29・エピローグ+ネゴーティウム
今日という日を迎えることができた。これまでに何十回も昨日を繰り返してきた僕からするとありがたいことである。明日があることのありがたみを感じる。
「明日があることに感謝」
「明日がある事に感謝?
明日があるのは当たり前の話ですよ。
時という物は刻み続けます。生命がいなくてもこの惑星は朝昼夜を繰り返しますから」
側にいるキユリーが僕の独り言にヤジを飛ばしてきた。
今、僕とキユリーがいるのはネゴーティウムの町である。
観光らしい観光も出来なかった僕を憐れんだマルバスが1週間自由を与えてくれたのだ。
ちなみに、そのマルバスはというと……。
彼女はモルカナ国のファンでありこの国の管理者のハルファスが住んでいるルーラーハウスにお呼ばれ中。赤羅城はその護衛。
なにやら、ハルファスがマルバスとお話がしたいそうだ。
とりあえず、マルバスがハルファスに襲われない事を祈ろう。
「どうしたんですか?
黙りこんで」
「……いや、どうすればお前を留守家庭に預けられるかと考えていたのだよ」
「家庭…………ですか」
「あっ、いや。冗談のつもりだったのだけど、まずかったか?」
「いやいや、言ってない私も悪いですし、言うつもりもありませんので。私の家庭の話は聞かないでくださいね。
それより、家庭で思い出しましたけど、アドニス家はどうなったんでしょうか?」
「ああ、アドニス家はな……」
今回のループ現象の犯人であるアドニス家。いやアドニスの母親は十二死の酉と契約していた。
それは息子のアドニスにかかった不治の呪いが原因である。
不治の呪いのせいでアドニスは今日という日を迎えられずに死んでしまう。
それを引き延ばしにするためにループ現象を願っていたわけだ。
だが、その計画も僕らによってうち壊された。
僕らやネゴーティウムの兵士たちによって、たくさんの犠牲者を出しながらもようやく殺すことができたのである。
そして今……。
アドニスの母親はかつての彼女ではなくなった。それが十二死と契約した者の末路なのか、息子のいない人生を生きることへの悲しみなのか、神を失った信者の苦しみなのか。
彼女はもう以前のような様子ではなくなっていた。病んでいた。堕ちていた。
彼女が他人に語る言葉はなく、唯一彼女が安らぐのはヴァイオリンの音色だけである。
そのヴァイオリンは彼女の息子の物だ。彼女の息子はかつて有名なヴァイオリニストであった。そして天才的な音色を奏でる美青年であった。
そんな僕の友人を僕は救うために殺す決意を行った。
その結果、アドニスは亡くなった。転落死ではなく心臓マヒだそうだ。
この大陸での葬儀は1日で終わり、彼の遺体はもうお墓の中で眠っている。
死因は違えど、僕が殺したことに変わりはない。
「アドニス家は……」
キユリーからの質問になんと答えれば良いのだろう。
実は、アドニスについては誰にも話していない。
僕が墓場まで持っていく罪として背負っている。みんなが罪悪感を感じる必要がないようにと僕なりの詐欺である。
そんな僕がなんと言えばよいのか。何を言える資格があるのか。
返答がうまくできない。思い付かない。
すると、キユリーは何かを察知したのか、アドニス家の事は何も聞いてくることはなかったが。
代わりに、こんなの情報を口にした。
「話題を変えますかエリゴルさん。
これを言うべきではないと思ってますが。
一応、マルバスさんからの提案です。
どちらも悪い話なのですが」
「悪い話か……でも聞かなきゃなんだろう?
聞くよ」
「①酉のいた馬車の墓場道を決戦後に調査しますと……。卵がありました。でも気を悪くしないでください。中身はすでに息絶えており、おそらく死後100年以上は経過していましたから。
②酉が我らの前から消えた頃、いや昨日のうちに“ネゴーティウムの子供が20人ほど行方不明”になっています。
そしてマルバスさんからの本題が……」
キユリーは言いたくなさそうな表情を浮かべている。その表情と話からでも大体わかった。
「…………悪いがマルバスには却下と伝えてくれ。好奇心がわくのはわかるけど、これ以上の問題事はごめんだぜ」
冗談じゃない。マルバスの好奇心がわく気持ちも理解はできるが。
僕はこれまで50日以上も大長編レベルの事を行ってきたのだ。
これ以上、この国でさまざまな出来事を味わうまでもなく腹一杯である。
せめて少しはのんびりとした生活を送りたい。
「のんびりと墓参りできるくらいの平穏がちょうどいい」
「ええ、そうですよね。あとで伝えておきますよ。それじゃあ行きましょう。今日も彼の墓参りへ」
そう言って僕らは歩き出す。
軽やかな気持ちでも、健やかな気持ちでもない。
人々が優しく、町が賑わっていて、観光客も多く、商売繁盛の商業大国。
人々が集まりやすく、ありとあらゆる商品が売られ、ありとあらゆる種類のお客さんが買っていく、商売主義の表裏大国。
───このネゴーティウムで過ごしてきた日々を僕は決して忘れることはないだろう。




