26・火炙り+酉 戦⑥
あの怪我具合では立ち上がるのでさえ苦痛なはずだ。
地面にもろに激突したから、全身の骨にヒビが入っているはずだ。
それなのに酉は血を吐き流しながらも立ち上がった。
「構えろ!!」
弓矢を持っていた数十人の兵士が松明の周辺にやって来て、矢を向ける。
ガソリンを被った酉ならば焼き殺せるという作戦を経てたからであろう。
だが、酉は自分自身に殺意が向けられていてもそれを無視してゆっくりと歩き出す。
「襲ってこない……?」
「いや、油断するな。こいつは賢い。動物だと思って挑めば痛い目にあったのは覚えているはずだ」
「兵士長。射っていいですか?
こいつは我らの仲間をさんざん食い殺してきた。その敵討ちです!!」
「ああ、構わん。射て!!」
1人の兵士長が射撃の許可を出したので、兵士たちは矢に火を灯してから放ち始めた。
宙を飛ぶのは無数の火のついた矢。
それは酉の周りや体に突き刺さる。
「グッ!?
ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
酉の全身を炎が包む。ガソリンをかけているから燃えやすい。酉は自身の体を覆ってきた炎を消そうともがく。苦しそうに暴れながらもがく。
けれど、火はなかなか消えることがなく。
酉はのたうち回っている。
「全兵士。酉の警戒を解いて退避。
すぐに襲いかかってこれない位置まで退避するぞ!!」
1人の兵士長がそう叫ぶと、兵士たちはすぐさま後方へと走って移動し始める。
「退避!!」
「命令が出たぞ。全員退避だーー」
兵士たちは酉の燃えている姿も確認しないまま、急いで後方へと移動し始めていた。
その光景を目で追っていた僕も速く退避した方がいいだろうと思い、立ち上がろうとする。
すると、ハルファスとキユリーが手を差し伸べてきてくれた。
「怪我人のサポートは任せてくださいエリゴルさん。置いていってその仕返しにセクハラが酷くなっても困りますので」
「私も借りを返したい。
いやモルカナ国の匂いを嗅ぎたいわけではないぞ。まぁ、この闘いが終わったらモルカナ国の空気を袋詰めにしてプレゼントしてくれれば私はうれしいがな」
どうやら純粋な気持ちで僕を手助けしてくれる人はいないらしい。
2人の優しさに感動していた僕の心を返してほしいものだ。
それでも、断って自分の足で行くほどの体力も今の僕には残っていない。
仕方がないので、僕もキユリーとハルファスの肩を借りながら後方へと退避しようとした。
逆方向から酉の悲痛な叫び声が聞こえてくる。
炎を全身に巡らせて焼き殺されようとしている。
肉が燃えている匂いが恨めしくも僕の鼻に入ってくる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアーーー!!
ギィギャアアアアアアアアアーー!!!」
罪悪感がないわけではない。けれど、あの酉は兵士たちを何人も食い殺した。罪のないその道を通ろうとした商人も馬車の馬も食い殺した。
だから、焼き殺されても文句は言えないだろうとは思う。
誰もがその苦痛の叫びに耳を貸す者はいない。みんながその叫びを耳にしても無視し続けている。
酉の味方はこの場には誰一人としていないのである。
しかし、僕はふと振り返ってみた。
その悲痛な叫び声を無視することができずに振り返ってみた。
「ギャアアア!!……ギャアア!!」
炎を全身にまといながら、暴れ狂う酉。
その様子は僕らを追い詰めていた化物のような姿からは想像もできない。
炎に苦しみ悶えて暴れている1匹の鳥の姿。
酉の動きはだんだん鈍くなっていく。体力が無くなっていっているのだろうか。
だが、倒れない。
酉は絶命まではまだまだ時間があるようで、まだその体を地に着けようとはしない。
その最期の姿を見届けようと僕は酉を注意深く見ていたのだが……。
「エリゴル殿、見てください。朝日ですよ。
これで明日が迎えられます。私たちは……我が国は明日を迎えられそうですね」
ハルファスの視線の先には今にも顔を出しそうに太陽が昇りかけている。
夜明けだ。アドニスが死んでしまう時刻までもうあと僅かである。
これでループは終わる。
これまでに何十回と繰り返されてきたであろう今日という日が終わり、明日が始まる。
アドニスの母親と酉の計画は失敗したのだ。
よかった。僕は心の底からループ現象の終了を喜ぼうとした。
だが、引っ掛かる。何かが引っ掛かる。
もう今日という夜は終わろうとしているのに何かが引っ掛かっている。
一番鶏が鳴こうとする時間が訪れようとしているのに、まだ何か……。
「……!?
キユリー、ハルファス。待て止まれ戻れ!!」
「どうしたんですか!?エリゴルさん。
何か落とし物ですか?
もうあの場との距離はだいぶ離れちゃいましたよ?」
急に慌てたように僕が声をあげてしまったから、キユリーもハルファスも慌てて立ち止まる。
「やられた。あの野郎……。急いで戻るぞキユリー、ハルファス。まだ終わっちゃいないんだ!!」
「どういうことですか?
エリゴル殿。我が国はもう勝利している」
「まだだ。まだ一番鶏が鳴いてない。
もう兵士たちでは間に合わない。僕らで行く!!」
嫌な予感がぷんぷんしていた。大事な事を忘れていた。酉との決戦に集中しすぎて忘れていた。
一番鶏が鳴いてないのでまだ酉にはチャンスがある。
さらに移動距離。この距離では間に合わないとでも考えているのだろう。
その通りだ。兵士たちではたぶん今から行っても間に合わない。
だが、僕らの距離では間に合わないかもしれないが、死ぬほど走ればギリギリ問題ないはず。
問題は負傷しきった僕の体が耐えてくれるかだ。
「あの酉野郎、賢い奴だ!!」
────忘れていた。
酉には協力者がいるのである。酉を殺させないようにするための大事な協力者が。
次は27日21時です。




