◆98◆
リゾートに着いた俺は、警察の許可を得たのでチェック・アウトするから、支払の精算をしてくれるようたのんだ。ついでに荷造りの手助けに、桃花を借りたいとも言った。
ここのリゾートの総支配人だという男が、俺が荷造りしている宿泊棟に出向いてくる。
「お連れ様が無事だったと聞きました。本当に幸いでございました」
その声にはあんまり誠意が感じられない。言葉とは裏腹に、うちには責任が無く、迷惑だけ感じてるって顔だ。そしてその言葉を聞いて、俺はイラッとする。
「ありがとう。いろいろ手間をかけて申し訳ない。その内にまた利用させて下さい」
「はい、ありがたいお言葉です。が……」
語尾が濁った。さっさと出て行って、二度と来るなってことか。そういう態度なら、俺にも言っておくことがある。
「今回のことは警察も出し抜かれたんだから、このリゾートの警備がどうのとか、俺も言うつもりは無かったんだ。ただねぇ、彼女が責任取らされて、やめさせられるという話を聞いて、気が咎めているんだ」
そう言って、鈴佳の荷物を大型のキャリーケースと宅配便の段ボールに仕分けている、コンシェルジュ、桃花の方を振り返る。総支配人の表情が硬くなる。
「それは……、人事の問題ですので……」
「いや、御社の人事に口を差し挟む気なんて、俺には無いよ。だけどねぇ、せめて彼女に悪い評判が立たないよう、円満退職という形にして欲しいね……、この話は彼女から聞いたんじゃない、宮古島警察署の婦警さんからだからね」
桃花はまだ、直接伝えられてはいない。しかし彼女も職場の気配は察している。だが、どうせ俺の所に再就職する約束だ。それほど困ってはいないだろう。
社内人事と俺には言いながら、犯罪に直接関わらないはずのその情報を漏らしたとなれば、総支配人も責任を問われるだろうという、こいつに対する脅しだ。相手が警察だと言っても、いやそれだからこそ、許されることではない。
「後で相談して善処させて頂きます」
この場を誤魔化して、やり過ごそうという気配が伝わってくる。俺には二度と来て欲しくないから、問い合わせが来ても断るつもりか。なら俺も、容赦する必要は無いな。
「取り消しをする気は無さそうだね。彼女がこの職場に勤め続けるのは難しそうだ」
ちょっと首を捻って唸って見せる。
「じゃあ、俺としては、円満退職の形にして、当然十分な退職金が支払われることを、強く希望します。彼女はこの島の出身だと言うじゃないか。悪い評判が立つのは気の毒だ。勤務評価も適正にして欲しい」と、ここで桃花の方を見て、「今決めたんだけど、彼女にうちの系列の会社を紹介するつもりだ。そこの人事に悪い評価が行くと、俺の面子が丸潰れだからね。当然、こっちにも勤務状況や退職理由の問い合わせが来ると思う」
総支配人の顔が引き攣っている。おい、客商売だろう。腹の中で何と考えていようと、それを客に見抜かれた時点で負けてるぞ。追い打ちを掛けてやる。
「今思い出したんだけど、鈴佳が誘拐された時の、ビーチにいたお宅のライフ・ガードの対応って、外部から見たらどう受け取られるかな? それに外国人の客が誘拐犯の共犯者だったとも聞いたけど、その辺のチェックしてるの? そもそも誘拐事件が無かったら、俺もこんな酷い目に遭わずに済んだはずだよね」
一々確かめるように言うと、クレーマーには慣れているはずの男が動揺していた。今回のような派手な誘拐事件が公になれば、全国区の騒ぎになるからな。マスコミに取り上げられていないのは不可解な事だろうが、正直ホッとしていたはずだ。
このリゾートを経営しているのは全国チェーンのリゾート・グループのはずだが、事後処理の指示は出ていないのだろうか? いや、ひょっとして総支配人が報告をしていない?
責任転嫁かと思っていたが、桃花の首を斬りたい理由はそれかも知れない。都合の悪い情報を漏らしそうな従業員への見せしめだ。今回失点を重ねた地元警察と結託している可能性さえある。
「俺と鈴佳は被害者のはずなんだけど、リゾート側としては迷惑な相手で、二度と来て欲しくないと思ってるようだね。それで何でか知らんけど、全ての責任をこの謝花さんに被せてしまおうとしてるとしか、見えない。御社の内部はそれで済むかもしれない。でも、こういう内状を世間が知ったら、どう評価されるかな?」
「と、とんでもない誤解でございます。岡田様」
「じゃあ、俺の希望をしっかり聞き届けてくれると期待していいよね。俺としては客を厄介者扱いするようなリゾートの定款に、ホスピタリティがどうとか書いては欲しくないから」
「はい、承知いたしました。そのようにさせて頂きますので、今後ともよろしくお願いいたします」
俺に対し「横車を押しやがって」と思っていることが、汗を浮かべた総支配人の顔には書いてある。俺としては、さっき宿泊棟にやって来た時の、こいつの「やっと厄介払いか」という表情から、気に食わなかったんだ。
「お連れさまが無事で」だと! 心にも無いことを言いやがって! 全然無事なんかじゃあないんだ!
