◆24◆
「ふーん、お前いっそのこと、その爺さんの愛人になっちまえば良かったんじゃないのか?」
「えー無理無理無理! だいたい、あたし処女だよ! もったいないっしょ!」
ここにも処女信仰の信者がいたか! 確かに初競りのメロンとかマグロとか、初物に高値が付くことはある。しかしそれは生産者が丹精込めて育てたとか、漁師が人生かけて挑戦して釣り上げたとか、花も実もある一品だからだ。
多分『女』としての面白みであれば、誠次叔父に出会った頃のこいつの母親の方が、今のこいつの何倍も高値が付いたことだろう。
俺はゲスな人間だから、女を『物』として見ることに忌避感は無い。まあ、夢を持たなくなった、とも言う。いろいろあったんだよ。
「それで、俺にどうして欲しいと?」
「えっと、学費の援助を、それと住宅費や食費、服代や化粧品代なんかも出して欲しい」
「ん? 合格したとか言ったけど、入学金払えなかったんでしょ。学籍あるの?」
確かに大学には休学という制度はあるが、それは一度入学した後にしか利用できないはずだ。
「いや、その、来年また受験するから……」
「つまり、それまでの生活も面倒見ろと」
「……」
「何でそんなことして貰えると思ったの?」
「岡田さん、岡田誠次さんだったら、ママのこと話せば助けてくれると思った。一度は『お父さん』って呼べって言ってたから」
「それを拒否したのは、お前だろう」
「だ、だって、あの時は男と女のことなんか分からなくって、ママがどれだけ岡田さんのこと好きだったかとか、考えられなくって……」
ひねくれてると言われるだろうが、正直なところ、鈴佳の母親がどれだけ誠次叔父のことを『好き』だったかなど、今さら知りようが無いと思う。三十過ぎで独り身の子持ちの女が、五十代後半の男に惚れる理由? 『生活の安定』を思い浮かべるのは当然じゃないか?
叔父の方も、二年前に亡くなった原因である心疾患を、当時から抱えていたらしい。仕事を辞めるにしても、一人暮らしは不安だったろうし。
それじゃあ何でこんな山奥に、とは感じるが、ここは叔父の育った思い入れのある場所だったようだからな。ここで余生を送るのが、叔父の望みだったのだろう。
母親がスナックのオーナーとどんな関係だったかだって、鈴佳がされた提案を考えると、いろんな想像ができる。それに、娘に最後に語るのは『いい思い出』になりがちだろうしな。
「いざとなったら、覚悟を決めてきたから! あたし、ママ似の美人だって言われてたし、ずっと若いし、拒否される理由無いから!」
いやお前、腕組みして言うその自信は何なの? 誠次叔父にも選択権ぐらいあったと思うぞ。
「俺は誠次叔父じゃあないし、お前にもさっきまで会ったこともない。お前に何の義理も無い」
「いや、あんたは誠次さんからこの家を受け継いだじゃん! それなら……」
「お前やお前の母親との関係まで受け継いじゃあいない。それにお前の話だって、どこまで本当か、分からないし」
「そんな、酷い!」
「どこがだ? 第三者が聞けば、いきなり見ず知らずの俺に、そんな要求をするお前の方が非常識だと言うと思うぞ」
「誠次さんが死んで、あんたがここに住んでいるってことは、遺産とか受け継いだんでしょ。だったら、あたしにだって少しぐらい権利があるわよ!」
いったい、どんな権利なんだ? こいつの言っていることはメチャクチャだ。言ったもん勝ち、とか思ってるんだろうな。ありがちな馬鹿女のタイプだ。言ったことに責任を取る気は、全然無い奴だ。
「この建物は相続したけど、金は相続税とかで無くなる程度しか貰ってない」
「そんなはずはないから! ママには『生きてる限り、お金の苦労はかけない』って言われたって聞いたわ!」
「そりゃあ、『自分が生きてる間は』って意味だろう。叔父は最後はかなりの役職に就いてて、相当な額の企業年金を受け取っていたらしいからな。一緒に暮らし出したら、ここではたいして生活費もかからないから、その間貰った金を貯蓄して、あんたのママに遺すつもりだったんだろう」
「その年金のお金はどこへ行ったのよ? 七年間もあったら、相当貯まったはずよ!」
「叔父は結局、遺す相手もいないってことで、使っちまったらしい。無理もないと思わないか?」
原因を作ったのはお前だからな。そう指摘されて、今度はどう切り返そうかと迷っているようだ。表情があれこれ変わりすぎ! でもこれ「黙ってしまったら負け」とか、考えてないか?
「だったら、あんたはどうやって生活してるのよ?」
「説明する義理も無いけど、俺は二年ほど前まで会社勤めしてた。この家を相続したのを機会に、仕事を辞めて、それまでの貯金で暮らしてる」
「えっ、無職なの! ニート? 引きこもり?」
「この辺は家さえあれば、生活費は安いからな。少しの蓄えがあれば、結構生活していける」
「じゃあ、その貯金の中から、あたしにお金貸して下さい。取りあえず百万でいいです」
「返すあては? そもそも、俺がお前に貸すメリットは?」
「えーと、この身体が担保、とかいうのは、どう?」
「あの、『利息は身体で支払う』とか言うやつか?」
「うん、あたし処女だよ」
「信じられるか!」
「ほ、ホントだよ!」
「だいたい、こっちが金欲しいくらいだ」
「あたし、そんなに魅力無い?」
ショックを受けているふりをしているが、本気さが感じられない。さっきの提案だって、覚悟があって口にしたわけではないだろう。いろいろ言ってみて、何とか金を引っ張り出そうという甘い考えが見え見えだ。