8 ・★+ご対面
フォカロルの攻撃から僕を助けてくれたのは血に染まった妹メイドさんだった。
妹メイドさんは今フォカロルの動きを自身の鎖によって封じ込めている最中である。
「くそッくそッ。なんだよこれ。離れねぇ……。魔法でもないな。付喪人か?」
「さすがにそれくらいの知識はあるようですね。その通りですよ。私は鎖を操る【鎖の付喪人】。
さてさて、それではあなたの身柄をどうしましょうか」
フォカロルは本当に身動きが取れないことを理解して、その場で暴れるのをやめてしまった。
フォカロルは自分の運命を受け止めたということだろうか。
妹メイドさんはフォカロルの目の前に立って、見下すような目付きで見ている。
そんな彼女の行動の前に僕は尋ねた。
「この場でフォカロルを殺すんですか?」
闇星の組織の者は殺してもお咎めなしで逆に称賛されると言われている。
それほどの悪党集団の幹部である彼を殺すことを止めるつもりもない。
一応の確認のつもりだった。
「ええ、そうですよ。こんな悪党は即刻殺さねばなりません。生かすことが罪。
それにマルバス様に会わせるわけにもいきませんので」
「…………ひどい言い分だね。ぼくはまだ闇星の中でもマシな方だと思うのだけど。
ぼくはただ自分の人生を生きているだけじゃないか。
ぼくは争いなんて無意味だと思ってるよ。ぼくは殺戮なんて無価値だと思ってるよ。
ぼくは穏やかに安らかな平穏な人生を送ろうとしている。
でも、先に手を出すのはいつもお前らだ。
1人殺しただけで喚いて、主人を殺すだけなのに邪魔して。
どうしてぼくはこうも不幸なん 」
「チッ……!!」
バシッン!!と妹メイドさんが動けないフォカロルの体を鎖で叩いた。
鎖をまるでムチのように放ってフォカロルの口を封じた。
「妹メイドさん!?」
「エリゴル様。こいつは自分を悪だと思っていないクズな悪です。見たくなければお顔をお隠しくださいませ」
「いや、でも、こいつから闇星の情報を……」
情報を集めておいた方がいいのではないかと考えたのだけれど。
すでに妹メイドさんは今までに見せていないくらいの怒りを我慢したような冷徹な表情でフォカロルを睨み付けていた。
そして、そのまま表情を変える暇もなく、その顔を僕に向ける。
「顔を隠すと言いなさい……」
「顔を隠します……(手が勝手に!?)」
妹メイドさんの一声でまるで催眠術にかけられたように僕の手が僕の顔を隠す。
この状況なら拷問にでもかけて闇星の情報を少しでもしゃべらせた方がいいと思っていたのだけど。
妹メイドさんはそれを許可することはなかった。
許可することもなくフォカロルを処刑しようとしていた。
───ブッシュ!!
だから、僕はその瞬間を見てはいない。
その一瞬のうちに何が起こったのかを見れていない。
妹メイドさんの命令で顔を隠していたからだ。
「……!?」
眼を開けるとそこには膝を地面に付いている妹メイドさんの姿。
そして鎖から難なく解放されて、ダルそうに妹メイドさんを見下しているフォカロルの姿。
2人の戦いを見ることもなく勝敗は決していたのである。
何があったのかはよくわからない。
けれど、僕が取るべき行動は分かっている。
「妹メイドさん!?」
僕は地面に膝をつけて脱力している妹メイドさんに駆け寄る。
「…………不覚」
妹メイドさんはどうやらフォカロルに何かをされて負けたようだった。
「さぁて、ぼくの能力の全てを理解していない君らには勝ち目なんてないことが分かったよね?」
「フォカロル。お前、妹メイドさんに何をしたんだ!!」
「初対面の人間に“お前”呼ばわりとか……。
ったく、どいつもこいつも」
敵意を向けながら、不満を口にするフォカロル。
しかし、そこで急にフォカロルの雰囲気が変わった。
フォカロルは妹メイドさんの全身を見定めるような目付きで一望した後に、急に態度を変えてきたのである。
「でも、まぁ、妹メイドと言う名前なんだね。いい見た目じゃないか。覚えておくよ」
「「???」」
「どうした?
キョトンとしちゃってさ。喜べよ。
このぼくが慈愛の心で殺さないって言ってんの!!」
「なっ、なぜだよ?」
「妹メイドにぼくは興味が湧いてきた。我が家に付喪人はいないからな。珍しい者は貴重だ。
だから、次会うときに貰いに来るよ。
君、その妹メイドって子の手当てをしてあげな」
「ちょっと待てよ。何言ってるんだお前?」
「あー?
だからさ。その女をいずれ受け取りに来るって言ってるの分からないかな?
実は今日は乗り気じゃなくてね。女帝と戯れ過ぎて疲労感がダルいんだ。正直、帰って寝たいんだよね。
だから、予約したい。妹メイドをいずれ受け取りに来るからさ。
必ず準備しててね~それじゃあまたね!!
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
そう言ってフォカロルが僕らに背を向けて立ち去ろうとしている。
次に会う時のことを考えながら笑っている。
彼が僕らを見逃してくれた理由はよく分からなかったけれど、目の前にはもう彼はいない。
僕らは生きている。見逃された。
その事に今は安堵しつつ、僕は自分の身体中から力が抜けたのを感じていた。




