◆04◆
指輪をはめた左手で透明な直方体の表面に触れたら、心の中に声が聞こえた。これはやはり『幻聴』の類いかと自問したら、そうではないと言う。
だが俺の精神がおかしくなったのではないと、どうして言えるのか分からない。でもやはり、自分は正気なような『気がする』。困った、困った。
「困ラナイデクダサイ。アナタハ正気デス」
いやそれをどうやって証明するんだよ?
「証明ノ必要ハ、アリマセン」
ああ、証明の『必要』は無いね。無視するだけでいい。
「無視シナイデクダサイ」
だって無視しないと『幻聴』を認めることになっちゃうしなぁ。
「問題アリマセン」
いや、俺的には問題大ありなんだけど。
その後、俺がこの声の主と話し合った結果、こいつは俺が引き込まれた宇宙船そのものの声だと分かった。
つまりこの宇宙船は自意識を持っているらしい。
こいつが俺に話しかけたのは、俺があの桃色の指輪をはめたせいだという。だいたいピンクのピンキーリングとか駄洒落かよ。
それでこの指輪は乗組員のIDだとさ。何故か指輪に俺が適合したため、乗組員扱いになったそうだ。
この宇宙船は、宇宙資源調査と惑星開拓の大規模宇宙船団から投下された無人探査艇に過ぎないので、せいぜい『太陽系の重力圏内』、つまり太陽を中心として半径二光年程度を行動範囲としている、とのことだった。
そう聞くと、こいつの母船団である『大規模宇宙船団』というのがどの辺にいるのか気になってくるところなのだが、
「アア、ソレハ、アト一千年クライシナイト戻ッテ来マセン」
の一言で、考えないことにした。
どうやら宇宙船は、母船団が太陽系の近傍を通過した際、ここを調査するようにと投下されたらしい。しかも正規品の探査艇ではなく、担当者が適当な廃棄品を寄せ集めて組み立てた再生品仕様であり、搭載のAIも『それなり』であるとのことだった。
自分で『それなり』なんて言うAIって、どうなんだよぉ? 俺は何だかこいつが、気の毒になった。
つまりこいつは、たまたま見かけたこの太陽系を『念のため』調査するための『失っても惜しくない』調査機であり、こいつを投下した母船団も先の方で『有望そう』な星系が見つかれば『永遠に戻ってこない』かもしれない、いや多分そうなるだろう、と言う。
俺としては「戻ってこないで欲しい」と願わずにはいられない。だいたい『惑星開拓』って言っても、母船団の連中の母星がどんな環境だったのかが問題だよね。人間が住める、生きていける環境なのかよ?
いずれにしろ彼等の科学技術を考えると、今現在の地球人が太刀打ちできる相手ではない。あと、宇宙船の中で人間が生存できるのは、最近(数百年くらい前)になって人類に興味を持った宇宙船が、人間を収集し始めてから自己改造したお陰だ。
最初の頃は人間というか、地球の生物を船内に引き込むとどんどん死んでしまって、調査が行き詰まってしまったらしい。それで空気とか、気温とか、放射線の遮断とかを、自己メンテナンス用の補助装置を利用し改善していったそうだ。
元々そういう仕様ではないので、いろいろ工夫が必要だった。この宇宙船の内部は、旧式の核融合炉(元の船団では、水素が手に入りやすい環境での臨時の補助動力源)と、現在は海水とそれから生成した純水を貯蔵している大型の超高圧貯蔵タンク(通常は巨大惑星などから汲み上げた気体を圧縮して貯蔵する)、反慣性反重力作用エンジン(?)、牽引光線投射装置、重力波感知装置、電磁波受信解析装置、物質分解解析装置、物質分離合成装置、等々がびっしり詰まっている。
いずれも旧式になった型落ち品ばかりで、基本デザインの規格からしてバラバラな製品ばかりを寄せ集めたため、あっちがはみ出しこっちが出っ張って、メンテナンスのための通路となるはずだった空間まで塞がれてしまう結果が起きていた。
だから当初の計画では『採集物』を収納するはずだったスペースまで占拠され、かなり狭くなっていたのである。
それでもこの宇宙船は、かなり高性能である。
「地球ノ『れーだー』デハ探知デキマセン。完全ニ『すてぃるす』デス」
「あれ、だけど俺が見上げた時、見えたけど」
「視認妨害用ノ設備ハ備エテイマスガ、本艦ノ図体ガ大キイノデ、可視光線ヨリ短イ波長デハ迷彩効果ガ多少期待デキル程度デス。遠距離カラナラ視認デキマセン」
「戦闘機とかミサイルで攻撃されたら?」
「本艦ノ装甲板ハ核爆弾ノ直撃以外、人類ノ持ツ兵器デハ損傷ヲ与エラレマセン」
「直撃って?」
「核反応ノ中心ノ高温部ニヨル接触ト言イ換エマス。タダシ高速飛翔体ノ接近ニ対シテハ、『粒子加速びーむ』ニヨル迎撃ガ可能デス」
あ、迎撃できるのね。
「宇宙空間デハ光速ノ十分の九マデ加速デキマス。大気圏内デハ空気抵抗ガ大キク、音速ヲ越エルコトハオススメデキマセン。無理シテモ高度二万ふぃーとデ時速九百きろめーとる程度デス」
何故に高度は『フィート』表示? しかも速度は『キロメートル毎時』? それって、速いの遅いの?
「音速ヲ時速一千二百きろめーとるトシタトキ、ゾノ百分ノ七十五程度デス」
「ジェット旅客機の巡航速度はマッハ〇・八から〇・九だったっけ。なんだ、お前遅いじゃん! よし、お前を『どん亀』と名付けよう」
「対地速度ハ別デス……」
何か言っているが面倒臭くなったので、『どん亀』に決定することにした。