◆31◆
家に着いた。
鈴佳には自分の分の買い物を部屋に持って行かせ、俺は食料品をキッチンに運び込む。生ものは急いで処理して、冷蔵庫と冷凍庫に振り分けなければならない。
魚類はたいてい発泡スチロールのトレーを外し、ラップで包むだけだ。塊で買ってきた肉は切り分ける。スライスした肉や挽肉も量目で分ける。それぞれラップして空気を抜き、冷凍庫へ。卵は尖った方を下に冷蔵庫へ。納豆、牛乳、チーズ、バターも冷蔵だ。
その後で、どん亀に尋ねる。
「留守中、何かあったのか?」
空気感が微妙におかしい。ボット・ドッグたちが吠えているわけではないが、違う動きをしている気配がある。
「侵入者ガアリマシタ」
「?」
「先ホドハ運転中ダッタノデ、報告シマセンデシタガ、犬タチヲ出動サセマシタ」
犬小屋やドッグランの扉は、遠隔で開閉できる。それに三メートル高のドッグランの金網も、ボット・ドッグなら飛び越えられた。
「何者だ?」
「うるすす・てぃべたぬす、和名ハつきのわぐま。百きろ超ノ個体デス」
「熊?」
「ソウデス。昼過ギニ私有地ニ入ッテ来マシタ。人ノ気配ガ無イノデ、畑ノ作物ヲ食ベヨウト近ヅイテ来タノデショウ」
自家消費用の畑の側には、台所から出る生ゴミを堆肥化するための容器も置いてあるしなあ。家のは何気に大容量だから、遠くからも野生動物が引き寄せられるんだよ。嫌気性微生物による発酵(腐敗)って、手間を掛けないで良い代わりに臭い(ぶっちゃけ悪臭)がする。
「殺したのか?」
「イイエ、犬タチニ追イ払ワセタダケデス。殺シタ場合、屍体ノ処理ヲドウスルカノ問題ガアリマスノデ……食ベマスカ?」
「えっ?」
「動物ヲ食用ニ解体スルのう・はうハ、アリマスヨ」
「ああ、六百年前の南アメリカだっけ?」
「大型動物トシテハりゃまヤあるぱかガ中心デシタガ、ぐりずりーヲ解体シタコトモアリマス。数デ一番多イノハてんじくねずみデシタ」
「えっ、ネズミを食べた?」
「今デモ南あめりかノ西側デハ、重要ナたんぱく源トシテ、食用ニ供サレテイマスヨ」
うーん、ネズミかぁ……家の生ゴミ堆肥化容器を開けると、時々中で餌をあさってるんだが、あれを食べてみたいとは、思わんなぁ。
「てんじくねずみハねずみトハ別ニ進化シタ種デ、草食デス。うさぎト似タ食性ヲ持ッテイマス」
あー、ウサギね。フランス料理だっけ?
「秋口ノ今ノ方ガ、熊ノ肉ハ美味シイハズデス」
そう言えば熊の話だった。それにしても俺、狩猟免許とか猟銃所持許可とか持ってないんだが。畑を荒らされる可能性を考えると、放置はできないな。下の村落にまで出没するようだと、警察とか猟友会の人間とかが俺の土地に入ってくることも考えられるし。
「どうやって仕留める?」
どん亀にそう尋ねてから、そう言えば俺は相当危険な道具を持っているのだったと、思い出した。
次の朝俺は鈴佳に家の掃除を言いつけ、散歩させるという名目で犬たちを連れ出した。一応、六頭全部にリードは付けてある。右手と左手に三頭ずつだから、見る人が見たらびっくりだ。
無論家から少し離れて林の中に入ったら、リードは全部外して背中のザックに入れる。代わりに取り出したのは、例のビームサーベルだ。
山歩きの服装をして、足元はトレッキングシューズで固めている。
上空から見張っているどん亀が、あの熊が再度俺の家に近づいていることを知らせてくれたのだ。
普通の猟犬とは異なるボット・ドッグたちは声を殺し、臭跡を探している。どん亀によると、このボットたちは心的通話で相互にコミュニケーションがとれるそうだ。電波ではないので、逆探知はできない。
それでこいつらは、何となく俺の心を読み取り、俺からも意図を伝えることができる。あれ? 俺って、犬並? 仲間なのか?
「ますたーハぼっと・どっぐノ群レノ、ぼすデス」
ふーん、そうなの。まあ、いいや。とにかく、ドッグたちが俺に、熊の気配を伝えてきた。木々の間には朝霧が立ちこめ、白いぼーっとした光が、その先を隠している。何も見えない、聞こえないが、その向こうだ。
犬たちに導かれて進んでいくと、ふいに立ち止まった彼らが、パッと散開した。ドッグたちの意図は、まだ姿の見えない獲物の進路を塞ぐことだった。互いの距離を広げ、どちらから進入してきても前を遮るためだ。
ザッザッザッザッと、緩斜面を駈け降りてくる音がする。人間なら藪漕ぎで難渋するような繁茂の中を、更地でもあるかのように走っている。笹竹、丈の高い雑草、灌木などをなぎ倒し進んで来る。
その時進行方向にいたボット・ドッグが跳躍し、空中で撥ね飛ばされたように見えた。だが瞬間、片足の爪で顔面を擦過し、目潰しを喰らわしたらしい。熊は「ウガッ」というような声を上げ、首を振ってよろめいた。
突進の力を減じられた熊に、俺は駆け寄る。ビームサーベルを起動し、振り上げる。
振り下ろす。
見えない刃が、熊の太い首を、一文字に切断した。




