25②・大空を墜ちる+酉 戦⑤
砲撃を受け続ける酉は苦痛そうな表情を見せながら、空中でバランスを崩した。
酉の体は地上に向かって落ちていく。
その刹那、酉は気がついた。
自身の足に何かを握る感覚が無くなっている事に気がついた。
いや、それは同時だった。
酉が足の感覚に気がつくのと、酉が視力でそれを確認するのが同じだった。
酉の瞳に映るのは自分の顔に乗っている僕の姿である。
僕は両手に短刀を握りしめて、足で酉の体から振るい落とされないようにしがみついていた。
「どうだよ?酉。
高度から見下していた奴らと同位置へと転落していく気分はどうだい?」
「シャュァアアアアアアアア!!………グッ!?」
酉の前頭の左目に突き立てられる青き短刀の刃。
そしてそのまま全体重を重力に任せるために、僕は地面から足を離した。
「ウオオオオオオオ!!!!」
重力により僕の体は下へと落ちていく。
突き立てられた短刀は酉の体に深く突き刺さっており、簡単にはスポッと抜けることはない。
そのまま重力に従って落ちていく。
まるでジッパーのチャックを開けるように!!
「ギシャ……ギャァァァァァァァァァァ!!!」
酉の血を全身に浴びながら落ちていく。スカイダイビングみたいな高所からの落下。
酉の初めて鳴いた苦痛の叫びを耳にしても、それでも僕は最後まで青き短刀から両手を離すことはなかった。
落下速度的には僕の方が速い。
両手を大の字にして僕は真上で血を噴き出しながら悶えている酉の姿を拝む。
「下見ながら落ちるなんて僕には無理だからな。怖すぎるわ」
このままでは墜落死。しかしパラシュートも何も持ち合わせていない。
酉には羽があるし、時戻しでいくらでも体の傷を元通りにできるのだろうけれど。
僕にはそんな芸当はない。
「ふっ……」
風を感じる。あと数秒といった所だろうか。
おそらく、もう少しで僕も酉も地面に落下してしまうのだろう。
これも良い機会だ。
死ぬ前におもいっきり言い残した事を口にしておこう。
僕は大きく息を吸うと、馬車の墓場道にも聞こえるくらいの大声で叫ぶ。
「キユリー着地頼むわーー!!」
───ドンッ!!!
────────────
どうやら酉がネゴーティウムに落下することは未然に防げたらしい。
僕がその事実を確認することができたのは、酉を一緒に最後の瞬間まで目で追っていたからではない。
そんなの目で追うくらいなら、走馬燈でも見ていた方がマシである。
では、何故その事実を確認することができたのか。
我ながら無茶振りだとは思って、望まぬ希望だったのだが……。
その無茶振りをキユリーがなんとかしてくれたからである。
「普通の人間だったら私もあなたも死にますよ……」
僕が地面に落下している最中、横からロケットのように飛び出してきたキユリーと激突。
落下の勢いが横に向き、落下の勢いを殺した。
キユリーのロケットハグを受けながら、僕たちは横向きに地面に墜落。
僕はキユリーのロケットハグを直接受けた右手を骨折し、左手を地面にぶつかってできた大量出血だけで済んだ。
「アハハハ。正直、無理難題だとは思ってたけど。キユリーのロケットハグのお陰で助かったぜ」
怪我は重傷だが、命が助かっているだけマシである。
「ロケットハグ?
私がエリゴルさんに行ったのはキユリーキックです」
ただ、キユリーは自分ではないと言い張ってきた。思い返してみる。
確かに、誰かにハグはされた気がしたのだが、そういえば頬が痛い。
謎の痛みだとは思っていたが、まさか味方からの攻撃だったとは……。
では、キユリーではないのであればいったい誰が僕にロケットハグをくらわせたのだ。
「「じゃあ誰が?」」
「それは私だ……このハルファスだ。
私がキユリーちゃんがキックを行う寸前に一番乗りでエリゴル殿の落下の勢いを殺したのだ」
その声にバッと振り向くキユリーと僕。
その視線の先には地面に座り込んでいるハルファスの姿があった。
「命の恩人にお礼は言わせてもらうよ。ありがとう。
けど、指揮官自らが僕に構っててよかったのか?
酉にトドメをさせてないだろうに……」
落下した衝撃で酉が絶命したかは不明だが、落下する最中は生きていたのである。
指揮官として現場から離れるという行為をとっても問題なかったのかが心配になったのだ。
すると、ハルファスは照れながらも笑い、返事を返してくれた。
「ああ、問題はないよ。私はモルカナ国のファンだからね。助けに向かうのは当たり前さ」
「そうか。ありがとう。
あっ、そういえば酉は?」
「酉なら、あそこで横たわっている。
今からガソリンをかける所だ。
再び兵士を減らされるわけにはいかないからな。近距離の武器でトドメを指すのではなく火葬で殺すさ」
よく見ると、遠くで地面に横たわっている酉は液体でもかけられたかのように濡れていて、その側には松明が置かれている。
そしてその近くには数人の兵士が弓矢を手に持っていた。
矢に火を灯してから放つのだろう。
だが、その時である。
ギョロ!!
死体も同然であった酉の憐れな姿からの視線。
僕らは背筋が凍るような気分を味わう。
「ギッギリャ…………シャァシャァ」
もう虫の息である状態だし、立ち上がろうと力を入れていても、傷口から大量に血が噴き出している。
それでも酉は傷だらけの肉体をたたき起こしながら、ゆっくりと立ち上がったのだ。
次は27日20時です。




