4②・立場バトル+亥 戦①
信じられない。
「えっ…………?」
訳がわからなくなった。僕の頭はおかしくなったのだろうか。こんなことがあり得るわけがないのだ。これは夢なのか?
幻想を見せられているのか?
だって、こんなことがあり得るはずがないんだ。僕はこの目で見たのだから……。
「お兄さん?
大丈夫?
どうしたの?」
急に真っ青になった僕の顔を見たシトリーが心配して駆け寄ってきてくれる。
僕に手を差しのべてくれる。
自分も今は不安なはずだろうに、僕の心配をしてくれている。
────そう、気がついたら、僕の目の前には先程死んだはずのシトリーがいた。
「どうなっているんだ……??」
見ると、シトリーの手もまだくっついている。あるべき場所に存在している。シトリーからは血も出ていないし、化物も僕の前にはいない。
先程の事が夢であったかのように、シトリーは生きていた。
ならば、これはいったいどういうことだろう。
僕が先程見たシトリーは現実なのか?
それとも幻覚なのか?
そういえば、人は死ぬ寸前に走馬灯を見ると聞いたことがある。走馬灯で自分の過去を見ているのだろうか。
僕が今出会っているシトリーは過去の記憶のシトリーで、本当は僕も一緒に死んでいるのかもしれない。
「ほら、行きましょう?
早くしないと追い付かれちゃいます」
いや、これは過去の記憶でもなんでもなかった。
僕が握手を交わそうとしていないのがその証拠である。僕が一歩下がったのが証拠になる。
僕はシトリーが僕に近づいたせいで巻き込まれたことを思い出して、無意識にシトリーから距離を取ろうと考えたのだ。
その時にハッと気づく。
これが過去ならばこんな風に改変することはできないはずだ。本来ならここで握手を交わし、その後巻き込まれていたはずである。
それを拒んだ。握手をすることを撤回した。
「来るな!!
近づいてくるんじゃぁないぞ!!」
急に大声でシトリーに要求したせいか。彼女はビクッと体を震わせたかと思うと、指示通りにその場に立ち止まった。
確か、あと3歩くらい歩いた所だったはず。その場所に来なければ安心なはずである。
「……!?
ねぇ、お兄さんどうしたの?」
シトリーは何がなんだか分かっておらず、僕に訪ねてくるが、それを説明する暇はない。僕にだって説明はできないのだから。
「いいか。僕から離れるんだ。すぐに!!」
だが、これはせっかくのチャンスだ。訳が分からないが有効活用させてもらう。2度も同じことを起こさせるわけにはいかない。
その時、響き渡る唸り声と共に巨大な生物が森の中から豪快に姿を現した。海から顔を出したシャチのように壮大な迫力でその顔を見せる。
その後、化物はシトリーと僕の間を通り、化物は荒々しい様子で走り抜けた。
そして、化物は御神木にその頭が激突する。
すべてが見た光景と等しかった。
時刻は同じ日暮れ時。
場所は同じ御神木前。
先程と同じく化物が木々を薙ぎ飛ばしながら走ってきた。
しかし、違うのは結果だけだ。
シトリーは生きている。
バランスを崩して尻餅をついたものの、命に別状はない。
僕が見た光景とは違う結果になった。
「ハハッ……」
シトリーが生きている。その嬉しさに笑いだしそうになった。まだ、危険は目の前にあるというのに、1つの死を回避したお陰だ。口がにやけてしまう。
しかし、問題があった。いや、問題というよりは疑問だ。この仕組みが分からない。
僕が見たものの説明がつかない。
今この状況ですら幻覚かもしれないのだ。
本当はシトリーは死んでいてこれが幻覚なのか?
本当はシトリーが生きていて先程が幻覚なのか?
それを証明できなければ、僕がこれからどうするべきか分からない。
なぜ、こうなったか。
あんなものを見たのは初めてだった。不思議だった。
いや、不思議な現象ならもう1つある。
僕の左目が潰れていないことだ。
木の根が突き刺さったのは確実である。
刺さる寸前までこの左目が見ていた。
それなのに、無傷でこうして見れている。
怪我がなかったかのように以前のまま見えている。
“見”……………。
やはり、この目とこの現象は関係があるのだろうか。
いや、もはや疑問ではない。確定だ。
この目で見たことが後に実際に起こっている。
だったらラッキーじゃないか。見た通りの結果になるんなら、それを回避していけばいい。
未来を変えてしまえばいい。
「まるでカンニングペーパーみたいだな。へっ、笑えねぇ……」
こんな能力があるのなら、この世界に来た最初の時から使えるようになって欲しかった。
そうすれば、もっとマシな暮らしが出来ていたはずだ。通りかかった町のカジノで一攫千金したりできたはずだ。
だが、そんなのは後でもできる。
今はシトリーと共に脱出することだけを考えなければいけない。
再び化物とにらみ会う。
化物は追突する相手を見定めたように僕を睨み付けながら、うなり声をあげている。
今にも僕に向かって飛び出してきそうだ。
「よっし!!
シトリー、僕が囮になっているから逃げろ」
せめて、シトリーだけはこの森から脱出させなければ……と僕は化物の目がシトリーに向かわないように視線から隠す。
「そんな……。お兄さんを置いては行けないです……」
「大丈夫だ。もうすぐこのまま走れば出口だし、後はお前だけでも行けるだろ?
僕が時間を稼ぐから!!
なぁに、心配することはないよ。この化物がお前に目もくれないくらいの囮技術を見せてやるから」
「分かりました……。お兄さんすぐに助けを呼んできますから!!」
そう言って、シトリーはまっすぐに森の出口へと走り出した。
もう怪我もだいたい大丈夫なのだろう。
シトリーは全速力でこの場から逃げようとする。
それを目で追っていた化物も、シトリーを追いかけようと首を向けるのだが……。
「おい、豚野郎!!
くっさい刺激臭撒き散らしやがって、豚を見習って泥で洗いやがれ!!」
「ググッ………!!!!!!」
化物がこちらを向く。奴は挑発に乗ったのだ。どうやら人語が理解できるらしい。僕は化物が再びシトリーを追いかけないようにさらに化物に向かって煽りかける。
「あいつも言ってたぜ。臭いってな。足のにおいの7倍臭いとよ。あー臭い。はぁー臭い。臭い。臭い。清潔感の欠片もない。モテねぇな~お前。
そんなクセェお前にシトリーみたいな子を渡すわけねぇーだろバーカ!!」
「クチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャ!!!!」
ここまで人をバカにしたのは初めてだった。いや、人ではないか。化物が挑発に激昂されて威嚇してくる。確かに、その威圧は僕に効果覿面だ。こうして睨まれただけで体が竦む。だけど、途中でやめることは許されない。このまま、僕と化物との1vs1の勝負へと引きずり込まなければいけない。シトリーが逃げる時間を作るために……。
「じゃあ勝負しようぜ!!
立場バトルだ!!
シトリーがお前の配偶者候補・僕の保護対象的ポジションどちらが相応しいか!!
負けた方が変態だ!!
さぁ、変態豚か。不審者変質者か!!
とっとと決めようぜ!!
獣姦願望亥さんよぉ!!」
「シュー、シューシューシューシュー!!!」
ここまで言うともう勝負は始まっていた。煽りに煽られた化物が荒々しく鼻息を吹きながら、こちらをギョロッと睨み付けている。
左右の目も眉間の目も完全に僕を見ていた。
どうやら、化物は僕を殺す気満々なようである。
さてさて、どうやって生き残ろうか……。
【今回の成果】
・未来予知を手にいれたよ
・立場バトル