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◆93◆



 誘拐犯から身代金要求の電話があるかもしれないという理由で、宮古警察署の署員だという三人が、この宿泊棟にずっといる。正直俺にとっては邪魔である。


 その三人のうち一人は、あのおばちゃん婦警であった。余計邪魔である。


 何の根拠も無いはずだが、この犯行に俺が関係していると、このおばちゃんが疑っているらしく、何かというと俺を犯人扱いしようとする。


 犯人からの連絡などというものは、夜になっても当然来なかった。夕食を取るためリゾート内のレストランに行こうとすると、出歩かないように制止された。被害者の家族は食事も自由に食べられないのかと言っても、「ご協力下さい」の一点張りだ。


 仕方なく仕出し(ケイタリング)をたのんだ。フレンチのディナーで、元々朝食と夕食の分は、宿泊料金に含まれている。


「お巡りさんたちの分も一緒にどうです? 俺が支払いますから」と尋ねた。


 でも料金表を見て首を振られた。何でも食事を奢って貰うのは禁止されているらしい。捜査等の流れによって「茶菓程度は現場の判断」に委ねられているとのことである。道理でおばちゃん婦警、アフタヌーン・ティーのケーキやサンドイッチを、バカスカ食っていた訳だ。


 真夜中を過ぎると、詰めている三人の警察官たちにも疲労の色が見え始める。俺は彼らに仮眠を取りたいと断った。


 おばちゃんが「薄情な人だ」とか言いかけたが、「あんたたちは交代する同僚がいるだろうが、俺にはそんなものは無い」と言ったら、さすがに拒否することはしなかった。


 「先にシャワーを浴びる」と言って、タオルを持ってバス・ルームに入り、ドアを閉める。おばちゃん婦警とあと二人はソファに座り、リビングのテーブルに置かれたスマホを、黙ってにらんでいるだけだ。


 シャワーの栓を廻してお湯を出す。頭を洗い身体に塗った石鹸を流してから、タオルの中から自分のスマホを取りだした。シャワーのお湯を出したまま、桃花がメモして寄越した番号に掛ける。数回のコールで相手が出た。待ち構えていたのだろう。


「岡田だ。側には誰もいない」


「そこは……シャワールームか。よくスマホを持って入れたな」


 多分中年過ぎの、野太い男の声だ。こいつが桃花の言ったもう一人の男だろうか?


警察(あいつら)の前には鈴佳のスマホを置いてきた。テーブルの上のそいつと、にらめっこしているよ」


「ふん。手短に言う。女が大事なら、そっちの会社の権利をよこせ」


 (かさ)にかかった物言いだ。他人を脅し慣れているんだろう。この前の名無しよりは、貫目がありそうである。


「そんな話は、鈴佳の無事を確認してからだ」


「ふん」もう一度鼻で笑いやがった。「そんなことが言える立場だと思っているのか!」


「ウーラムとSASFがつるんでることまでは、トライデントも知ってる」


「ほお」


 何だそんなことかと、馬鹿にした声だ。分かってないのはお前だよ。


「利益配分が欲しかったら、ビクビクしていないで鼠の穴から出てくるんだな」


「女の指と耳を届けてやろうか?」


 この前の名無しと同類か。言い返されると苛ついて我慢できない。暴力と脅しを生業(なりわい)とする、裏稼業の人間らしいな。だが物言いの飛躍の仕方に異質さを感じる。


 今回は白昼堂々の誘拐という派手な犯罪だ。日本の地回りなら、もっと世間を気にする。やはり何かあれば直ぐ他国に高飛びできる、海外ルーツの奴らだろう。


「俺と敵対する気ならそうしろ。その場合は米国(ステイツ)と組んでお前たちを潰す」


「もうトライデントと組んでいるじゃあないか」


 ほとんど訛りの無い日本語で、これだけ流暢なら、この国と長く関わっているに違いない。日本のどこかに住んでいるのかも知れない。しかし根っこ(ルーツ)が違う場合、こちらが同じことを言っても反応が異なる。


「勘違いするな。俺の言っている相手は、ポトマック河の岸に建っている白いお家(レジデンス)に四年契約で入居している奴のことだよ。俺の機嫌を損ねて面倒なことになったら、お前の上はお前を許すかな?」


