3②・不運+逃走劇
ビギッビギビギ……!!!
「ブギャァァァァァァァァァァ!!!!」
僕たちのすぐ後ろで竹が怪物によって次々と折られていく。
そろそろ、竹林を抜けて森に入るはずだ。
そして、川や川瀬をくぐり抜ける一苦労が待っている。
はずだった。
いつまで経ってもいつまで走っても……。
竹林は永遠と続いていく。
方向は先程修正して来たルートと同じ道のりを走っているはずだ。距離としてはもう竹林なんてとっくの昔に脱出していたはずである。
それなのに、竹林に終わりが見えない。
迷子になったのか?
方角は正しいはずなのに、どこかで道を間違えたのだろうか。
「…………?」
方角としては正しい。
僕はまっすぐまっすぐと歩いてきたのだ。
木を大きく避けるような真似はしていないし、見覚えのある場所に出てもいい頃なのだが……。
「……どうなってるんだ?」
本当に正しい道を歩いているのか不安になる。不安だ。僕一人なら悩むことでもないかもしれない。だが、今は怪我人を運んでいる。
少女の命を危険な目に合わせる時間は少ない方がいい。
もちろん、追っ手はすぐそこまで迫ってきているから、足を止めるわけにはいかないけれど、やっぱり気になる。
少し、道をずらしてみようか?
そうすれば、怪物から隠れることができる岩場でも見つかるかもしれない。
そう考えていたのだが、その思考を読まれたかのように少女は僕の背中から僕を諭す。
「お兄さん。禁忌の森は森だけが動くの。騙されちゃダメだよ……。見た目は変わっても方角は絶対に急変しない。方角は方角……森は森。それを頭にいれておかなきゃ本当に遭難しちゃうよ?」
「おっ…………おう!!
いや、分かりました!!」
「返事はサーだよ……」
「サー、イエッサー!!!!」
少女の言う通りかもしれない。もちろん、返事が……という意味ではない。
余所者の僕よりも、土地勘というか禁忌の森の噂を身近で聞いている少女の方が理解しているはずだ。
ここは少女を信じてみる。このまま、方角を信じて走ってみる。
数分後。
本来はこんなに長い場所まで竹林が続いていなかったはずだが……。
ついに竹林にも終わりが見えた。
少女の言う通りだった。少女がいなければ僕はこの竹林を抜け出すことすらできなかっただろう。
いや、少女がここに来なければ救出に来なくてもすんだという指摘は無視している。
とにかく、少女の言う通りだった。
御神木のような大きな木が生えていた空間に、僕は再び戻ってこれたのである。
原っぱの中央にはしめ縄がかけられた大きな御神木。
禁忌の森に入って1時間近くの位置にようやくたどり着いたのだ。
「ふぅ……」
とりあえず一安心。
方角は正しかったのである。良かった。本当に良かったと思う。これで方向が違っていたらと思うと、足がすくんでしまいそうだったから。
あとはこのまま、まっすぐに走っていくだけである。
「どうやら、怪物は追ってきてないね。お兄さん」
「ああそうだな。はぁ………はぁ………」
クソッ、急にここまで来て疲れが見え始めた。
やっぱり、あの長い森の中を少女を背負って走るというのは体力的にもキツい。
それにしても、本当に疲れた。視界が急に揺らぎ始める。
今すぐにでも、暖かいベッドにジャンプしておやすみしたい。これが夢であると信じたい。
目を開けたら「おはよう」と1日が始まってほしい。卒業式の次の日として目覚めてほしい。
高校生として3年間を頑張ったんだ。これが夢落ちであったくらいのご褒美は欲しいものである。
だから、このまま立ち止まって抜け出すのをやめる。
────なんてことを僕が選ぶはずがなかった。
これが夢だとしても、いい目覚め方の方がいいだろう。
夢の中の少女でも救ってあげたい。困っている少女を見殺しにはできない。それにどうせなら、ハッピーエンドで目覚めたい。
少女の暗い顔を見ながら目覚めると言うのも後味が悪いからな。
「よし、行こう。もう少しだからな?」
そう言って自分を奮い立たせる。
一度立ち止まっていたせいか、体が重い。
脱水症状か? 筋肉痛か?
そういえば、今の数秒以外にまともな休憩をとっていない。数時間水分をとらずにぶっ続けで走っている。
だが、もう少しだ。
この御神木をあとにして走っていけば、いずれ森を抜けられる。
もう少し。頑張れ僕!!
諦めるな。もう少しだ。やりとげろ!!
前を見ろ。挫けるな。諦めるな!!
最後まで諦めるな!!
心の中で自分自身を応援する。エールを送る。
もともと、足が速いほうでも、運動神経がいいほうでもない。
そんな僕がこうして森を駆け回り、少女を救いだそうとしているんだ。
第三者から見れば気に入らないだろうが、我慢して欲しい。
呼吸を必死に整える。足を必死に前に出す。
一歩一歩走る。
このまま……このまま走っていくんだ。
「危ないお兄さん!?!?」
朦朧とした意識の中で走っていた。そんな中で少女の慌てた声が耳に聞こえてくる。
ああ、万全の態勢でちゃんと準備運動をしていなかったバチが当たったのかもしれない。
運動するときにはちゃんと準備体操をやっておくべきだった。小学校から教わってきたはずの事だった。ただ、化物に追われていた事、少女を急いで救出していた事のせいで出来ていなかった。そう言い訳させてもらう。
なので、起こった後だからこそ言わせてもらおう。
少女が焦っている表情で僕に声をかける前の事だった。
限界だった僕は躓いた。
フラフラと足下すらまともに見ていなかったから、気がつかなかったのだ。
御神木の根元に生えていた根っこに躓いてしまった。
そして、そのまま決められたように前向きに転ける。
その時だ。僕が少女を突き飛ばしたのは……。
このまま怪我をされるよりは原っぱに落ちた方がいいと少女を突き飛ばしたのだ。
僕よりも少女の身を案じたというわけだ。
そのまま、僕は倒れる。
当たり前だ。重力がある。地面に引っ張られる。突然、不思議な力で体が浮き上がるわけがない。
だから、それがいけなかった。
僕が転倒する直前に見たのは……。
地面から突き出ていた御神木の木の根っこの一部だったから。
さらに不運なことに、僕の片目に突き刺さるように木の根っこが飛び出ていたのである。
【本日の成果】
・左目が……