1・おはよう+『妹メイド』
夢を見た。
どこか知らない地下牢で1人の老人が捕らえられていた。
その老人の名前は『マルファス・ラ・ドラグ』。我が国モルカナの家老である。
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「チェジェジェソ……!?!?!?」
目覚めた瞬間に、僕が異世界生物みたいな変な声を出したのはうなされていたからではない。
確かに、先程の夢はリアリティーがあって不安になったけれど……。
それだけで、こんな汚い悲鳴をあげて目覚めるわけがない。
「…………うわっ!?」とかいう悲鳴ならまだ分かる。うなされいたということはだいたい理解できる。
でも、さすがに「チェジェジェソ…!?!?」はないだろ。
絶対、夢からの帰還で出せる声じゃない。これは外部的攻撃だな!?
僕はそのことを悲鳴をあげて1秒で気づいた。
「あなたに2つの選択を要求します。私に従いなさい。さもないと再びお仕置きを開始いたします」
始めて聞く声。新入りさんだろうか。
声からはしっかりとした真面目でクール印象を想像させられる。女性ではありそうだ。
ただし、姉メイドちゃんはもっと天真爛漫で能天気に殴りかかってくるはずである。
目覚まし代わりに殴りかかって来ないというのは、姉メイドちゃん以外の人物ということになろう。
「ううううッ…………なんだその選択っていうのは。そしてお前は?」
「あなたに質問の許可は出していません。私が許可したのは選択です。選択を選ぶと言いなさい」
「はい。選択を選びます…………ハッ!?」
今ので目が覚めた。
謎の女性からの指示に考える暇もなく従ってしまったのだ。
ベッドから起こされた僕は声の主の顔を見る。
身長は僕よりも高身長。深淵を覗いたような水のような瞳、小顔ではあるがクールな印象を感じ取れる。髪型は少し長めのポニーテールで青毛。そんなメイド服を来た大人びた美女が僕の目の前にいた。
……かといってその女性と何かが起こるというわけでもなかった。
ただ、選択を求められただけで問題も選択肢も言ってはくれない。
メイド服を着た女性は僕を起こした後、部屋から立ち去ろうとする。
「ねぇ……結局選択ってなんなの?
それとあなたは誰なの?」
僕の質問にアッと思い出したような表情を浮かべたメイドさんは回れ右を行って再び僕の方へと近づいてくる。
「失礼しました。色々としなければいけないことを忘れていました。
私は……そうですね。『妹メイドさん』とでもお呼びください」
妹メイド?
姉メイドなら知ってはいるけれど、妹メイド?
言われてみれば確かに姉メイドちゃんに似ていなくもない。しかし、そっくりというわけでもない。
言い表すとしたら真逆や真反対。
前に姉メイドちゃんが妹の事を話してはいたけれど、こうして僕がその妹と出会うのは始めてだ。
「妹メイドさんか……なるほどよろしくね。
僕は『エリゴル・ヴァスター』といいます。そういえば選択ってなんなの?」
「私と姉のどちらが好みですか?」
「は?」
「選択の問題ですよ。前々から気になっていたのです。
今日の私の『すたんがん?』と呼ばれる漂流物、我が姉の暴力。どちらが目覚めのお好みでしたか?」
起こし方の好みを聞いているのだろうか。
正直に言ってしまえばどちらも嫌だ。普通に起こしてほしい。
妹メイドさんの道具・姉メイドちゃんの暴力。その両方とも受けたいとは思わない。
これは正解のない問題である。僕が答えられない問題である。
しかし、僕を逃がさないような視線が無回答を許してくれそうにない。
「…………」
考える。考えろ。考えよう。考えたい。考えなきゃ。
ここは慎重に、まだマシな方を選ばなければいけない。
僕は妹メイドさんに睨まれている視線を無視して、廊下の方を見る。この部屋のドアは開いていた。
「……あっ!!
マルバスおはよう!!」
「えっ?
マルバス様?
