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◆97◆

 俺は保良(ぼら)海岸にあるアクティビティー施設に、ぐったりした鈴佳の身体を背負って行き、助けを求めた。営業時間前だったが、対応してくれた職員が救急車を呼び、俺も同乗して下里にある県立病院まで搬送される。


 病院には直ぐに警察もやって来た。何しろ、俺がリゾートの宿泊棟から姿を消してからでも二十四時間以上経っている。途中で宮古島警察も公開捜査に踏み切ろうとしようとした。だがそこに、本土の警察庁から待ったが掛かったのである。


 派遣されてきた長官官房理事官の説明によると、外事がらみで国益に関わる問題だと言うのだ。沖縄は歴史的経過から、本土中央に対する反感を抱えている土地柄である。これに対して現場の反発は大きかった。


 しかし、俺の宿泊棟に詰めていた三人の警察官が前後不覚の状態に成り、その間に俺が行方不明になったという失態の責任をどうするのかと指摘され、その時は口を(つぐ)まざるを得なかったのである。


 そこへ俺が意識不明の鈴佳と共に姿を現したのだから、地元警察が飛んでくるのも無理はない。


 直ぐに俺を拘束して、事情聴取という名の取り調べを始めようとした宮古警察の連中に対し、俺は被害者であり鈴佳の側に付いていたいと抵抗した。その間に警察庁の理事官に率いられた公安が到着し、彼らから俺の身柄を引き剥がしてくれた。


 こういう動きをもたらしたのは、警察庁や中央省庁へのどん亀の働きかけである。公安が那覇空港から海外へ出ようとした中国籍の男を、旅券偽造の嫌疑で逮捕できたのも、どん亀からの情報提供のお陰であった。宮古島から逃亡した共犯者を押さえられ、更なる捜査のためだと言われれば、何の実績もあげていない地元側は引き下がるしかない。


 世間一般には知らされない水面下で、国外の勢力に浸食された国内企業への防諜活動(カウンター)が動き出した。検察は偽名でリゾートに宿泊し、誘拐犯を手引きしたこの男を、GNペイントと関連づけ、この会社の闇の部分に踏み込もうとしていた。


 一月六日に始まったあの捜査は、国内法に反して外国に科学技術情報を漏らす企業をターゲットにした、見せしめの様相を呈していた。いわゆる一罰百戒の効果を狙っているのであろう。



「それで、奴らが身代金として君に要求してきたのは何だね?」


 個室病棟のベッドで、鈴佳はまだ昏睡状態のままであった。頭の中のマイクロ・マシーンを通じどん亀が常にモニターしているから、肉体的には心配ないと知ってはいる。ただ鈴佳の記憶野に蓄積されていた長期記憶は転送時に消去され、赤ん坊の脳並に真っさらになっていた。


「何って、それは……言えませんね。金じゃあありませんでしたが……」


 理事官だという男は、三十代後半からせいぜい四十代前半だろう。グレーのスーツに青と黄のレジメンタル・タイを締めている。チラッチラッとベッドの脇に置かれたバイタル・モニタを見ながら答える俺にも、寛容そうな表情で接していた。


「君と言うより、六角産業の企業秘密じゃあないのかね?」


「もうそんなこと……相手の正体も分かっているんですか?」


 驚いたという表情を見せてやると、もっともらしく頷き返してきた。


「まあ、だいたいはね」


「あいつらは言いませんでしたし、俺もあえて聞きませんでした。ただ、日本語が分からないように見えた白人二人の話していたのは、ドイツ語みたいでした」


「本当かね?」


「はあ、大学で第二外語がドイツ語だったので……意味は分かりませんでしたが、間違いないと思います」


「なるほど、あと分かったことは?」


 相変わらず穏やかな声で尋ねるが、情報を引き出すプロと言うやつなのだろうな、この男。第二外語をちゃんとマスターしていない俺を、馬鹿にする様子も無い。俺も相手の誘導に乗って情報を漏らしてしまっている……ように見せかけている。


「他の人間は、喋っていた言葉から、多分中国系ですね。これも意味が分かったわけではありませんが、中国語と韓国語の区別ぐらいなら、何となく分かりますから」


「日本人は?」


「俺の見た限りではいません。俺と交渉に当たった相手は、流暢な日本語を話してました。でも日本人ではないと思います」


「で、渡したのかね、情報?」


「俺は営業サイドで、技術者じゃあないので、元々無理な話ですよ、それは。俺が言われたのは、経営権を譲り渡せということです」


「私を信用して、本当のことを言って欲しいんだがね。君が、経営権を持ってるのか?」


「嘘は言ってません。ただ会社の権利については、俺が持っているのは四割だけですけど」


 理事官だという相手はちょっと眉を上げ、膝の上のメモパッドに何か書き加えた。


「君も彼女も無事だと言うことは、相手の要求を呑んでサインしたんだろう?」


「いえいえ、サインした途端、俺も彼女も始末されてますよ。それぐらい俺にも分かってました」


「ほお、それじゃあどうやって?」


 改めてという風に、俺の顔に視線を向ける。


「それがですね、奴らの所へ俺が引っ張って行かれて話してる最中に、突然内輪もめが始まったようなんですよ」


「内輪もめ?」


「ええ、貨物船の後ろの甲板にいたんですが、上の方から銃の音みたいなのが聞こえまして……」


「銃の音なんて、君分かるのか?」と、理事官は疑わしげな表情になった。


「いや、ダンとかタンとかそういう音だったんですが、途端に連中が慌て出しましたんで、そう思いました」


「うーん、それで?」


 メモ取っているけど、ICレコーダーも使うって俺に断り、側に置いている。どっちかがバックアップ? いや、それぞれ目的が違うんだろうな。どこまで報告が上がるのか?


