◆03◆
気がつくと俺は宇宙船の中にいた。
光線を浴びて、「あ、何だか足が地面から離れてる」と思った後、ぼおっとした気分になった。
我に返って辺りを見廻すと、金属っぽい壁に金属っぽい床の場所にいた。天井は白い光を放っていてよく分からなかった。
雰囲気としては、前に秋田港で見学した大型の海洋調査船の機関室に似ている。機械油に似た臭いや、壁の表面が何となく粗く無骨に仕上げられているように見える所などが、そういう印象を深めた。
俺は周囲をキョロキョロ見廻したが、人の気配は感じられない。壁の向こうからは巨大な機械が動いているような振動が伝わってくる。俺が立っていたのは幅五メートルほどの廊下で、前と後ろのどちらもが十メートル程進んだ位置で曲がっており、その先は見えなかった。
ズボンの尻ポケットから作業用の黄色いクレパスマーカーを取り出し、俺は床に大きく『1』という数字を書いた。その側にまた大きく矢印を書き、その方向に歩き始めた。
廊下を歩いて何度か曲がると丁字路に出た。そこの床にはマーカーで『2』と右方向の矢印を書いて右へ進む。少し進んで左折するとそこは、大小様々で透明な直方体が積み重ねられている部屋だった。
大きさの違う無数のガラス水槽のような立体が詰め込まれている、その僅かな隙間を抜けた奥に、どう見ても干からびた人間の屍体に見えるものを、俺は発見した。
俯けに横たわっているその死体は、中南米のアンディス地方に住むインディオが着る貫頭衣を思わせる衣装を着ていた。でも何より特徴的なのは、横向きになっている前頭部が斜め後方に傾き、後頭部は後ろに突き出すように引き延ばされた形に、頭蓋が変形されていたことだ。
南米のマヤやインカのものが有名な頭蓋変形だが、人工的に乳児の頭蓋骨に手を加え特異な形に変えてしまう風習は、古代から世界各地に散見されてきた。紀元前七百五十年に生まれた古代ギリシャの詩人ヘシオドスの著書にも、このことへの言及が見られる。
その屍体はミイラ化して、大部分の皮膚が骨に貼り付いていた。俺はそれを見て、これが自分の末路ではないかと思い、全身の震えを抑えることができなかった。
だがその後、前に伸ばされた右手の先の床に小さな指輪を見つけ、興味を引かれた。
それは金属とも陶磁器とも硬玉とも思える質感で、薄い桜色をしていた。環の太さは三ミリあるか無いかで、非常に華奢に見える。拾い上げてみると輪の大きさも小さい。
全部の指を試した俺は、自分の左手の小指に、その指輪をはめることができた。
それから俺は、こんな得体の知れない物を、何の抵抗も無く指にはめてしまった自分に困惑した。そしてどこから湧き出てくるか分からない恐怖に襲われた。
慌ててその指輪を外そうとしてみた。だがどういうことか、それは左手の小指と一体化したように、そこから抜けてはくれなかった。
この指輪を外すためには、左手の小指を切り落とすしかなさそうだ。しばらくして諦め半分に考えた俺は、気を取り直して探索を再開することにした。
丁字路の反対側を調べようと方向転換した。そこで少しよろめいて傍にあった水槽の表面に左手をつく。カチンと指輪がその透明な平面にぶつかった次の瞬間、妙に落ち着いた声が心の中に聞こえた。
『コンタクト成功。認識デキマスカ?』
ん? 何だ、これは?
「コンタクト成立ズミデス。認識デキマスカ?」
幻聴、ではないと思う。音で聞こえているようには思えない。あれ、じゃあ幻聴、なのかな?
「幻聴デハアリマセン。心的通話デス」
あ? 『心的』通話?