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◆95◆

 チラリと振り返れば、武器を持った黒服の男たちに囲まれガードされたウーが、ニヤついた顔でこちらを眺めていた。


 男たちの構えているのはどれも拳銃の類で、小銃やショットガンなどは無かった。


 それでも素手である俺がウーを傷つける可能性など無い、そう考えているらしく余裕の表情だ。


 鈴佳は水着の上にTシャツを羽織っているだけで、デリックのワイヤーロープに腕を吊られている。位置が高いせいで自分ではそれを外せず、辛うじて足が甲板に着いているだけだ。何とも猟奇的な光景である。


 薄笑いを浮かべてそれを見ているのが優奈。前の職場を辞める時思い知ったが、こいつの弱い者に対する嗜虐趣味は、生来のものだろう。


 どん亀によると例のスーパーヨットでは、安西所長と優奈は割り当てられた船室のダブルベッドで同衾していたそうだ。同じ穴の(むじな)、いや(つがい)(たぬき)だな。優奈の奴、夫の光一がどうなったか不明なのに、もう我慢できなくなったわけだ。


 SASFの二人は、興味津々の表情で俺の方を見ている。こういう時の中華系の発想の意味は日本人にも理解できないから、この二人にはより一層分からないことだろう。しかしここにいるだけで同罪である。


 リュウというオッサンは俺をにらみながら細かいステップを踏み始めた。両の手で、俺には無駄に思える妙なパターンを描き出す。こいつ本当にカンフー・マンなのか?


 眠くなりそうだったので、どん亀プログラムに従って意識を切り替えた。すると俺の方が、()()()()()()()()()()()()()


 ゆっくりと右腕を相手に向かって伸ばし、掌を上に向けて指をそろえ、手前にクイックイッと二度曲げる。挑発を受けてオッサンの鼻孔が大きくなった。


 急に(かん)高い気合いを放ったリュウのオッサンが、直線的な蹴りを放ってくる。だがさっきも言った通り、()()()()()()()()()()


 俺にとってはゆっくりとしたテンポで伸びてくる前足を避け、相手の懐に入り込む。その位置からオッサンの軸足を蹴った。そして相手の足元が完全に崩れる前に、胸と胸が触れ合う寸前まで接近し、両掌を合わせて鳩尾(みぞおち)の上に当て、自分の両足を踏みしめた力を前方へと解き放つ。


 ドンと足元で音がした。オッサンの身体が俺の前から吹っ飛び、船尾の舷艢(げんしょう)を越えて海へと落ちていった。


 ちょっと間があり、バシャーンというような、しかし小さな水音が聞こえる。


 さらに又、間があった。


 おい、最後のはどうなっているんだ? 映画のワイヤー・アクションか? どう考えても物理法則に反する(おかしい)だろう。


「リュウ!」


 我に返って最初に声を上げたのはウーだった。黒服の男たちの一人が、舷艢に走り寄り下の海を見渡す。振り返って首を振る。


見当たりません(ウゥチャ・ブダァ)老板(ボス)


「おのれ! 何をした、岡田!」


 先ほどのジェントルマン然とした佇まいは見る影も無く、口角から泡が飛んだ。


「見ての通りさ」


 そう言って一歩前へ出る。ウーは慌てて側の男から拳銃をひったくり、鈴佳の顎の下に突き付ける。


「動くな! この女がどうなっても良いのか!」


「撃ってどうするんだ?」


「な、何!」


 あーあ、狼狽(うろた)えて無様に目を剥いているよ。


「鈴佳を撃った途端、お前はお終いだ。人質になる鈴佳を撃ってしまったら、お前の手駒は無くなる。それに気付いていないのか?」


「お前、この女に惚れてるんじゃ……。むっ、お前たち、岡田を撃て! 今直ぐ撃て!」


 最後は絶叫するようなその命令に、その場の全ての銃口が、一斉に俺の方に向けられた。安全装置が外され,引き金に指が掛かる。


 ターン、タターン。複数の銃声が、辺りに響いた。


 甲板には血飛沫(ちしぶき)と、転がる数丁の拳銃。


「アウッ」「アイゴー」「ガッ」


 いくつもの悲鳴が上がり、拳銃を構えていた男たち全てが、利き手を血塗れにし、膝や太腿から血を流して、甲板上に倒れ伏していた。勿論、ウーもだ。その顔が、苦痛と恐怖に歪んでいる。


 上空に配置された甲虫ボットたちが、一斉に自爆攻撃を敢行したのだ。


 飛翔する甲虫ボットは僅か数グラムの質量しかない。しかし持っているエネルギーを全解放して、拳銃を持っていた手と身体を支える下肢に亜音速で衝突した場合、弾丸を撃ち込まれたと同様な効果をもたらす。


 引き金を引こうとした瞬間その手に甲虫ボットによる攻撃を受け、拳銃を暴発させた者もいた。幸いなことにその弾丸は明後日の方に発射され、俺にも鈴佳にも当たることはなかった。


『 冻结! 您是狙击手的目标! 伸出双手,当场躺下!』

動くな(リーズ)! お前たちは(ヤラ)狙撃手(タゲット)に狙われている(バイナイパァズ)両手を広げて(テンジャハンズ)その場にうつ(ライダン・オン)伏せになれ(ナスパッタ)!』*


 俺は最初は華語で、次には英語で叫んだ。数人がキョロキョロと辺りを見廻したが、近くに転がっていた拳銃に手を伸ばそうとした一人が指を撃ち飛ばされると、ワラワラと膝を付き、甲板上に身体を投げ出した。


 俺はそいつらの間を抜け、ワイヤーで吊されている鈴佳の所へ歩いて行く。


「鈴佳、大丈夫か?」


 鈴佳の身体を持ち上げてフックから外し、両手を縛ったロープを解く。


「怖い思いをさせて、すまない」


 そう言った俺に、鈴佳が何か応えようとした、その時だった。

 ブルース・リーのワン・インチ・パンチは本物かこけおどしの偽物かの論争がネットのどっかにありました。そう言えば『拳児』にも登場しましたね。本作はあくまでフィクションですので、現実にどうかではなく、面白いかどうかを採用基準としております。


*) 早口の華語については、野乃には全く聞き取れません。英語の方は多分、

“Freeze! You are targeted by snipers! Extend your hands , lie down on the spot.”

だと思います。

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