八つ当たりというか、ちょっとした腹いせだ。えっ、人間が小さい? そうだよ、俺は了見が狭いんだ。どうしても最後の「今後とも」の言葉を言わせないではおさまらなかった。二度と来る気は無いけど。
「終わりました、岡田様。箱詰めした方は、こちらから発送なさいますか?」
荷造りが終わったようだ。さっきから総支配人と揉めているのは桃花も聞いている。
「全部タクシーに乗せてくれ。最後まで迷惑掛けるね。君もここには居づらくなっているようだし、この人に、君が円満退職できて、ちゃんと相応しい額の退職金を貰えるよう念を押したから。で、今決めたことだけど、ここを辞めたら、東京に来て俺の紹介する所に就職しなさい。社宅もあるし、福利厚生もしっかりした会社だ。何か不都合があったら弁護士に対応させるから俺に連絡してくれ」
「あのう、もったいないお話ですが、私なんかに勤まるでしょうか?」
桃花はとっくに約束ができていることなど、おくびにも出さない。失職後の不安を抱いている時に掛けられた言葉にすがる、そんな表情だ。毎回思うけど、役者やのう。
総支配人の奴は、「どうせたいした仕事などさせず、愛人にでもするつもりだろう、長続きするものか」という、見下し顔だ。
「俺の人を見る目を侮らないでくれ。君が英語もフランス語も勉強して、スキルを磨こうとしているのも知っているし、コンシェルジュとして、今回の事件で俺をサポートしてくれた手際は見事だった。君の知的能力と行動力があれば、どんな職場でも通用するさ。年収も現在の三倍以上を保証する」
「はい、ありがとうございます」
桃花が俺に頭を下げるのを、総支配人の奴、口をポカンと開けて見てた。お前の目は節穴だと言われているのに、まだ気付かないようである。
その後桃花が同僚を手伝いに呼んで、カートでタクシー乗り場まで荷物を運んだ。俺は万札をひと掴み桃花に渡し、チップとして分配するようたのんだ。泥臭いが、こういう時のお見送りには、景気よくご祝儀だ。
「じゃあ、退職したら連絡待ってる」
そう言ってタクシーに、病院近くのホテルを行き先として告げる。桃花とその同僚たちが並んで深々と頭を下げた。
ウー・シェーレンが使っていたボディ・ガードやマフィアの連中を改造して、俺の兵士にすることを考えていた。人格改造し、肉体を多少強化した人間を、「消耗品」として使うつもりだったのだ。
人間型ガード・ボットに対するどん亀の初期要求は無駄に高水準で、強襲ヘリ並の戦闘力と頑丈さと機動力、そして街中で行動しても不審を抱かれないだけの「人間らしさ」を兼備している必要があった。
これが実現できるとしても、設計段階から考えたトータルでの調達費用がとんでもないことになるのは、明白である。
そこで俺は実物の人間を材料とし、戦闘力を控えめの水準に抑えることで、廉価に兵士を手に入れようと考えたのだ。
ところが鈴佳が撃たれた途端、俺は冷静さを失い、改造すべき素材を貨物船ごと沈めてしまった。それを言えば、ウー・シェーレンだって俺は利用して、中華系の勢力を支配する手がかりにするつもりだったはずだ。
あいつの父親であるウー・リンミンはもう七十二歳だが、まだ総帥としてウーラム・グループを統率している。俺が生き残っているのが明らかになり、あの貨物船が行方不明になったことを確認すれば、俺を息子の仇認定することを、ためらったりしないだろう。
最後にSASFだが、世界中で企業活動を行い、治安の悪い国を訪れた幹部が襲撃されたり誘拐されたりした事例を複数抱えていた。打ち出されている方針は、“妥協しない”だと言う。どっちにしろ俺にしてみれば、こちらに暴力を含む敵対行動を先にとったのはSASFの方なのだが、むこうがそれを認めて引き下がるとは思えない。
好き好んで厄介な奴らを敵に廻した俺を、愚かと非難することは容易い。だが元々、俺という存在を見くびって、不当なやり方で俺のものを取り上げようとし、俺や俺の身内に危害を加えてきたのは相手の方だ。奴らに容赦をしてやる気など微塵も無かった。
ただ前にもどん亀に言ったように、今後は国家を相手に戦うことも想定する必要がある。その時「戦力不足」で今回のような羽目になりたくはない。どん亀の言う「備エ有レバ、患イ無シ」である。
どん亀に相談することにした。
「まず身辺警護のために人間型のガード・ボットを作ってくれ。骨格その他は高機能素材で組み立て、外装は培養した生体素材で包む。機能が失われ、調べられそうになった場合は完全に自壊するようにできるか?」
これが実現可能であることは、亀甲博士の実例があるから疑いの余地が無い。ただ問題は、調達費用とガード・ボットとしてどれだけの性能が期待できるかだ。
「ますたーノ意図ハ理解デキマシタ。製作ハ可能デスガ、カナリ低すぺっくナ製品ニナリマス」
「低スペックって、どの程度なんだ?」
「近距離カラ大口径ノ重機関銃ニヨル直接射撃ヲ受ケタ場合、撃破サレマス。飛行能力ハ付加デキマセン」
えっ、飛行能力? 何それ! 例のあの人か? 「空を見ろ!」なのか?
