25①・大空へと羽ばたく+酉 戦⑤
酉が僕を足で掴みながら大空へと羽ばたき始めた。
逃げられない僕の頭に浮かぶ嫌な想像。
酉はどこまでも高度な位置まで飛べることができる。
では、人間はどうだろう。
何かしらの空を飛べる機会があればなんとかなるかもしれない。技術が発展すれば自力で大空へと飛ぶことができるかもしれない。
だが、問題は高度な位置まで飛べることができた後である。
パラシュート無しで人間は無事に生還することはできない。
重力があるからまっ逆さまに落ちていくだけだ。
「クソ、マジかよ。嘘だろ酉!!」
そんな作戦を酉が思い付いた。
高所から落とせば生物が死ぬと判断した。
それが本当に恐ろしい。
だって、今から落とされるのは僕だ。
地上では逆転のチャンスが僕にもあったかもしれない。しかし空では皆無だ。
生まれてすぐに飛べる鳥と自力では飛べない人間では訳が違う。
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酉が飛び立つ光景は生き延びた者の全員が見ていた。
僕に酉の注意が向いたことで助かった者達全員が見ていた。
そして足に僕が捕らえられていることも確認していた。
キユリーはそれを見た瞬間に大慌てでハルファスのもとへと急いで駆け寄る。
「エリゴルさんがエリゴルさんが!!」
そしてハルファスはキユリーに服をギュッと捕まれた。頼られた。
「ああ、分かってる。私も見たからな。
今すぐ撃ち落とそう!!」
手遅れになる前に行動しなければ。
ハルファスはそう考えて砲撃隊のもとへと向かおうとするのだが、それを1人の兵士長が止める。
「お待ちくださいハルファス様。大砲で撃ち落とすにしても彼が巻き添えになります。それにあの速さには砲弾も追い付きません」
よく見ると少し目を離した隙にもうあんなに高い位置まで酉は移動していた。
あれほど高い位置まで飛ばれてしまえば、もう砲撃も届かない。
「くそっ……」
「そんなエリゴルさんを助ける方法は何か……何か」
その場にいる全員が奇跡を祈るような気持ちで上空を見つめていた。
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上空へと酉が移動している最中。僕はもう諦めかけていた。
早い段階で脱出することができていれば、僕も落下する時に骨折で済んだかもしれない。
けれど、この距離はもうダメだ。
ヘリが飛んでいるくらいの地上との距離。
ここから落ちてしまえば、どんな手を使っても助からない。
「これが最後の景色って奴か」
上空から見る馬車の墓場道やネゴーティウムはとても小さく見える。
「…………」
本当に、これまでのピンチとはわけが違う。
最後の力を振り絞れるわけでもないし、こんな上空で誰かが助けに来てくれるわけでもない。
「「…………」」
お互いに無言。
風の音だけがうるさく耳に入ってくる。
酉はさらに大空へと飛び立とうと考えているらしい。さらに上空へ。
この距離でもまだ物足りないというのだろうか?
このままでは雲の上まで行ってしまいそうだ。
「(最後に見るのが雲の上の月ってのも悪くないか?)」
僕は酉に抵抗することもなく、そのまま身を任せていた。
だが、その時である。
空耳が聴こえてくるのだ。本来なら聴こえてくるわけがない。
小さな小さな曲。
ヴァイオリンの演奏が僕の耳に届いたのである。
こんな夜更けにヴァイオリンの演奏が聴こえてくるのも妙ではあるが、そもそもこんな上空まで音が届くのも変である。
やはり、幻聴だろう。
そう考えてしまったが、どうやら酉の様子もおかしい。
酉は急にさらに上空へと向かうのをやめた。
双頭の前頭の目をパチパチとさせながら、方向転換。
酉はゆっくりと風に乗りながら、羽を上下に羽ばたかせてネゴーティウムの方に視線を向けている。
ゆっくりと降下していく。
「(なんだ?)」
まるで何かに意識を奪われているかのように、酉は不自然な様子だ。正気ではない。
酉がネゴーティウムに引き寄せられているのだろうか?
酉の全身の力が緩くなる。僕の体を締め付けていた足の力が少し緩む。
「(演奏が聴こえる……)」
僕は酉に気づかれないように体勢をずらしつつ、短刀をいつでも刺せるように準備する。
だが、酉は気づかない。
音色に心を奪われたかのようにネゴーティウムに降りていく。
「(まずい。このままではネゴーティウムがこいつのエサ場にされちまう)」
このままでは酉がネゴーティウムに降りて国が大惨事になってしまう。
かといって、この場で酉を刺激してしまうのは勇気がいる。
刺激するにしても、ネゴーティウムに近づかない落ちないギリギリでもう少し降下した位置じゃないとまずい。風に流されてネゴーティウムに酉が落下してしまう可能性があるからだ。
幸い、酉は謎のヴァイオリンの曲に心を奪われたように正気ではない。
酉がネゴーティウムを襲わなかったのはおそらく人間がネゴーティウムの中で目視できなかったから。
人間が寝静まった静かな国だったから、酉は気づかなかったのだ。
ネゴーティウムに落ちてしまえば、エサ場だと気づいてしまう。
それだけは避けなければならないことである。
だが、その平穏な時間も終わりが訪れる。奇跡の時間は幕を下ろす。
どうやら1曲の演奏が終了したようだった。僕の耳にはあの微かなヴァイオリンの音色が聴こえてこない。
「グガッ……?」
酉は我に帰ったように不思議そうに視線を動かす。
すると、その時だった。
「放て!!!!」
酉に激突する砲弾。
酉は油断していたために、その砲弾への対策ができていなかったようだ。
「キシャュアァァァァァアーアー!?」
もろに砲弾をくらう。酉は敵意むき出しでその砲弾が飛んできた方向に視線を向けた。
僕も同じように何事か!?と視線を向ける。
すると、その場所は馬車の墓場道。
「いいか?
今、1人の外国人が我が国のために戦ってくれている。ああして命を捨てる覚悟で戦ってくれている。
我が国の出身である我らもそれに負けるわけにはいかない。
あの酉を殺さなければ、訪れてくださるお客様も商人にも安心して商売をしてもらえない。
───お客役もまともにできぬ獣には砲弾をぶちこめ!!」
ハルファスの指示により、砲撃隊が残りの砲弾をすべて使用してぶっぱなしてきたのである。




