21 ・馬車の墓場道へ+星空の再会
馬車は止まった。
何事かと馬車の中でトランプを遊んでいた僕たちが窓の外を見ると、そこは馬車の墓場道と呼ばれる付近であった。
馬車の墓場道に直接停めないのかという問いには、もしもその場所で何かあった場合馬車が壊されては帰るのが面倒になるという理由からである。
周囲は普通の荒野で、辺りに目立つものはなにもない。月明かりで周囲が見渡せるので松明などを使用しなくても視界は問題ない。
数百メートル先には馬車の墓場と呼ばれる忌み嫌われた土地がある。
そこには馬車の残骸が散らばっているのがこの距離から見ても分かる。
馬車から全員が下車し、彼らは声を出さないように小声で合図を行いながら、歩き出す。
「足音をたてないようにな?」
ハルファスに言われた通り馬車から降りた僕とキユリーは忍び足で歩く。
僕らの小隊が向かうのは馬車の墓場道。
アドニスの母親を刺激してしまわないように僕だけが先に向かうのである。
まぁ、簡単に言ってしまえば僕は囮役。それも言い出しっぺだから仕方がない。
「エリゴルさん……」
進んでいると、キユリーが僕の腕をギュッと掴んできて離さないようになってしまった。
いつもは余裕こいたキユリーが恐れている姿なんて初めてだ。この姿を写真に残したい……。
「大丈夫だ。きっとこの人数なんだから」
「そうだといいのですが。ちょっと……」
「なに?
どうしたの?
トイレ?」
「死ね……じゃなくて、なんかあの馬車の墓場道っていう場所嫌な感じがするんですよ」
「嫌な感じ……?」
「禁忌の森の時みたいな嫌な匂いが匂ってきます……」
そういえばキユリーも禁忌の森には入らなかったが側までは来ていたのを思い出す。
僕はこの匂いを感じるのは亥の時と戌の時とこれまでの酉の時なので、すっかり違和感も感じずに普通に十二死の匂いだな~なんて考えていたが。
キユリーはまだこの邪念の匂いには慣れていなかったようだ。
もしかしたら、キユリーとしてもあの出来事を思い出して不安なのだろう。
なので、僕はキユリーの身を案じた発言をかけてあげようとしたのだが、咄嗟だったもので少々煽りのようになったかもしれない。そんな気持ちは微塵もなかったのに……。
「そうだよなあんな場所に行くのは怖いよな。キユリーは馬車に戻ってもいいんだぞ?
ここからは戦場だからな」
「いえいえ、ここまで来たんですから。今さら引き返せません。エリゴルさんの嫌な匂いは我慢しましょう」
「待てキユリー。僕とあの場所からの匂い……どっちが嫌なのか聞かせてもらおうか」
「正直悩みますが。それは位置の近いエリゴルさんの方が匂いますよ」
そう言いながら鼻をつまみ、匂いを気にしてしゃべるキユリー。
正直ショックだった。お風呂に入ったのに匂うと言われたのは悲しい。
「そうか……せっかくお風呂に入ったのになぁ」
テンションが下がる。
先程から僕の鼻に匂っていたのは馬車の墓場道だけの匂いではなく僕の体臭も混ざっていたのか……。
「まぁまぁ、そう落ち込まないでくださいエリゴルさん。今度、良いシャンプーを買ってあげますから」
「奢ってくれるのか? ありがとうキユリー」
「お前ら……もう少し小声で話せ。バレたらどうする!!
それと我がルーラーハウスにあるシャンプーは超高級品だぞ!!」
ちょうど匂いの話題が終了したところで僕らはハルファスに小声で叱られてしまった。
馬車の墓場道に足を踏み入れる。
みんなが30メートルほど先で息を殺しながら僕を見守ってくれている。
「せめて見守ってくれているなら、手くらい振ってくれよ……」
正直、ここでのアドニスの母親との対面は何回目になるのだろう。
この作戦をアドニスの母親に勘づかれなければいいのだが……などと考えながら僕は歩く。
周囲には馬車の残骸。
それが木々のように僕の周りに落ちている。
僕はそれを踏まないようにしながら、中央付近へと向かう。
1人だ。他には誰もいない。
僕とアドニスの母親の2人きりでの対面なのである。
アドニスの母親には僕が1人であると思わせなければいけない。
周囲に仲間がいると思われてしまったら、アドニスの母親は酉を仲間の方へと向かわせるかもしれないからだ。
あくまでも僕1人が敵であると認識させて、敵の目を僕に集中させる。
そして合図を行った瞬間に仲間たちによる一斉攻撃だ。
などと改めて作戦を思い出しながらもふとアドニスの事を考えてしまう。
「でも、アドニスの母親はアドニスの現状を知らないんだよなぁ。息子を思う行為が息子を苦しめる事になるって……」
アドニスにかかった呪いは時間を戻しても侵食する。
それを知らないアドニスの母親は息子の延命を無駄だったとしても叶えようとしている。
息子の事を第一に考えている。
その息子への愛に同情してしまっていた自分がいたのも確かだ。
だが、フレンドちゃんの前で決心した事を揺らがせるつもりはない。
あのヴァイオリンを二度と聴けなくなるとしても、僕は酉を討ち取るのだ。
「…………」
馬車の残骸を抜けた。そこは馬車の墓場道の中心付近になっており、残骸がきれいに無くなっている。
そこで今までと同様に立っているアドニスの母親と再会した。
「なんで君はこんなところに来たの?」
数回目の同じ台詞だ。アドニスの母親からすればあのループ現象は全て記憶している。また、それが自分以外にいるということを彼女は知らないだろう。
アドニスの母親は今まで通り僕に話しかけてきたのである。
次は27日16時です




