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227/227

◆227◆

 まだ俺たちは襲撃されたオックスフォードの宿屋にいた。デルタフォースだという黒服の男たちの指揮官、ヘロルド隊長(キャプテン)が、ここから出ることを許してくれないからである。


 黒く塗装されたシボレー・エクスプレスやリンカーン・ナビゲーターに分乗し、黒服の男たちが宿の周辺に集まってきた。


 十数人の男たちの存在は護衛と言うより、俺たちを足止めするためにしか見えない。武装した黒服の大男たちが、大勢で宿の周辺を取り囲んでいる。たとえ彼らの眼が外側に向けられていても、それを見れば萎縮せざるを得ない。無言のプレッシャーというやつだ。


「お手数ですが、ヘリのチャーターはキャンセルして下さい、ミズ」


 そう言われて桃花は、「どうします?」と問い掛ける視線を俺に向ける。


「部下の女性たちを人質に取られては……逆らう訳にはいかないだろう?」


 肘掛け椅子に背を持たせた俺がそう言うと、ヘロルドはにこやかな表情で首を振る。


「あなたたちの安全を考えての助言です。人質なんて、とんでもない誤解というものです」


 こいつの鼻に一発喰らわしてやりたいが、目下の状況ではそうもいかない。


「それから、そのハンドガンを預からせて下さい。後からある人物がここを訪れる予定です。そのゲストがここに居る間だけですので」


「誰だか知らないが、そいつは余程の重要人物なんだな」


 慇懃無礼を絵に描いたような態度だが、クサくない辺りで抑えているところにヘロルドの知性がうかがえる。いかにも女性にモテそうだ。しかし、こいつは危険な人間なのである。まあ危険なのに礼儀正しく感じさせるから、女はハラハラしながらもその距離感をセクシーだと感じるのだろう。


「社長、良いのですか?」


 桃花が椅子の後ろから俺の肩に手を掛け、確認した。何と言っても秘書である彼女の雇用主は俺だ。


「ああ、仕方ないだろう?」


 さっき俺が「そいつ(ヒー)」と言った時、ヘロルドは訂正しなかった。だから多分その人物は男性で、アリス婆さんではないだろう。彼女の上司の可能性が高いが、大統領(ランフ)なら、こんな地味な場所で俺に会おうとはしないはずである。


 桃花がスマホを取り出し、ヘリのチャーター・サービスを呼び出した。相手はもう離陸したと言っている。


「引き返すように言って欲しい。間もなくこの周辺には飛行制限が掛かると」


 ヘロルドがそう言うのを聞いて、俺は訪問者(ゲスト)が誰だか、予想がついた。


対戦車ミサイル(アルムブラスト)で穴を開けられた車両は、片付けたのか? 拙いだろう、副大統領(コーリー)に見られちゃ」


 皮肉を込めてそう言うと、ヘロルドは俺のGlock19を持ったのとは反対側の手をひらひら振りながら出て行った。余計なお世話と言う訳か。うん、これで相手はコーリーに確定だ。


 田中と甲斐を連れた岡女史が、いつの間にか二階から降りてきている。聞き耳を立てていたんだろう。


 副大統領相手の交渉は、いくら非公式であったとしても、岡女史(おばちゃん)には荷が重かろうさ。地位(ステータス)の格差は、官僚にとって大問題だ。国務副長官(アリスばあさん)だって国務省の№2であり、身分上かなり格上なのである。


「どうする? 相手はコーリーだぞ」


「そうね、同席させて貰って良いかしら? 助言者(アドバイザー)として」


 肝の据わった女である。俺は民間人だからある意味フリーハンドだ。しかし何の権限も与えられていない彼女は、日本政府代表として米国側と相対する訳にはいかない。それでもこの件で蚊帳の外に押しやられることは、今後を考えると避けたいのだろう。


「……助言者ね?」


「日本国民と日本の企業に絡む問題ですからね。利益を保護するために私たちが配慮するのは、当然でしょう」


「それは俺にとっての利益ということで良いのかな? それとも日本の国益という意味なのか?」


「この際、無駄な議論は止めましょう」


 おざなりな態度で、岡女史がそう(のたま)った。俺はその程度の扱いか。俺が機嫌を悪くしたら、どうするんだ? 俺って、相当見くびられているらしい。


「あんたが立ち会うことで、俺にどんなメリットがあるんだ?」


「孤立無援で立ち向かわなくて済むわ。ああ見えても、アリスはかなり手強いわよ」


 副大統領(コーリー)が出てきても、結局裏で牛耳っているのはあの婆さんか。だが協力関係にあるように見えて、アリス婆さんと岡女史が同床異夢であることがこれではっきりした。


 これは日本側が持つ俺に関する情報の一部が、米国に対して意図的に隠されているだろう事も示している。


 何と言っても、俺の提供しているレールガン・シップやハーネス・システム等の装備(メカ)を実際に運用しているのは自衛隊員なのだ。従ってたとえ断片的ではあっても、この事に関して最も多くの情報を握っているのは、当然日本政府なのである。


「合衆国側に、どんな手札を(さら)して見せた?」


 俺は田中と甲斐をにらみながら、岡女史に尋ねた。


「それは当然、確定情報の全てよ」


「何だって?」


 何をしやがるんだ、この女は!


