◆08◆
前にも言ったかもしれないが、俺が誠次叔父から相続した家は平屋で四LDK、独り暮らしには十分すぎるほど広い。
家が建っている場所は少し高台になっていて、その下の長いスロープは叔父の前の前の代には種牛を育てるための牧草地だったらしい。ただし昭和の時代に他農家との競争に敗れ、畜産農家としては廃業した。下を走る県道から山側に曲がって、今では雑木林となっているその斜面を真っ直ぐ登ってくると、石垣に囲まれたこの小さな台地に行き着く。
昔は牛舎やら納屋やら倉やらがあったらしいが、それらは全て撤去され、広い敷地の中央に叔父の建てた家がポツンとある。ただ家の後ろには、農家が機械を入れておくようなガルバリウム鋼板製の大きな納屋があり、その隣には今回増設した薪小屋と前からあったやはり単管パイプで組み立てられた薪小屋が、身を寄せ合うように並んでいた。
都会の家と違い、元々土地が有り余っているせいで部屋数が多いだけでなく、部屋の一つ一つが広く、正直掃除に困るくらいである。
南向きの正面右寄りに表玄関があって、裏口と土間や台所はその対角にある。東端にある玄関を入って直ぐに応接間兼リビングがあり、そこと西端にある台所と土間が合体している部屋の、二箇所に鋳鉄製の薪ストーブが据えられていた。
この二箇所を、幅一間の廊下が真っ直ぐに繋いでいて、その廊下の両側に残り四部屋と浴室トイレなどが配置されている。
何が言いたいかというと、この建物は確かに断熱はしっかりしているが、無駄に広すぎるために冬とても寒いのだ。各部屋の窓は二重ガラスの高断熱規格の物だし、窓下にはどこも結露防止のために電力による放熱パネルが設置されている。でもそれは、この北国の冬、部屋を十分暖めてはくれない。
北国以外の人にはピンとこないかもしれないが、窓が結露しない温度になるというのと、部屋が暖かいというのは全く違うのである。
だからこの前の冬、俺はほとんど台所で過ごしていた。薪ストーブを焚くと、その部屋は実に気持ちよく暖かくなるからだ。遠赤外線効果と言うやつのお陰だそうだ。
そして暖房パネルで各部屋を『暖かく』暖房したら、電気代が途方も無いことになるのが目に見えていた。太陽光発電は、日照不足の冬期間には当てにならない。
二箇所で薪ストーブをガンガン焚いて、家全体を暖めるという方法もあるが、それでは薪の備蓄があっという間に無くなってしまう。それにそうやっても、家の中央部はまだ寒いと思うしね。
今回俺は、リビングと書斎兼主寝室、それに北側の一部屋にFF式の灯油ストーブをつけて貰うことにした。建物の北側、納屋の側に四百九十リットルの屋外用ホームタンクを三つ増設する。ここは元々給湯ボイラー用の灯油タンクが設置してある場所だ。後は銅製の給油パイプを地面の下に埋めてストーブまで配管する。
え? そんなにタンクが必要か、だって?
町場に住んでる奴には分からないだろうが、タンクローリーがここまで来るのに往復二時間かかるんだよ。冬場にそう何度も来て貰うのも悪いしね。それに雪が積もれば、ローリーが登れるように下の県道まで、俺が除雪することになる。
ローリーは重いから、俺の四駆の軽とは違うんだ。
建物の外壁に穴を開けて吸排気管をはめ込んだり、三台のストーブの設置、灯油の配管なんかで五十万以上支払った。去年の型落ちタイプで、かなり値引きして貰ったんだけどね。
それぞれ三畳の床暖ソフト・パネルが付いたやつにしたせいもあるけど。『シーズン直前の在庫処分価格!』って、どういう風に考えればいいの? 最後は「運搬、設置、出張費無料」と言われて、購入を決めたんだけど。何しろ、販売店からも車で片道一時間以上だから。
それにしても、当日ストーブや灯油の屋外タンクをトラックで運んできてから、「この壁にはうちでは穴が開けられない」って言い出すってのは、どうなの?
説明によると、誠次叔父が建てた家の壁材はセラミック・タイルで、普通のサイディングのように回転ドリルで簡単に穴を開けることができないらしい。それで結局俺は、誠次叔父が家の建築を頼んだ工務店に連絡し、別途費用を払って壁のタイルを加工して貰うことにした。それだけで二万円だよ。トホホ……
で、その分をストーブの販売店に、更に値引きしてくれと言ってみたけど、ダメだった。「これ以上はムリ」だってさ。まさか業者の目の前でビーム・サーベルを使うわけにはいかないしさ。やってみたかったけど。
その後、工務店の人と話をしてたら、家の中の暖気を循環させるダクトを天井裏に設置した方がいいと勧められて、思わず仮契約してしまった。後で考えると本当に必要なのか自信が持てないけど、今さら断るのもなぁ。
「多分三十万以内に収まると思いますが、詳細な見積もりは後ほどお届けに上がります」
なんて、いい笑顔で帰って行ったし。
結局今月の二百四十万ちょっとの収入の内、八十万以上を使ってしまうことになった。まだ百六十万くらい残っているとも言えるが、どん亀のせいで俺の金銭感覚がおかしくなっているという自覚があるので、とっても不安だ。
不安だけれども、金を使うのはやめられない。いや、使わなければいい話なんだけれど、使ってしまわなければ、これが「夢だった」みたいなことにならないかという不安に囚われる。
金というのは本当に怖ろしい。
「なあ、どん亀」
「何デショウカ?」
「お前、居なくならないよな?」
「今ノトコロ、ソノヨウナ予定ハアリマセン」
「なあ、何で俺なんだ?」
「タマタマデスネ」
「たまたまかぁ」
「ソウデス」
「じゃあ、俺でなくたってよかったってことか」
「スデニ接続済ミデスノデ、ソノヨウナ議論ハ意味ガアリマセン」
「意味ないの?」
「ハイ」
「意味ないのに、二百五十万も支払ってくれるわけ?」
「不足デスカ?」
「いやあ、不足と言うか……だいたい、俺何をすれば良いの?」
「今ノトコロ、何モ」
「今のところって……」
「備エアレバ、患イ無シ、デス」
「備エアレバ」だってよぉ、いったい何が、起こるの?