すみませんすぐに彼をお外へと連行しま」
妹メイドさんが振り返りドアの方を見る。
彼女らの雇い主親族であるマルバスに妹メイドさんは従えているも同然。
マルバスが通りかかったのを無視するわけには断じていけなかった。
なので、彼女は視線をドアの方に向ける。
しかし、そこには誰もいない。マルバスのマの字もない。
「しまっ!?」
妹メイドさんは急いでベッドへと視線を向ける。
すると、もちろん僕はいない。
妹メイドさんの視線がドアに向いた瞬間に僕はしゃがんで移動し、妹メイドさんの視線がベッドに向いた瞬間に僕はドアから脱け出した。
これより逃走劇開始である。
答えられない質問から逃げ出した僕は真っ先にマルバスのもとへと向かう。
マルバスなら僕を救ってくれると判断したのである。
迷路を歩くように迷いながらも、僕は一室一室とマルバスの姿を捜す。
上へ下へ左へ右へ東西南北へ。
妹メイドさんに見つからないように僕は城内を走り回る。
こうして、僕が広い城内を走り回っていた最中のことだ。
ふと通りかかった部屋でヴィネさんの話し声が聞こえてくる。
「ああ、もちろん構わないさ。私としては“3人”は我が身のように大事な存在だからねね。いつでも来ていいし帰ってもいいよよ。
来るべき日まで“3人”には頑張ってもらわ」
「3人ですか……そこは4人であってほしいものでしたがね。1人増えれば、我が身と四肢って体繋がりで意味がなんか似ているじゃありませんか」
この国の国主であるヴィネさんが誰かと話している?
「(もしかしたら相手はマルバスかも)」
そう判断した僕はその一室に命運を賭けてふすまを勢いよく開いた。
「すみませんヴィネさん。マルバスを見ていませんか!!!!」
「……!? なんだ君かびっくりしたよよ。マルバスちゃんならいないかな。裏庭の方ではないかね?(ヴィネ)」
「あら、マルバスさん朝から騒がしいですね。まぁ、頑張ってきてください(キユリー)」
ハズレだった。ヴィネさんとキユリーだけである。マルバスはこの部屋にはいなかった。
いないのであれば用はない。
「あら、ヴィネさんとキユリーしかいないか。失礼しました!!」
そう言って僕はふすまを閉める。
そして、そのままヴィネさんのヒント通りに裏庭へと方向転換して走り出そうとした僕であったが……。
「…………見つけましたよ!!」
その声に僕は震え上がる。視線の先には妹メイドさん。
「まずい!!見つかっ!?」
「させません!!
私が質問をしたというミスにより時間を使っている。その汚名をはらさねばならぬのです!!」
「何を言ってるのかわからないけど。僕は逃げるのさ!!」
「させません!!
一緒に来てもらいます【アンビディオ】へ!!」
僕の鍛えられた逃走力を侮ることなかれ。妹メイドさんと僕との距離なら再び逃げられる。
そういえばなんで逃げていたのだっけ?
何か理由があって逃げていたはずだけど、走りすぎて脳が正常に動いてはいない。
なので、僕がこれから味わう事も幻覚なのだと思ってしまう。
逃げ出そうとした僕と妹メイドさんとの距離は充分に離れているはずだった。
だが、急に逃げ出そうとした僕の体が動かなくなってしまう。
「……!?」
視線を前方からずらす。
すると、僕の視線の先には鎖。
大量の鎖が僕の体を縛り上げて固定している。
だからといって逃げ出せるだろう?そう思われてはいけない。
僕の両手両足は妹メイドさんの片手から発せられている頑丈な鎖によって縛り上げられているのだ。
引きちぎることなんてできない。両手も両足もどれ程力を入れても動かせないのだから。
「さて、時間ロスです。質問は後日に。
それよりも無理矢理にでも連れていきます。覚悟を決めておいてくださいね?」
さらに僕の全身を縛り付ける鎖が増えていく。
こうして最後には僕の視界すらも鎖によって締め付けられてしまった。




