◆78◆
俺は鈴佳についての心配と、謝花桃花について考えたことをどん亀に伝えた。他に相談する相手もいなかったからね。
「鈴佳とはお前の力で、無理矢理関係を持ってしまったからなあ、責任はあると思うんだ」
「何ノコトデスカ?」
「ほら、鈴佳を改造した後、俺の子どもを産ませようって、お前が俺の所へあいつを来させたろう」
「ソンナコトハ、シテイマセンヨ」
「へ?」
「ソノヨウニ急激ナ行動強制ハ、人格ノ歪ミトナッテ現レマスガ、アノ前後デ、彼女ノ人格ニ、ソンナ変化ガアリマシタカ?」
「そう言えば、あんまり変わってないような気がするな……」
「らんどぐれんノ時ノコトヲ覚エテイマスカ?」
「あの時は驚いたな。いきなりひれ伏すんだもの……」
「自我ヲ歪メル行動ヲイキナリ強制スルト葛藤ガ起コリ、大幅ナ再調整ガ必要ニナリマス。らんどぐれんニツイテハ別人格ヲ堀リ起コシ、二重人格化シテ対処シマシタ」
「鈴佳の場合は違うのか?」
「彼女ニハ、従属IDヲ与エ、頭蓋内ニまいくろ・ましんニヨル通信用基板ヲ構築シタダケデス。彼女ニハ乗船資格ガ与エラレマス。指揮系統順位ハますたーヨリ下位ニナリマス」
「じゃあ、あいつは強制されて俺の部屋に来たわけじゃあないのか?」
「指揮順位ニ属スル鈴佳ハ、明ラカニますたーニ不利トナル行動ハ選択デキマセン。シカシ本人ノ意志ニ反スル行動ヲ強制スレバ、違和感ヲ感ジ葛藤ト抵抗ガ生ジマス。アノ場合ニ彼女ガアノヨウナ行動ヲトッタノハ、自分ノ生活ノ保障ヲ得ルタメダト考エラレマス。結果トシテ、ソノ判断ハ正シカッタデショウ」
「いや、しかし泣いてたし」
「確カニ、彼女ガ動揺シテイタノモ事実デス。ソレニ、男ハ女ノ涙ニ騙サレヤスイモノデス」
じゃあ、鈴佳は自分から進んで俺の所へ来たの? 処女だって言ってたのに。あれは全部演技なのか? 俺、騙された? いや、そんなはずは……。
「人間ガろまんちっくナ行動原理ダケデ動クトイウ妄想ヲ持ツノハ勝手デスガ、ソレヲ基準ニ他者ヲ貶メルノハ間違イデス。生キ残ルコトヲ目的トスルナラ、彼女ノ行動ハ合理的デシタ」
「いや、だけど……」生き残るって、何だ? それに「貶める」だって?
「人類ハソウヤッテ存続シテキタ。違イマスカ? ますたーハ、人類ノ半分ノ強カサヲ見誤ッテイマス。女ノ行動原理ヲ、弱者ノ戦略ダト見下シテイルノデショウガ、長期的ナ視点ガ欠ケテイマス。笑止デス」
えっ? 俺、笑われた?
「イズレニシロ、人間ノ人格ハ無数ノ部品ノ巨大ナ累積デス。先日ノ夜、二人デヤッテイタ積木ノげーむノヨウニ、急激ニ構造ヲ変形サセヨウトスレバ、瓦解シテシマイマス」
「じゃあ、スーパーヨットに乗っている男たちを徴兵するのは? やれるって言ったよな」
「極端ニ人格ヲ歪メテ構ワナイノナラ可能デス。タダシ、安定シタ新人格ノ構成ニ失敗シタラ、廃棄スルシカナイデスネ」
あー、やっぱり生き残れない可能性もあるのね。廃人になる? かなり危険な方法なんだ。
「鈴佳の頭に穴を開けた、家の地下での施術は、その通信機能を与えるだけなのか? 快楽中枢をコントロールする、とか言ってなかったか?」
「快楽中枢ノこんとろーるヲ利用シ、学習効果ヲ促進サセテイマス。指揮系統ニ馴致サセ、能力向上ノタメノ自己訓練ヲ動機付ケルタメデス。タダシ、濫用スルト禁断症状ヲヒキ起シ、人格障害ニイタル可能性ガアリマス」
やっぱり危ない改造だった。そしてどん亀のやれる事、やった事は、よく分からない。どう考えても、俺を煙に巻いて誤魔化そうとしてるんじゃないかと思う。
「まいくろましんノ侵襲ニヨル改造デ可能ナノハ、本来ノ人格ガ持ツ可能性ヲ操作スルコトダケデス。全クノ無カラ、コチラニ都合ノヨイ人格ヲ造リ上ゲルコトナドデキマセン。鈴佳ノ場合ハムシロ、ますたーガ指揮官トシテ行動シタタメ、鈴佳ガソレニ適応シタ行動ぱたーんヲ選択シタ可能性ガ高イデス。人間ハ意識下デ多クノ判断ヲ行ッテイマス」
それって、俺がドーベルマンたちより鈴佳は下だって言ったりしたこと? 俺の責任なのか? 俺ってハートマン軍曹? 俺のやったことは洗脳の一種なんだろうか?
「トコロデますたーガ、ゴ執心ノこんしぇるじゅノ女デスガ、GNPほーるでぃんぐニ買収サレマシタヨ」
「まさか!」
「昨夜、万ガ一事ガばれテ、きゃりあヲ棒ニ振ルコトニナッテモヨイダケノ金額ヲ、提示サレタヨウデス。鼻ノ下ヲノバスノモ良イデスガ、寝首ヲカカレナイヨウニ用心シテクダサイ」
「買収って、何の為に?」
「はにーとらっぷヲ仕掛ケ、弱味ヲ握レトイウ指示デシタ。詳細ハ調査中デスガ、アノ女、自信アリゲデシタヨ」
はー、俺ってそんなに見え見えで分かりやすかったのか。まあ、すっごくそそられたのは事実だけどさ、俺って盛りの付いた猿扱い? どん亀から見ても、俺は猿と大差がないんだろうが。
「今後、ますたーニ接近シテ来ル女ハ増エルハズデス。資産ダケデモ、ソノ価値ハアリマスカラ。注意スルコトデス」
「資産だけでも、ねぇ」
俺は落ち込んだ。それじゃあまるで、札束が服を着て歩いているように見えるということじゃないか。そりゃあ、モテてないよりモテる方が良いに決まってるが、あまり嬉しくないのは、どうしてなんだ!
これはやっぱり、鈴佳を手放すのはやめよう。頭を下げてでも……いや、駄目だ。あいつ調子に乗って、高飛車にマウントを取ろうとするに決まってる。やっぱり、騙したまま今の関係を続ける線だな。クズと言われようと、何と言われようとも。
人間十七歳過ぎたらだな、無垢で無傷な心なんて、何処にあるって言うんだ!
俺なんてガキの頃から、無傷なんかじゃあなかったぞ!
「やけニナラナイデ下サイ、ますたー」
いや、お前のせいだぞ、どん亀。




