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◆79◆

 GNPホールディングが俺たちの宿泊場所を特定した。宮古っていうのはわずか六つの島で、合計でも二百平方キロ余りの広さしかない地域だ。住民も合計六万足らず、外部からの訪問者はせいぜいその十分の一ぐらいだろう。ホテルやなんかを虱潰しに調べれば、俺たちの宿泊先が見つかるのは仕方ない。別に偽名で泊まっているわけじゃないし。


 どん亀のお陰で、不意打ちを喰らうことは免れた。しかし相手は、SASF、ウーラム、GNペイントと、三者がタッグを組んでいる。それに対して俺には、どん亀以外の味方がほとんどいない。強いて言えば、鈴佳、山城智音とその愉快な仲間たち、ぐらいだ。


 どん亀の力は凄いが、人間じゃないからできないことも多いのだ。人的資源の多い向こうに手数で来られたら、俺の対抗策は盤面をひっくり返す乱暴な一手しかない。いわゆる卓袱台(ちゃぶだい)返しだが、どん亀の正体を知られるわけにはいかない俺は、相手に対する威嚇としては、それを利用できないのだ。


「フェイクでも何でも良いから、奴らを牽制する方法がないか?」


「頭ガ三ツアル犬ヲ、英雄ひーろーガ倒ス物語ガアリマシタネ」


「その話では、主人公ヒーローはどんな作戦で戦ったんだ?」


「三ツノ頭ヲ混乱サセ、互イニ争ワセタノデス」




 俺は東京の君嶋に連絡を取った。前に仕事を依頼した時の電話番号だ。


「はい、木村です」


 スマホからは、女の声が返ってきた。


「失礼、君嶋さんの番号のだと思ってかけたんだが」


 俺の耳に「あんたに電話よ」と、向こうでのやり取りが聞こえた。


「君嶋です」


 間があって、男の声に代わる。君嶋のようだ。


「取り込み中なら、後でかけ直すけど?」


「ああいや、大丈夫です」


「失礼だが、木村っていうのは?」


 君嶋は溜め息をつき、諦めたように応える。


「君嶋は仕事上の名前で、本名が木村です」疲れた声だ。


「芸名みたいなものか。じゃあ、今のは?」


 あえて質問してみた。やけに馴れ馴れしかったんだもの、予想はつくがね。


「自分の連れ合いですよ」


「なるほど」


 確認したぞ。そういうことなら、説得しやすい。養わなければならない人間がいるってことだからね。


「で、今度は何の御用で?」


「最近は忙しいか?」


「……貧乏暇無し、と言いたいが、不景気で暇ですね」


「じゃあ、俺に、年間三千万で雇われないか?」


「三千万……ですか?」


 電話の向こうでは、「三千万って何?」という女の声。いやー、一気に所帯じみて来たな君嶋。赤ん坊の泣き声でも聞こえてきそうだ。


「どういう仕事ですか? コーディネーターの年俸にしては高すぎる」


「専属という条件だけど」


「それにしてもです。自分の評価がそれほどとは思いません」


 用心深いな。向こうで「何言ってるの」「引き受けなさいよ」という女の声。


「まあ、多少雑用もこなしてくれると嬉しい。俺も身体は一つしかないし、東京にいつでも出られるわけじゃない」


 また少し間があった。多分向こうの部屋では、二人の間に無言劇が演じられているな、こりゃあ。そして、気を取り直したのだろう、声が改まった。


「岡田さん、あなた何者です? 田舎から出て来たとか言ってたけど、会食していた相手はアメリカの超一流企業じゃないですか。その様子じゃあ、交渉は上手くいったんでしょう」


「ああ、トライデントと契約したよ。だから収入の面は保障する。ただ仕事がきつくてね、手助けが欲しいんだ」


「他の条件は?」


「年俸は一括前払いだ」


「三千万一括ですか?」


 まあ驚くよね。破格の条件と思うかも知れないが、現時点ではお互いの信頼は金で手に入れるしかない。現金は現金だ、なぁーんちゃって。こちらの期待に応えてくれれば、次の年も更に報いるという形で、忠誠を買うのだ。


「そうだ。経費は別に出す」


「どんな内容の仕事です?」


「メールに添付して契約書を送る。読めば分かるが、日本で俺が交渉事を行う時のサポートだ。相手とのスケジュール調整と会場設定、事前の打ち合わせや当日のバックアップ、それに諸々の後始末、できれば俺の代理としての交渉、そんなところかな」


「何でもありじゃないですか」呆れたような声だ。


「実績をあげてくれれば、特別手当も出す」


「岡田さん、金で顔をひっぱたいて、言うことを聞かせるおつもりですか? だいたい、何で俺なんです?」


「仕事ぶりを見て、信用できると思ったから……じゃあ、納得できないか? 俺のような若造の下で仕事をするのは不満だというなら、仕方ないが」


「いや、そういうわけじゃありません」ちょっと焦った声。「これでも六代続いた江戸っ子です。自分のことを認めてくれる相手に、歳上も歳下も無いですよ。でもね、あんまりにも唐突過ぎて……」


「それは分かるよ。だからこそ年俸を一括前払いにすると言うんだ。俺の信頼のあかしだと思ってくれ」


 また間があった。


「分かりました。自分で良ければ、引き受けます」


 君嶋の声は少し乱れている。でも信用して良さそうだ。落ち着けよ君嶋。これからこき使ってやるからな。


「それで、年俸の振り込みを確認してからで良いから、やって貰いたいことがある。いいか……」


 三箇日が明ければ、銀行口座の利用制限も解除される。官公庁は一月四日が御用始めだ。さて、俺の仕掛けが上手く働くかどうか、細工は流々仕上げをご覧じろだ。



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