「ほとんどの奴らが、何か起こったらしい騒動の方へ行ってしまいました。残った見張りは一人だけでしたが、銃を持っていたんです」


「はー、そいつを君がやっつけたという訳か」


「いや、そんなことしません。相手は銃を持っていたんですよ!」


「じゃあ、どうして?」


 この男の尋問は一見ぬるそうだが、どこまでも手を緩めずに聞いてくる。


「どう考えても用済みになったら殺されるだろうと思って覚悟を決めていました」


「?」


 黙って続きを待っている。威圧はしない。それでも答えさせる。上手いもんだ。


「見張りが一人になった時点で島の灯りが見えたんです」


「おい、まさか」


「ええ、隙を見て鈴佳と一緒に海に飛び込みました」


「無茶なことを」


 感心していいのか呆れるべきか迷ってるって見えるが、演技だな。


「後で考えるとそうですが、どうせ殺されるなら、奴らの欲しがっているものは絶対渡すものかという気持ちもありましたし……」


「よく生きてたな、君」


「意外と高さがあって、落ちたショックでこいつの意識が無くなっていました。死んでしまったんじゃないかと、気が気じゃあありませんでした。ただ、飛び込む時に、甲板に置いてあった浮子(うき)のような物を引っ掴んでいたので、それに付いていたロープを身体に巻き付けてやって、離れないように俺にも縛って……」


浮子(うき)?」


「はい、固いバスケットボールくらいの(たま)です。漁師さんが使うような」


咄嗟とっさによくそんなのを……いや、飛び込んだということ自体が信じられん」


「嘘じゃありません」


「いや、よく決断できたという意味だよ」


 (なだ)めるように言う。この人、理事官って言ったけど、どの程度偉いんだろう?


「はあ、一か八かと思いました」


「ふーん、そんな風には見えないけどねぇ。いやあ、凄いねぇ。……ところで、君が拉致された状況ってどうだったんだ?」


 絶妙な間を取って、そっちへ飛ぶかよ。するっと答えてしまいそうだ。俺の反応も見られてるんだろうな。


「えーと、シャワーを浴びて戻ってみると、婦警さんたち三人が倒れてまして、気が付くと、目出し帽で顔を隠した、黒い服の男たちに銃を突き付けられていました」


「それも凄いな。それでゴルフコースに連れて行かれる間中、誰にも気付かれなかったと」


「ええ、真夜中過ぎてましたし、三人の男に囲まれて声も出せませんでした」


「そいつらは君の彼女を掠った奴らと同じく、プロだな。同一犯かもしれん。それで迎えに来たヘリに乗せられた訳か」


「はあ、ヘリコプターに乗ったのは生まれて初めてです」


「拉致されたのは初めてじゃあないのか?」


 苦笑いをしながら、揶揄(やゆ)するようにそう言われた。そして続ける。


「まあ、燃え尽きたトーチとか遺留物もあったし、着陸痕からヘリだと分かっていたけどね。証拠もあるから、その部分は信用しているよ」


「じゃあ、どこを疑っているんですか?」


 反発するように詰め寄って見せた。相手に悟らせずに会話の中で上手を取る、頭脳と頭脳の勝負みたいなものだ。


「君がいなくなってから姿を現すまで、ほぼ一日かそれ以上あるんだ。その間ずっと海に浮かんでたというのがね……いくら沖縄でも、一月の海は……」


「ああ、そのことですか。実は救急車を呼んでもらった場所の近くに、海から入れる洞窟があります。最初にそこに流れ着きまして、中の岩場に這い上がった後、気を失っていました。どの位の時間かは分かりません。目が覚めた後も、気力を奮い起こして鈴佳をもう一度海に入れて、別の場所から陸に上がるまで、かなり時間が掛かりました」


 それを聞いて相手は、呆れたように息を吐く。


「はーっ、よく死ななかったなあ」


「はい、俺もそう思います」


「あ、いや、鈴佳さんがこんな状態なのに、失礼なことを言った。申し訳ない」


「いや、大丈夫です」


 俺の話は嘘の塊、全くの作り話で、相手が心底謝っているようなので、俺は少し気が咎めた。でも、こいつも演技かも知れない。つまり、信じてる()()だな。狐と狸の化かし合いか。


 その後俺は、鈴佳が意識を取り戻したら、本土の病院に移りたいという希望を伝えた。


 この理事官はキャリア組で警視正というかなりのお偉いさんだったらしい。どこかへスマホで連絡を取った後、どう見ても歳上の部下にテキパキ指示を出し、俺の希望が通るよう手配してくれた。


 その代わり東京の病院に入院させた後、捜査には協力すると約束させられる。どうも六角産業の製品やその情報を保護することを最優先とするよう、上から指示を受けているらしい。その次が、国外に技術情報を漏洩させる企業の摘発のようである。


 俺は鈴佳のガードを彼らに任せ、一度リゾートに帰って荷物をまとめることにした。


 警察庁から派遣されてきたキャリアの身分を、「参事官」から「理事官」に変更しました。

(警察庁の参事官は警視長級の役職です、警視庁では警視正級上位となるようです)2020.10.31. 

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