◆26◆
あの後鈴佳は俺の制止を聞かず、調理用ワインを飲もうとした。犬の躾と同じで最初が肝心だから、拳固で頭を叩いてやる。ここは俺の家だ、勝手は許さん。
頭を押さえて「暴力反対、パワハラ反対、DV反対」と涙目で呟いている鈴佳を、俺はにらみ付けた。
「あのな、お前は俺の家族でも親戚でもない。俺と一緒に暮らす理由もお前にはない。だから俺には、お前を養う義務なんて無い。それでも俺と暮らしたいというのであれば、俺の要求には従って貰う。俺が主人で、お前は奴隷だ」
「お金さえ貰えれば、別に一緒に暮らす必要は無いんだけどー。それに『奴隷』って、そんなの人権無視だと思いますぅ」
「も一回言うけど、俺はお前に金を渡す気なんか、欠片も無い。そんな義理も無いしな」
「そこまで言う?」
「当たり前だろ。今俺がお前に「金よこせ」って言ったら、お前くれるか?」
「あたし? 何であんたにお金上げなきゃならないの? それにあたし、一円もお金持ってないし!」
鈴佳があわててポーチを押さえたところを見ると、小銭程度(?)は持っているのだろう。それとも本当は、もっと持っているのだろうか?
「とにかく、お前に金をやる気も貸す気も、俺には無い。その上で、帰るところが無いって言うんなら、飯ぐらいは食わしてやるし、寝るところを貸してやってもいい。でも、勝手は許さない。俺に養って貰いたいなら、俺の言うことを聞け。当然だろう?」
「だからって、『奴隷』なんて……」
口を尖らす鈴佳を、俺はもう一度にらみ付けた。
「契約だと考えてみろ。俺がお前を養う代わりに、お前は俺の言うことを聞く。な、ギブ・アンド・テイクだろ。人権とか言うけど、権利と義務は一体なんだぞ。それとも何か、お前はペットみたいに、一方的に養って貰うのが望みか? それなら家の玄関の外に、犬小屋でも作ってやろうか?」
「い、犬小屋! 家の外で?」
ショックを受けた顔の鈴佳に、俺はニンマリ笑いかけた。
「さっき契約だと言ったろう。ペット扱いして欲しいならそうしてやる。だが人権とか言って、人間として扱って欲しければ、自分の頭で考えて、相手の出す条件を検討してみることぐらいしろ。無理な条件だと思ったら、契約しなけりゃいい。その自由は、お互いにある。俺の出した条件が不満だって言うなら、明日の朝出て行けばいいのさ」
「ごちそうさま」も「おいしゅうございました」も言わないくせに、出された物はぺろりと平らげた鈴佳を風呂場の脱衣場に押し込んだ俺は、食器を手洗いしていた。
「ドウスル気デスカ、ますたー?」
「え、何が?」
「アノ女デス。チナミニ現在風呂場ハ、換気扇作動中デスノデ、視界良好。隠シかめらノ画像ヲ、ゴ覧ニナリタケレバ、だいにんぐノてれびニ送リマスヨ」
俺が返事をする前に六五インチの画面が明るくなり、当たり前だが裸で身体を洗っている鈴佳の姿が現れた。ふむ、若い、女の裸だな。胸とかはまあまあだが、ちょっと毛深いかな? いやこれ、どうやって撮っているんだ?
「もういい、消してくれ。それにしても、隠しカメラなんて、いつ設置したんだ?」
「家ノ改造ヲ行ッタ時、せんさーヤかめらモ配置シマシタ。浴室内ハ、鏡ノ裏ト、天井カラノ俯瞰ニナリマス」
「寝室のクローゼットの中に隠し階段を作って、家とその周囲にセキュリィティ装置を配置する計画の話はしたが、そこまでやるとは思わなかった。というか、どこまでやったんだ?」
「地下壕ヲ作ッタ時点デ、せきゅりてぃ対策ハ必須デシタ。備アレバ患イ無シデス」
「だから一体どれだけの監視カメラを設置したんだ?」
「家、納屋、地下壕ナドノ各部屋ニ、複数個ノ固定かめらヲ配置シマシタ。建物ノ上部ニ周辺ノ土地、特ニ道路ヲ監視スル望遠かめらヲ設置。地下壕ト地下道及ビ私有地内ニハ、固定かめらノ他ニせきゅりてぃ・ぼっとヲ巡回サセテイマス」
「セキュリティ・ボットって、俺にくれたスマホ型のあれか?」
「一番数ガ多イノハ、おおすずめばちニ偽装シタ空中機動型ノぼっとデス。コレハ主ニ道路ヲ外レタ周辺ノ土地ヲ巡邏シテイマス。総数ハ一千余リデス」
「オオスズメバチ型?」
「体長四せんち前後ノ昆虫デ、日本ノ蜂ノ中デハ最大級ノ大キサデアリ、国内ニ広ク生息シテイマス」
「でも、一千余りって、どうやって作ったんだよ?」
「外骨格構造体ノ主成分デアル強化きちんノ材料ハ、市場ニ流通シテイル商品ヲ海外発送デ購入シマシタ。購入困難ナ資材ハ、資源採取ぼっとデ主ニ海中カラ調達シテイマス」
「それって、大丈夫なのか?」
「捕獲サレソウニナッタ場合、爆散スルヨウ設計シテアリマス」
「いや、爆散って!」
「通常たいぷノ戦闘方法ハ、大腮デ噛ミ付クカ、毒針デ刺ス以外ハ、自爆攻撃シカアリマセン。元々探索ヤ追跡ヲ主目的トシテ設計シタモノデス。生物ノ身体ヤごむたいや程度ノ目標ニシカ有効ナ損傷ヲ与エルコトハデキマセン」
「そんなのが千体以上もこの周りを飛び回っているのか! 十分危険じゃないか!」
「平均密度デハ、半径数百めーとるアタリ一匹デシカアリマセン。毒ハ『巣箱』デ換装可能デス」
強化したキチン質の外装は、コスパの関係で材料を外部調達し、地下壕で製造しているそうだ。一方、内部構造はどん亀内部の工廠で作られている。このボットには別に、より危険な特注品もあるらしい。ただしそれらは汎用品と違い、せいぜい数体から数十体しか作られないという。
「人間型や番犬型のボットも作れるか?」
「ゴ希望ハ、めいど・ろぼトカどーべるまん・ぼっとトカ、デスカ?」
「いや、本物の人間や犬として違和感の無いものが作れるか?」
「研究ト試行錯誤ガ必要デス。新タニぷろじぇくとヲ立チ上ゲマス」
この頃分かったことだが、異星由来の超文明の産物であるどん亀は、ある意味(時間さえかければ)何でもできる知識や能力を持っている。しかし、何でもしようとする訳ではない。
俺に金塊や金貨をくれたのだって、何百年も昔に死んだあの男との経験から得た『人間とは黄金を与えることで関係を構築できる』という情報に基づき、選択しただけなのだ。
『金儲け』とか『サーバー・システムを作って社会に干渉する』とかいうのは、俺の願望を(必ずしも正しくではないが)先取りして選択した結果の行動ではないだろうか?
では一体、どん亀の選択の根底にあるルール、またそれを支えるバックグラウンドとは何か? どん亀は何を目的として俺に付きまとっている(?)のか?
俺の貧弱な頭脳で、この問題を追及しなければならない。そう思うと、頭を抱えずにはいられないのだった。




