これってまさか 」
僕の勘はどうやら当たったみたいだ。
僕を抱えたままのマルバスと妹メイドさんは屋根の上から夜空に駈け出した。
死ぬ。
「(ああ、今夜は満月が綺麗 んんんんんんーーー!?)」
ラブラブホテルの屋根の上から飛び降りた2人。
その落下期間は2秒。風圧で背骨が折れそうになりながらも僕は涙を流して気絶しかけていた。
「駈けるぞ!!」
マルバスたちは無事に隣の屋根に着地。
そこから更に全速力で走り出す。
まるで特急電車に乗っているような速さで走り続ける2人。
屋根瓦の上を難なく走り続ける。
誰に気づかれることもなく、全力疾走の速さで彼女たちは走る。
「・☆・:・☆・:・!?!?」
もう訳が分からない。目を開けていると、華やかな町並みが一瞬にして通りすぎていく。
屋根瓦の上を右往左往。
「フッ、やっぱり走るのって良いなーー」
「左様ですね。マルバス様」
駆け抜ける駆け抜ける。道ではない建物の屋根瓦を2人の乙女が道にして走りまくる。
そして向かう先はアンビディオの女帝のいるお城。
2人は楽しそうに高揚しながら走っている。
この速さなら間違いなくお城にたどり着くことができるだろう。
僕は変な体勢ではあったが改めてこの2つのミッションを完遂する覚悟を決めたのであった。




