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鈴佳は俺の胸を涙で濡らして、泣いていた。でも、断じて俺の責任ではない!
「どうして、どうしてあたし、あんたなんかと……」
基本的には、何で俺のような男に抱かれたいと思ったのか分からず、混乱しているのだと思う。何しろ鈴佳の好みはイケメンでチャラい金持ち男だからな。
まあ一応、俺も健康で比較的若い大人の男だし、その男とずっと二人っきりで二十歳になろうという鈴佳が寝食を共にしている。この時点でもう、何があってもおかしくはない。
だけど鈴佳にしてみれば、あれだけイジメられ無視された相手に、自分からソレを求めるなんてありえないはずなのだそうだ。
もっとも俺の方はイジメたとも無視したとも考えていない。ただ勝手に押しかけて来て、一方的に金銭的な援助を求める女に、優しくする理由が見つからなかっただけだからな。
あ、鈴佳が処女だって言うのは、どうやら本当だった。その『初めて』の恐怖心をも乗り越えて、俺に自分から迫ったという事実も、鈴佳には受け容れがたいことの一つらしい。本来であれば、俺が床に頭を擦り付け、全財産を捧げて彼女の愛(?)を乞わねばならなかったのだそうだ。
さらに彼女には、求めたはいいが、俺に拒絶されてしまったらどうしようという恐怖心もあったと言う。なにしろ言動はアレだが、『処女』だったのだから。
俺には当然、鈴佳の行動がどん亀のプログラムに操られた結果だということを、彼女に教えてやるつもりは無い。
今のところ、最低限俺には『受け容れて貰えた』という安心感から、落ち着いてきたようでもあるし。
俺が鬼畜だって?
そんなことないと全否定する気はないが、俺だって実は行為の最中に気付いたのだ。少なくとも千年先まで『我々』の代理人を確保しておく必要があるどん亀が、俺の後継者を育てる計画をどう立てたかを。
不老長寿なんて、俺も期待して無かったよ。えへん、えへん。
俺も鈴佳と一緒に泣くべきなんだろうな。
「ばか、ばか、ばかぁー」
鈴佳はこぶしで俺の胸を連打していた。このところ俺も鍛えているから痛くもないが、理不尽である。将来の世界支配者の母親候補になったとは気付きもしないで、鈴佳は俺に八つ当たりしている。
一ヶ月ほど続けた肉体労働のお陰で、鈴佳の身体は最初のふにゃふにゃした感じではなく、しっかりとした動きをするようになっていた。俺としてはこんな反応ができる女の方が好みだ。
「も一回するか?」
「えっ?」
夜はまだ続くのである。
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次の朝俺が起こしてやると、鈴佳は自分の中で折り合いを着けたようで、俺の顔を見て無言で笑った。
だいたい独り身の男の所へ、キャリーケース一個しか持たないで転がり込んだ時点で、この結末は見えていたようなものである。
いたいけない少女を手籠めにした、とか言われても困る。
そこそこ顔はいいし、身体の相性も悪くないようだ。性格がアレなのは、どん亀の力を借りて矯正する。法的にもすでに結婚できる年齢だが、今のところ籍を入れるつもりは無い。
下手にそんなことをすると、いざという時の俺の弱点と見られる可能性があるから。
『いざという時』というのが、どういう時なのか、いまだに俺自身、分からないんだけど。
どん亀の報告では、やっと俺の預金額が一億を超えたそうだ。でもまあ、どん亀の計画している世界征服から考えれば、端金にもならないよな。
「現時点デハ、特別ナ興味ヲ引クヨウナ事態ハ避ケルベキデショウ」
どれだけ準備ができたら、『特別な興味』を持たれても良いのだろうか?
鈴佳は『普通の農家の嫁』になる決心をしたと言い出した。だが勘違いだ! 『普通の農家』なんて、こんなもんじゃないぞ!
家は農林水産省が言う副業農家というか、自家用の農作物しか作っていないから、本来はそれにも該当しない。元々は畜産業が主だった土地を相続して、地元の農業委員会も農地としての利用をそのまま認めている。もう何世代も家畜なんて飼っていないんだが、周囲に似たような農家が多数あり、認めておかないと辻褄が合わなくなるらしい。
所有する山林は一ヘクタール以上あるけれど、自家用の薪を切り出す以上の施業を行っているわけでもなく、林家とも言えないだろう。
ビームサーベルがあるので、これから間伐などの作業には手を着けるつもりだ。雑草の除去のため、羊でも飼ってみようか? うん、その内考えよう。
表向き俺の主たる収入源は、株式、債権、外貨などの売り買いで、個人投資家というやつだ。面倒な納税手続きなども含め、全てどん亀に丸投げしている。ネットで確定申告ができるからね。余裕だ。
ただ金融商品の売却益には、分離課税で二〇パーセントの税金がかかる。こいつは何とかならないものだろうか?
そんなことを考えていたら、どん亀が鈴佳を連れて東京へ行って来いと言い出した。おい、せっかく鈴佳が大人しくなったのに、刺激してどうする! 下手な相手に出会ったら、俺に対するリスペクトがかき消されてしまうじゃないか。
「大丈夫デス、今ノますたーナラ、都会デ出会ウ九九・九九パーセントノ人間ニハ太刀打チデキマセン。対等ニ戦エルノハらいおんカぐりずりーグライナモノデス」
「おいおい、買いかぶるなよ。あの熊に勝てたのは、俺がビームサーベルを持ってたからだぞ」
「人間ハ戦闘ニ武器ヲ使用スル種族デス。アレガ銃トカ槍デアレバ、ドウデシタカ?」
そう言われて考えてみると、何だか別の武器ででも勝てたような気がしてきた。でも、本当に勝てたのだろうかと考え込んでしまう。
「確カニ腕力ダケデアレバ、熊ニハ勝テナイデショウ。シカシ、闘イニ勝ツ手段ハ腕力ダケデハアリマセン。多様ナ手段ヲ利用デキル人間ニトッテ、アトハ意志ノ強サト、手段ヲ使イコナス能力ダケデス」
なるほど、戦う意志と力ということだな。でも殺し合いに生き残る能力、そんなものがあの大都会で何の役に立つと言うのだろう?
ん? 俺、何しに行くの?