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◆80◆

 文中、” ”の中はイヤホンマイクを利用した通話で、第三者には聞こえません。取りあえず、これでいきますので、よろしくお願いいたします。

 今年は一月四日が月曜日、今日が金曜日かせめて土曜日であれば、その分余計休めるのにと、ほとんどの公務員は文句を言っているだろう。内幸町駅で降りて歩道をゆっくり歩いている君嶋の周辺には、人影がほとんど無い。この昼下がり、世間はまだ正月気分だ。


“お役人だってまだ、お屠蘇気分が抜けてませんよ。本当に話を聞いて貰えるんですか?”


“大丈夫だ。話は通してある。ちょっとした小細工だけどな”


 どん亀が君嶋の住所に宅配便で送りつけた特製スマホとボタン型のイヤホン&マイクのセットを使い、君嶋と俺とは話し中だ。イヤホンは耳の中に、マイクは喉に貼り付けるタイプである。これの利点は、声を出さないでも振動を感知し通話ができることだ。


“それにしても、午前中通帳に記帳してみて驚きました”


“何でだ、金は約束通り振り込んであっただろう”


“いや、四千万でしたから”


 声を出さないやり方はコツが必要なので、現在練習中だ。無論声を出せばその音を拾い、普通にハンズフリーで通話できる。


“一千万は経費のためのストックだ。後で精算するから、できるだけ領収書を貰っておけ”


“領収書が無ければ自腹ですか。そいつはキツいな”


“俺を納得させられれば、経費で落としてやるよ。本当に必要なら、何千万でもな”


“太っ腹ですね”


 本人は知らないが、君嶋の周辺を昆虫型と鳥類型のボットのネットワークが囲んでいた。だからボットたちの目を通し、彼が歩いている舗装路が午前中降った雨でまだ濡れているのも、路面に貼り付いた枯れ葉が雲間からの日差しに照らし出されている様子も、見ることができた。


 ただし使用している画面は、俺が旅行に持ってきた十一インチのパッドだ。昆虫や鳥の視点そのままでは非常に見づらい内容になる。だから俺が見ているのは、どん亀がリアルタイムで編集し、理解しやすく構成した動画だった。


“まあ誤魔化されたら俺の目が曇っていたということで、諦めるさ”


“こんな割のいい仕事を失いたくないですからね、真面目にやりますよ”


“楽な仕事じゃあないことは覚悟しておくんだな”


 俺は宮古島の宿泊棟ヴィラの中でソファに座り、東京の君嶋と話していた。鈴佳はスパの予約時刻になったと、さっき出かけて行ったばかりである。


“そっちは寒そうだな”


“暖かくはないですよ、雨も降ったし”


 日比谷公園の脇を通って経済産業省の本館に向かう。目指すは十一階の副大臣室だ。


“もうすぐ着きます。でもこの喉マイク便利ですね。政治家や官僚に会うなんて経験無いからある意味で助かりますが、これじゃあまるで猿回しの猿だ”


“通話料はこっち持ちだぞ。不満か?”


“いや、助かると言ったでしょう”


 副大臣は内閣府および各省に配置される官職で、慣例として現役の国会議員が充てられていた。経産省の定数は二名、つまりこれから行く経産省本館には二人の副大臣がいる。二〇〇一年の中央省庁再編に伴い従来の政務次官に代わって設けられた特別職であり、内閣総辞職が為されるとそれに伴って地位を失う政治任用職でもあった。


 各省庁を司る国務大臣の不在時に、事前の命令があれば職務を代行するとされているが、大臣としての職権は代行できない。このため閣議への代理出席も許されず、更に閣議決定案件の調整はキャリア官僚からなる事務次官による各省連絡会議によって行われていて、副大臣は閣議決定に関して何の権限も持っていない。


 この官職の設置が議論された当時、役割が不明確で権限も無かった政務次官が「省庁の盲腸」と揶揄(やゆ)され軽んじられた点を反省し、副大臣には実力者を登用して省庁間の政策調整や国会答弁などに当たらせることが期待されていた。それなのに十年過ぎた今では、政務次官当時とほぼ同じような派閥順送り・年功序列型の人事慣行が踏襲されるようになっている。


 副大臣というポストに就いている人間全てがその任に相応しい人材だと言い切れないのが現状であった。さてこの松田という男は、当たりなのか、それとも外れなのだろうか?


“副大臣て何する仕事なんですか?”と、君嶋。


 いやだから、俺にも分からないって。突然こんな仕事を任せられたから緊張するのは分かるから雑談に付き合っているが、そろそろ着くんじゃないか?


