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「亀甲さんって言うんですか? 珍しい名字ですね 」
山城智音が興味を惹かれたという口調の日本語で、そう言った。
『本当は六角って言うらしいがね』と、ランドグレンのために英語で俺が答える。
『えっ、偽名なんですか! それじゃあ呑舟というのも!?』と、通訳としての自分の役割を思い出した智音も英語に戻る。
『六角康平が本名だ。六角っていう姓は、関西の方では結構由緒正しいものらしい。亀甲は自分で付けたコードネームか芸名みたいなものだと、あいつは言ってる。まあ、本人の希望だから「亀甲博士」と呼んでやってくれ』
『本名が分かっているのなら何も……え、えーと、相当変わった人なんですね』
『おい、その男がキーマンだという話だが、大丈夫なんだろうな!』
疑わしそうな表情のランドグレンだった。もう少し困惑して貰おう。だがこれで、問題の「亀甲博士」が人間でさえないということを知ったら、こいつはどう反応するのだろうか?
そう、今晩ランドグレンに引き合わせようとしているのは、どん亀に直接操られるパペット・ボットなのであった。
人間の細胞を原材料とし、培養して造った生体部品で構成されたボットであるから、「素材的には」生きた人間と区別が付かない。
ただし、向かい合ってちょっとでも話をしてみると、何とも言えない違和感がある。「何かがおかしい!」という警告サインみたいなものが、視野の隅っこに点滅し出すような感じだ。
いろいろやってみても、どうにもこの「違和感」が拭いきれないことが分かった。
それでこいつのお披露目は、ずっと繰り延べになっていたのだが、今回どん亀から、「ドウセ怪シイ人物ニシカ見エナイノナラ、思イ切ッテ怪シイ人間ニ仕立テ上ゲマショウ」という提案があった。
つまり最初から異常な見掛けの人物なら、常に感じられる違和感も「当たり前」と感じられるだろうという論法だ。
会わせるのはランドグレンと山城智音、それに鈴佳である。鈴佳と智音は既に改造済だし、ランドグレンも数日以内に人格改造を施す予定だ。この施術を受けた後なら、何を知ってもその秘密を他の人間に漏らす恐れは無くなる。
一度複数の人間に「奇妙な人物ではあるが、見掛けがおかしいだけで人間に間違いない」と信じさせることができれば、その後は一緒に会わせることで集団心理を利用し、他の人間たちにもその認識を伝染させることができるのではないかという、希望的観測もあった。
『少し奇矯な人物だが、別に危険は無いんだ。彼の、ええと、軽い妄想に付き合ってやれば、問題無く意思疎通することができる。それに何といっても、彼の得意分野ではたいへん有能な人間だしね』
『本当に?』と、智音が念を押すように聞く。
既に人格改造を受けている彼女には、一切の疑問を抱かないようにも操作できるし、積極的に俺に賛同するようにも強制できる。だがあえて懐疑的な態度を取らせることで、ランドグレンの意識を俺とどん亀の望む方向に誘導しているのだ。
『ああ、ただ彼はある種の心的外傷を抱えているんで、自分に対する心理療法の一環として、常に違う人格を演じているんだと思う』
『えーと、それはRPGみたいなものかね?』
戸惑いを隠さずにランドグレンが尋ねて来た。かなり見当外れの質問だ。
『と言うよりも、フラッシュバックを避けるための、逃避行動だと思う』
『薬物の常用者というわけではないんだな。本当に危険は無いんだな!』
『他人に危害を加えるような人間じゃあないよ。ただ、彼の感情を傷つけると、殻に閉じこもってしまう可能性があって、それではそっちも困るだろう』
『まあ、要するにその男は、五十にもなって、心の傷つきやすい厨二病のオタクなのね』
智音の表現は冷たいと言うより乾いた感じがしたが、ランドグレンにはストンと落ちたようだ。納得したならそれでいい。疑問や抵抗を抱かずに接してくれる方向に誘導できたわけだからな。
午後は家の犬たちをランドグレンとその用心棒たちに紹介した。彼らは異常なほど命令に忠実なドーベルマンを見て、良く訓練したものだと感心し、俺が猟銃を持っていないと聞いて不思議がっていた。こんなに立派な犬たちを猟犬として活用しないのは、資源の無駄遣いのように感じたらしい。
まあ、俺は犬たちを家の中に入れて飼ってはいないし、それならやっぱり猟犬だろうというのが、合衆国人の常識的な判断なのかも知れない。
晩飯はダイニングで、熊肉の赤ワイン煮込みとフライドポテト、それに家で焼いたバゲットだ。全て手料理なんで、作っている場所から、直ぐ側のテーブルまで直送である。接待主と料理人が兼任なんだから、仕方ない。
一晩マリネ液に漬けた熊肉の角切りを、液から取り出して油をひいたフライパンで焼き色がつくまで焼く。
それから同じマリネ液に漬けてあった、玉葱、人参、ニンニク、あとローズマリーやオレガノ、クミン、ナツメッグなんかのハーブ・スパイス類を取り出して別に炒める。その後この二つをマリネ液に戻し、圧力鍋で煮込むんだ。
その間に、大きめのベーコンブロックをフライパンで焼き色が付くまでグリル。圧力釜の余熱がとれたら蓋を開け、鍋の中から野菜やハーブを取り除いて、新たに切った人参とマッシュルーム、そしてグリルしたベーコンを鍋に加え、熊肉と一緒にとろ火でじっくり煮込む。
人参に火が通ったら器に取り分けて盛り付け、クレソンを添えて配食する。あと、大皿に山盛りのフライドポテトとフランスパン、そして食後の珈琲は鈴佳の担当だ。
イタリアの、ちょっとアルコール度数高めの赤ワイン、ベリー系の果実味のあるボトルを開けた。スペリオーレとかいうやつだ。ランドグレンは『ニューワールドのメルローも合いそうだ』とか言っていたが、そんな物の在庫は無いので勘弁して貰った。
やはりこういう連中と付き合うには、ワインの知識が必須らしい。君嶋とかのサポートがあるにしろ、面倒だな。
デザートに地元の林檎で造ったアップルパイを出して、珈琲となった。
ランドグレンはいつドクター亀甲が現れるか、食事の終わる頃からジリジリして待ち構えている。それで俺はリビングへ移動するように誘った。
もう秋口で夜は冷えるので、鈴佳に言って薪ストーブを焚かせていた。照明を点けていないリビングに入る。ストーブの扉の耐熱ガラスごしに燃える炎の光が揺れていて、その前に座る男の輪郭を照らし出していた。
いよいよドクター亀甲登場です。何をやらかすのか? お楽しみに。
それにしても、「心の傷つきやすい厨二病のオタク」って、英語じゃ何て言うのかな?
" A edgy nerd with a heart that easy to get hurt." でいいの? 野乃