どん亀と俺との意識の違いは大きいようだ。俺にはトンデモとしか思えない仕様を削っていく。それでもかなり凄い性能になった。
小銃弾で撃たれても平気で行動できる。パワーは最大五十馬力程度だが、自重が百キロ程度と軽いので時速九十キロメートル以上で走り廻れる。
呼吸は必要無く、水中でも行動できる。呼吸しないとなると、逆にそこから人間でないことがバレる可能性があるかも……。
「あれ、ということは、喋れないじゃないか」
「吸ッタ空気ヲ吐キ出ス機能ハ偽装ノタメニ必要デスネ、ツイデニ発声デキルヨウニシマス」
ただし酸素は消費せず、二酸化炭素も出さない。それって環境に優しい? いや単なる上級忍者だろう。
表情や話し方は設計時のリソース配分の関係から、どうしてもぎこちないものになるらしい。その辺はサングラスを掛けさせ、表情を消して誤魔化そう。
タフなのは普段からボディ・アーマーを仕込んだスーツを着せておくことで説明する。射撃や格闘の技能も与えよう。だいたい、ピーク・パワーでも五十馬力あれば、人間どころか熊だって腕力で圧倒できるはずだ。
「ぱわー・ゆにっとハ六ヶ月ゴトニ交換ガ必要デス。同時ニ定期点検モ実施シマス」
設計されたボットが、ヴァーチャル空間であっという間に形作られる。これを叩き台に更に手直しし、リアルで製品を組み立てるのだ。
生体組織による偽装を付加している点では、家のドーベルマン・ボットたちと同じだ。あいつらは低機能ながら個別のAIによって動いている。だから数ヶ月経ったら、個性の違いが生まれてきた。常時ネットワークに判断を委ね、記憶も共有している他のボットとはひと味違う存在なのだ。
ガード・ボットも小容量の個別記憶を持つので、将来的にはドーベルマンたちに近くなるかも知れない。それに何と言っても、こいつらは喋ることができるしね。単体でも多少の学習機能があった。
ただし起動した直後には、他のボットたちと同じようにネットワークAIによって判断や行動をする。そのため最適化された動きは、複数体で一緒に行動すると、奇妙に揃った動作だと感じられた。そう指摘したらカモフラージュのため、多重乱数を利用して動作にバラツキを与えるそうだ。
初期ロット六人のガード・ボットは、トライデントの伝手で米国で募集されて訓練を受け、派遣されて来たというカバー・ストーリーが与えられている。コード・ネームはアラン、ボブ、チャック、デイブ、エド、フレディだ。人種の坩堝である合衆国出身者らしく、肌の色や体型などにも差をつけてあった。
何でボットに名前を付けたかって? だってこいつら喋れるんだぞ。外見もエージェント・スミスと違って、様々だしな。俺もボッチ卒業だ。おいこら、そんな目で俺を見るな!
こいつらは取りあえず、俺の家の警備に当たらせる。鈴佳が回復したら、家に戻ってそこでリハビリに専念することは、根回しが終わって各方面の了承を受けていた。公安の方から身辺警護を付けると申し出があったが、すでに準備済みだと断った。
トライデント社と六角産業の提携が日米の政府には伝えられていた。資本や会社の規模ではトライデント側が圧倒的だが、抱えている技術資産では六角産業が優位である。
この点を考慮して、両者の関係や契約事項について日米が共同して保護の対象とすることが、両国の間で合意された。要するに、一種の抱え込みだろう。