 次の言葉が聞こえるまで、少し間があった。どうやら当たりだ。


「なかなか弁が立つな。その度胸が本物か試してやろう。三十分後に迎えをやるから、船まで来い。遅れるなよ」


 それから男は落ち合う場所を告げて、通話を切った。俺はそれを聞きながら、タオルで頭をゴシゴシ拭く。


 リビングの様子を伺うと、おばちゃんと同僚の警察官たちは船を漕ぎ始めていた。どうせ役に立たないのだから邪魔にならないよう、昆虫型ボットを使って催眠ガスを嗅がせたのだ。


 俺はマークの無い紺のポロシャツと深緑のコットン・パンツの上に、ベージュの麻ジャケットを羽織り、スニーカーを履いた。外に出て、足早にランデブーの場所へと向かう。


 リゾートの東端に位置するゴルフコースで、案内の男が待っていた。導かれて四番ホールのグリーンまで、小走りに移動する。


 野原岳に空自のレーダーサイトがあるからヘリは無理だろうと考えていたのに、指定されたゴルフ場の一画にやって来たのは、『蜂鳥(コリプリ)』の愛称で呼ばれるエアバス・ヘリコプターズのH一二〇だった。


 島の南側から超低空で接近してきたヘリは、点火され眩しく燃え上がる信号用のトーチで囲まれた、平坦で広いグリーンの中央に着陸し、その高麗芝に深くえぐれた傷を刻んだ。パイロットの他に、もう二人のごつい男が乗っている。


 黒い戦闘服を着たその二人の内一人が、着陸直後に扉を開けて飛び降り、俺に向かって走ってきた。トーチの明かりに、サプレッサーを装着したイングラムM一〇をかかげた姿が浮かび上がる。


「岡田か?」


 ヘリのローターとエンジンの音の中で、叫んだのが聞こえた。


「そうだ!」


 俺はヒュンヒュンいう風切り音に負けないように大声で叫び返す。


「早く乗れ!」


 男は辺りを警戒しながらも、俺をヘリに押し込み、もう一人の黒服と二人で俺に武器を突き付ける。そんな物出さなくても、飛んでいるヘリの中で暴れたりしないさ。


 パイロットはヘリを離陸させ、南方の海に向かって低空飛行を始めた。相当操縦に神経をすり減らしているようで、計器板の灯りに照らし出される表情も固く、前屈みで操縦桿を操作している。ヘリの中にはゴルフコースで俺を出迎えた男もいるので、機内の座席は満杯だ。


 三十分ほど飛ぶと、夜に染まった前方の海に、赤と青のマーカー・ライトの煌めきが見えた。


 接近するに従って、淡い夜空の薄明かりに浮かび上がってきた船は、俺の期待と違ってあのスーパー・ヨット、()()()()()()()()()()()()()()()


 それは全長百五十メートル以上あるだろうばら積み貨物船(バルク・キャリアー)であった。船の甲板には、五つの巨大なハッチと四基のクレーンが縦に並んでいる。


 その一番船首側の、正方形のハッチ・カバーを囲んで設置された照明施設が突然点灯し、ヘリの着陸位置を示す大きなサークルと矢印マークを照らし出した。海上を飛行する内にいつの間にか高度を上げたヘリが、そのマークに向かって降下していく。


「あのハッチ、このヘリが着陸しても大丈夫なだけの強度があるんだろうな?」


心配するな(ドン・ワーリィ)何度も利用してアイヴ・ユージッツ・メニタイム安全は確認済みだンズ・サフティ・ズビン・ンファーム


 飛行中ずっと黙っていたパイロットが、初めて口を利いた。計器のみにたよった夜間飛行で、海上のどこにいるかがはっきりしない船にたどり着くまでは、緊張の連続だったのだろう。今やっと息を吐いたという口ぶりである。


 こいつ日本語が分かってる? いや、俺の声を聞いて判断しただけね。おーけー、おーけー。


 俺は心話でどん亀を呼び、ヘリに追従してきて今は三千メートルほど上空に待機している短艇(ショート・カーゴ)から、俺をサポートする昆虫型ボットたちを数キログラム投下するように指示した。



 パイロットは多分、"Don't worry, I've used it many times. And safety has been confirmed."みたいなことを言ってると思います。英語耳じゃあ無い野乃には、それ以上聞き取れません。そこはまあ、ファンタジイ(?)なので、ご容赦下さい。

 なお、主人公は着陸するのが下に見えている貨物船のハッチなのか、確認するため質問しています。状況的にはまず、そうでしょうけどね。


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