3・馬車の中で+敵国
誘拐。それは人攫い。
今、僕の両手足は鎖によって縛られて身動きが取れない状態で馬車に乗せられている。
「両手足縛られて無理やり知人に拐われてるのなんなん?」
僕は犯人に告ぐ。
犯人は馬車の座席に座りながら、紅茶を優雅に飲んでいる。
馬車の揺れで零れることもなく妹メイドさんは紅茶を飲んでいる。
「命令されただけです」
何を聞いても、その一言しか返してくれない。
僕は4回ほど妹メイドさんに理由を聞き続けたが、あきらめてマルバスに視線を向ける。
「オレはアンビディオに連れていくから連れてきてと命令しただけ」
マルバスもそう言いながら紅茶を飲んでいた。
まるで僕からの質問に答えたくないという意思を表しているかのようだ。
いや、2人とも飲みすぎじゃない?
このままでは僕の分の紅茶が無くなるのではないかな?
そう思って見ていると案の定、紅茶を入れていたティーポットの中に紅茶が無くなった。
やっぱり2人が飲み干してしまったからだ。
だが、これでようやく質問を集中して聞いてくれる。
「あの……マルバス。今回はどうして僕を強制的に連れていこ 」
そこまで僕が言いかけた時、妹メイドさんが新しいティーポットを机の上に置く。
そして、2人は再び黙って紅茶を飲み始めた。
そろそろ本題に入りたい。このまま2人にひたすら紅茶を飲み続けられても困るのだ。
「あの……頼まれれば僕もマルバスのために喜んでどこへでも行くんですけど。
なんで今回だけ強制的に連れていこうとしたんです?
そんなに僕って信用ないですかね?」
自分で言っててもなんだか落ち込んでしまいそうになる。
罪人だから僕が信用できないのだろうか。
前回のネゴーティウムでは任せてくれたのに……。急に僕への信用を失ったのか?
そう思うとなんだか悲しくなる。
「…………マルバス殿。そろそろ逃げられない距離なので良いのではありませんか?」
「ああ、そうなのかもしれないな」
ようやく紅茶を飲み続ける手を止めてくれた2人の女性は僕の方へと顔を向ける。
それは何か僕に対して思うことがあるといったような感じであった。
「エリゴル。今回はお前の意見を求めずに連れてきた。それは信用できないわけじゃない。信用はしている」
「……?」
「オレたちが向かうのがアンビディオってのは知っているな?」
「それはもちろん。今回も今まで通り同盟作りのために行くのでしょう?」
「いいや、今回の目的は2つある。
1つは作戦失敗によって捕らえられた『マルファス・ラ・ドラグ』を救い出すこと」
それなら知っている。予知夢で見た。
ただし、それを口にするわけにはいかないので僕は黙って頷く。
「そしてもう1つはマルファス・ラ・ドラグに与えられていた作戦の実行補助だ」
「本当に同盟作りじゃないんですね。それでその作戦というのは……?」
作戦について質問を行った際に、マルバスは少し視線を僕から反らす。
聞かれたくないことなのか?
マルバスが答えようとするのに躊躇している。
その代わりとして妹メイドさんがその作戦について教えてくれた。
「アンビディオの女帝暗殺ですよ……」
「妹メイドさん、今何と? 暗殺?
僕らが女帝をですか?
それは戦争じゃないですか?」
ちょっと耳を疑った。女帝ってことは国王も同然ってことだ。
その女帝を直接討ちに行くなんて初めての経験である。
更に女帝を暗殺したら、その国民はどうなるのだろう。
国王を殺してしまえば国際問題だ。戦争にもなりかねない。
いや、敵国だから戦争に持ち込もうとしているのだろうか……。
モルカナはアンビディオと戦争を起こす気なのだろうか。
戦争……。モルカナの市民とアンビディオの市民はいったいどうなるのだ?
「今回向かうアンビディオは敵国だ。敵国だから情を向けるな。
エリゴルは一番他者への情が弱点になる」
確かにマルバスに言われてみて思い返すと、情が弱点であるというのも正しい。
これまでの行動全てが情によるものだからだ。
モルカナでの出来事もアナクフスでの出来事もネゴーティウムでの出来事も……。
すべては僕自身の目的よりは情の方が強かったのかもしれない。
だからこそ、今回の舞台が敵国であるから助けたり情を覚えたりしてはいけないのである。
「いや……でも……」
それでもなんだか嫌な感じだ。これまでは平和的に解決して清々しく立ち去れていた。
けれど、今回は僕らがその国の平穏を揺るがす側である。
とても良い感じに事を済ませれるとは思えない。
「エリゴル。お前にはこれからもオレの補助をしてもらうことになるだろう。
そうなった場合、今回のようなケースなど山程ある。
後味の良さ悪さは早めに感じなくなっておいた方がいいぞ」
マルバスからのアドバイス。
確かに、今回の件はマルバスの言う通りだ。
アナクフスの件だって、最初は僕らが敵側のような物であった。
魔王国に繋がっていたからという理由で国王を倒そうとしたのは我々だ。
結果的には平和的に立ち去れたのは事実だし、国王を殺すつもりもなかったのは事実だが。
やろうとしていた事は今回と類似している。
「ああ、分かりましたよ」
僕は自分に納得させる。暗殺と言う言葉を別の言葉に言い換えて自分に納得させていく。
すると、僕が先ほど戦争という言葉を発した事で不安なのを感じ取ったのだろうか。
マルバスが僕の気持ちを少しでも楽させようと、付け加えて話してくれた。
「エリゴル。この作戦が成功すれば戦争は起こらない。
女帝が倒されるのだからな。敵は作られん。
確かに、国という形は後継者が出るまでは崩壊するだろう。
けれど、指導者のいない場合は戦争は起きないのだよ」
戦争は起きない。その言葉を聞いた僕の心は少し安心してしまった。
アナクフスやネゴーティウムでたくさんの人の死を見てしまった僕にはありがたい一言だ。あの光景を極力見ないで済むのならありがたい。
そう思いながらも、ふと窓の外を見る。
「あれが……」
荒れた荒野の先には大きな町並みが見える。モルカナ国よりも大きいのではないかという範囲。
その中央付近には大きな城のような建物が微かに見える。
他の家々とは違い、その大きな城のような建物は炎のように真っ赤である。
いよいよ馬車の窓から敵国であるアンビディオが見えてきた。
────あれが今回の僕らが向かう敵国アンビディオである。




