5②・とてもじゃないが手を退きたい+2人の語り部
情報収集をしていて妹メイドさんと別れた僕は1人の貧乏な青年と出会う。
その青年は、【蝕の集合体】という災厄から逃げて来た両親の子供であった。
彼は国外にある故郷への帰還を夢見ていたが、これまでは身分もお金も足りなかった。
“身分証明板”と呼ばれる板によって身分が決められているのである。
しかもそれは“この国で何年生きたか”という期間で身分が変わるものであった。
「そういう話。もっと聞かせてくれないかい?」
僕としてはこの国の情報を聞けるのはありがたい。
本当は女帝の情報を聞き出したいのだが。
敵国の女帝を暗殺することに罪悪感を感じそうなので、僕はそれを避けることにしたのだ。
「ええ、いいですよ。国外のお話を聞かせてくれたお礼です」
そんな考えを僕が持っているとも知らずに、青年はこの国のことについて語り始めた。
「えっと……このアンビディオは元々は普通の国家だったそうです。しかし【蝕の集合体】に襲われかけた所を女帝様に助けられたそうで。
今ではその女帝様が支配しておられるんです」
「どんな人か?ですか?
見たことはないのですが、とても素晴らしいお方ですよ。この国で女帝様に感謝していない人間なんて一人もいないくらいです。女帝様は我々の神にも等しいヒーローなんです。
この“身分証明板”も不平等を無くすためだそうです。
この身分証明板は緑→青→黄色→赤の順番で20年暮らすごとに変わっていきます。
生きることが出世なのです。
国外のあなたに分かりやすく言うと……“緑は新入り、青は住民、黄色は上司、赤は貴族”。
こんな感じです」
「ボクは緑ですが、もうすぐ階級が変わります。国民の祝日になれば国中のホールで出世式が行われるのですよ。
しかも、もしもそこで女帝様に選ばれたら【選択者】と呼ばれて一生豪遊な生活を送れます。まさに夢のようですね」
「さらにさらに女帝様は【蝕の集合体】に襲われた人々を差別なく国に受け入れてそして居場所を失ったボクらを受け入れてくださったのです。
そして、今もさまざまな国を救うために遠方に数隊の騎士団を派遣されたらしいですよ」
「まぁ、確かに外国人から見てこの国は治安があまり良くないイメージがあるかもしれません。
ですけど、この国では争いも起きません。なので騎士団以外に警察などはいません。治安の悪さはイメージだけで平穏なんですよ!!」
1人の貧乏な青年はそこまでを熱心に語り終えた。
女帝様という人に熱中している様子がハッキリと理解できる。
こんな貧乏な青年でも女帝に熱中しているのだ。普通の国民でも当然女帝の事を崇めていることだろう。
愛される女帝。異国民をも受け入れる慈愛。治安が悪そうだが平穏な国。
───ああ、罪悪感がハンパナイ。
僕らモルカナ国はその女帝様を暗殺するためにここに来ているのである。
ただし、そんなことを言えるわけもない。この青年に言えるわけがない。
「そうか……すごいんだね」
僕は青年と目を合わせないように下を向きながら、この罪悪感を必死に押し殺した。
あんなキラキラと美しい瞳で見つめられたくない。
この場から消え去りたくもなってきた。
もう全てを明かして楽になりたいとも思い始めてきた。
顔は下に向けているが、目はまばたきもせず、冷や汗を流しながら口が震えてくる。
「あっ、あの……」
僕の口は一人でに動き始めていた。語り始めようとしていた。
なんだか罪悪感が僕の首を握りしめてきているようだ。
罪悪感からの懺悔。僕はこの国を滅ぼそうとしている悪魔だという事実からの懺悔。
だが、運命はそれを許してはくれなかった。
時間が来たのである。
「あっ、いけない。ボクはそろそろ仕事の時間なので。すみません。ご主人様に怒られてしまう。
観光客さん、お話ありがとうございました!!」
青年は僕の話も聞こうとせずに、颯爽と走っていく。
僕はそんな彼の背中を目で追いながらも安堵していた。
これで解放される。この国を敵国として意識し続けていける。
「ふぅ……良かっ 」
同情の感情を持ってはいけないと言われていたのに、持ちかけてしまっていたことについては反省。
とりあえず、妹メイドさんと再会して聞き込み調査を再開しよう。
そう思って座っていた腰を上げた時である。
何者かの声が僕の耳に聞こえてきた。
「───まったく、敵国にもアマアマちゃんじゃないですか。これだから平和ボケ世代は……」
「……!?」
気配もまったく感じ取れなかった。
瞬間移動よりも気配を感じない。まるで声をかけられるまで存在していなかったみたい。
「この大陸は停戦下ですけど、いつ戦争が起こってもいいように心構えは大切ですよ? フレンド」
僕の側に現れたのは怪しき和服姿の童女。いや、さすがにもう怪しくはない。
前回のネゴーティウムは死ぬほどお世話になった少女である。
死体のような表情の固く、何を企んでいるかはわからない心を許しづらい少女。
「フレンドのfriend、ベストなフレンド、『フレンド』ちゃんとは私のことですよ~!!」
僕が信用しつつも信頼できない彼女こそが、『フレンドちゃん』の登場である。