“一応、国務大臣の下、大臣政務次官や事務次官の上に位置づけられている。省庁の政策全般について大臣を助け、不在時にはその大臣の職務を代行できることになっているが、複数いる省があるところからして、俺にも何だかよく分からないな”


“仕事の範囲が広くて、何人もいるせいで、結局何しているか分からないってことですか? あ、着きました。セキュリティ・ゲートがあります。ここで入館手続きですね”


“そうだ、受付で申請番号を言ってICカードを貰ってくれ。身分証明も必要だ。面会先は松田一平副大臣の方だぞ。今日の在省は確認してある”


 現在の経産省には牧山秀志と松田一平という二人の副大臣がいて、この二人の当選回数はいずれも衆議院で四回、歳は松田の方が二つ若くて四十八歳だ。政治家としてほぼ横並びの二人は、ライバル関係にある。ただし経歴の方はかなり異なっていた。


 牧山は旧帝大法学部を卒業後米国に渡り、南部のDQ大で法学修士号を取得、ワシントンDCの法律事務所に入った。帰国して日本の法律事務所に勤めた後、経産省に入省し、通商交渉や紛争事項を担当している。政界に出て与党民自党から出馬、議席を得た後は、環境大臣政務官、厚生副大臣、そして内閣委員長を歴任後、現職にいたっていた。政治家としては、生え抜きのエリートと言ったところである。


 これに対して松田は私大の経済学部を卒業し、後に四菱に統合された三邦銀行に入った。四菱との統合後に銀行を辞め、親の地盤を継いで民自党の衆議院議員となる。二度目の当選を果たした後から、党副幹事長、内閣府大臣政務官、内閣府副大臣、党国対副委員長を順次務めた。政財界ばかりではなく官僚の世界にも、親の代からの繋がりを広く持っている。


 ライバルと言ってもそれを強く意識しているのは松田の方で、牧山は反対に気にも留めていない所がある。それが政治記者たちの下馬評だった。年齢が近く、政治家としてまあそこそこの位置にいるこの二人は、本館九階にあるペンクラブで話の種に挙げられやすかった。


 GNペイントの件で東京の何箇所かに偵察ボットを配置したどん亀は、ここ経産省の本丸であるビルにも、ボットたちを侵入させている。今回の作戦は、そのボットたちが得た情報を基に立てられていた。


 一階からいきなり十階まで昇る高層階用エレベーターに乗り、十一階に出る。そこに秘書課の人間だという男が連絡を受けて待っていて、副大臣室の松田の所まで案内してくれた。君嶋の耳に付いた小さなリング・ピアスを目に留めたらしく、僅かに眉をひそめている。


 君嶋は俺の指示で、いつものカジュアルな格好で来ていた。イタリアン・カラーのテーラージャケットは明るいベージュで、インナーは黒のタートル、パンツも細身の黒、靴は茶革のローファーである。持っている書類鞄はイタリア製で、タンニン(なめ)しのオレンジ色だった。政治家に会いに来る普通の相手とは、ひと味以上外見が違っている。





「牧山さんじゃあなくて、僕に会いに来たんだよね」


 名刺交換の後で松田がそう確かめたのは、米国で仕事をしていた経験のある牧山なら、こういう人種も喜んで迎えるのではないかという勝手な思い込みのせいだろう。君嶋は応接セットのソファに腰を下ろし、タンニン革の薄っぺらい書類鞄を脇に置く。


「間違いなんかではありません。ぜひ松田副大臣にお目にかかりたいと思い、須田先生にお願いしました」


「いや、公栄党の副幹事長である須田慶太代議士の紹介だから、特別にこの部屋でということにしたがね、普通は上の面談室だよ。それで僕に内密の相談というのは、一体何なんだ?」


 その代議士からの依頼電話は、偽物(フェイク)である。どん亀が議員秘書の声を合成し、大臣官房の秘書課に電話で申し入れたのだ。携帯番号からの着信記録も挿入してあるので、偽装はほぼ完璧だった。


「副大臣は、GNペイントの経営陣のことは、どの程度ご存じです?」


「あーあれね。僕がまだ内閣府にいる頃だから、そう詳しくはないが、現在の社長はNICのあれだよね。事務次官の話では、幹部(キャリア)の連中は、あの(でん)という男には、相当思うところがあるようだな。結果として、出向先の利権を削られたようなもんだしね」


 あはははっと笑って見せる。どう見ても、官僚たちに同情している様子は無い。


「その田社長の関わりで、GNペイントがウーラムと組んで危ない橋を渡ろうとしていることは? いや、犯罪と言った方がいいんですがね」


「犯罪? そりゃまた穏やかじゃないね。しかしあそこは、ウーラムに乗っ取られちゃったんだろう。するとそれは、ウーラムの指示ってことになるのかい?」


「そうだと思います。その犯罪を暴けば、田社長を追い落とす切っ掛けになると思いませんか?」


「しかしねー、犯罪だったら警察の領分だろう。君は何で経産省に来たんだ?」


「さっき経産省には田社長を良く思わない人間が多いと言われましたよね。興味を持たれると思ったんですが」


「僕はいわゆる政治任用の特別職だ。僕が着任する前にこの省と確執があったとして、今さら僕がからむ理由が無いだろう。そもそも代議士出身の僕が、官僚の利権争いに口を挟むのも、おかしな話じゃあないか」


 君嶋のスマホを経由してモニターしているが、この松田という副大臣、けっこう狸だ。興味が無いはずないのに、さっぱりその素振りを見せない。君嶋では相手役として、貫目が足りないかもしれない。


 長くなったので3分割し、本日も含めて7月22日23日24日の3日間、連続投稿します。1回にまとめることも考えましたが、ペースの配分からこうしました。冗長なので、後でぶった切るかもしれません。正直迷ってます。  2020.07.22. 01:12   野乃

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― 新着の感想 ―
[一言] (筆(意識)のノリやすい方法は千差万別だと思うので、 どんどん修正や切り貼りして良いと思います。) 君嶋さんのお手並み拝見〜
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