「だから、未評価の情報については、一切伝えていない。例えば、あなたがこの件に関してどの程度の影響力を持っているか……とかはね」


 国家に独占的に専有されるべき自衛隊(軍隊)という名の暴力装置に対して、たとえ部分的にであっても、特定の私企業が影響力を持っている等という情報(こと)は、絶対に隠蔽する必要があるだろう。


 そんなことが知られれば、日本はまともな国家としての体面を取り繕うことができなくなる。しかしそれだからこそ、この女は俺が日本の法の庇護下には置かれない人間と見なしている訳だ。つまりいざとなれば、国家権力は俺を抹殺することをためらわないだろうと。


 馬鹿な女だ。万が一日本という国家が俺に対して牙を剥くようなことがあれば、俺には逆にその喉元を握り潰すだけの力がある。時代は国家を超える権力(パワー)を既に産み出しているのに、こいつら官僚の心は過去に囚われたままだ。


「済みません。岡さんに出口さんや大河内さんのことを問い(ただ)されまして……」


 口パクで「壁に耳ありだ!」と、弁解し始めた田中の言葉を、俺は途中で遮る。ここは盗聴(モニター)されている前提でいろと、耳を押さえながら壁を指差した。


 多分こいつら、おばちゃんの誘導尋問に引っ掛かったのだろう。どこまで話したか知らないが、二人も知らないことまでは喋れないはずである。


「レールガン以外にも、いくつか小ネタがあるそうじゃないの。良いわね、とても良いわ」


 わざと声に出してそう言って、ニンマリと笑うおばちゃんの表情は、幾分サイコがかったものを感じさせた。ちょっと背筋が寒いぞ。


「その話を持ち出す気なら、同席はお断りしますよ」


「うーん、そうね。まだ具体的に話す時期ではないわね。得体の知れないままでいる方が、今は都合が良いですものね」


 おい、(ぬか)に釘かよ! そもそもこいつは、何を言ってるんだ? そう思ったら、顔に出たらしい。


「あら、分からない? どんな新兵器にも、必ずメリットとデメリットがあるでしょう。核爆弾のような圧倒的な兵器でさえ、使える場面は限られている。正体を知られたら、必ず相手は対策を産み出そうとするもの」


 確かに、“万能の兵器”などというものは存在しない。適材適所で活用しなければ、反って自分たちの足枷となり自滅の原因となりかねないのが、兵器というものなのだ。


「政治と軍事の関係もそう。何をするか分からない怖さというのが、一番効果的な抑止力になるの。軍事の世界では、見くびられたらお終いよ」


 これがこいつの本音か! 狸だと思ったら正体は大入道だった、みたいな感じだ。こんな化け物の相手は、生半可な日本の官僚では勤まらないだろう。


「今では日本の自衛隊は、無駄なところに予算を投入する見かけ倒しの軍隊と見なされている。兵隊がどれだけ真面目に訓練を重ねていても、実戦に投入できる弾薬の備蓄が精々数日分しか無いと知られていてはね」


 防衛に関与する有能な官僚として見ると、岡女史の考えは理解できないでもない。現在の日本の国防上の立ち位置というのは、「努力をしていれば誰かが助けてくれる」と信じるような他力本願で、あまりにも素朴で馬鹿正直なものである。だから彼女にしてみれば、歯がゆくて仕方がないのだろう。


「今時、“単独で戦える軍隊”を持ちたいなんて、望んでいるんじゃないだろうな?」


 この時代、世界の軍事関連企業トップ百の内四十二社を自国のブランドが占め、世界第二位の中共の四倍近い軍事・防衛費を支出している米国でさえ、単一国だけ(スタンドアローン)で“戦争”を行うのは難しいのだ。


 俺の感想としては、「何を血迷っているんだ、子どもじゃあるまいし?」というだけである。まさか真面目過ぎるばかりに、彼女がこうなったとは思わなかった。


「当面の仮想敵国が核を持つ軍事大国の中露である時点で、そんなわけ無いわよ。ただねえ、この二人の話がいくらかでも本当なら、日本の立ち位置を変えることができると思うのよ」


 無理も無いことなんだが、俺がテーブルに並べている札の価値を、岡女史は読み間違えている。根本的なところで、俺の背景が理解できていないからだ。


 彼女は俺が提供できる兵器の性能を、かなり低く見積もっている。つまり実際の性能より高く見せかけることで、俺がそれを正当な価格そんなものがあるとしてだが以上に高く売りつけようとしていると思っているのだ。


 俺を単なる利潤を求める企業家として見て、現在までの科学技術の延長線上に六角グループの製品開発力を想定すれば、そう考えても不思議は無い。


 「謎の天才科学者を擁する新興企業が、兵器製造部門でも新たなパラダイムを切り拓く」などというセンセーショナルな表現は、いかにも陳腐化した企業広告の煽り文句である。有能な官僚である彼女が、そんな話を丸呑みするはずがなかった。


 いっそ岡女史も“仲間”に入れてしまおうか? ああ、だが女を“洗脳”すると、結果は(ろく)なことにはならないんだよな。鈴佳と山城智音という過去の事例を思い返して、俺はそう考えた。女性差別だって? そうかもしれない。


 まあ同時期に“洗脳”したランドグレンだって、成功例とは言えない。出口司令や大河内、それに田中と甲斐は……微妙だな。彼らは元々突出した専門性を人格の一部としていたせいで、洗脳後の人格変容があっても周囲に同一人物と認定されることができた。


 山城智音は秘密工作員という職種とランドグレンとの関係性により、その点をクリアしている。鈴佳は洗脳前後に直接関わりを持っていたのは俺だけ……いや女性であるという理由を除いても、岡女史を“洗脳”するのはどう見ても高リスク過ぎる。このキャラクターが変化したら、どうしたって気付かれずには済まないだろう。


 そして厄介なことに、岡女史にギアスを施したとしても、その拘束がどれだけ効果を持つのか、疑問である。いや彼女のような性格では、ギアスのもたらす忠誠心が予想外の行動に繋がる可能性も低くない。彼女が“有能である”ことを考慮すると、そんなリスクは冒せない。


 俺がそんなことを考えているなんて知るわけがない岡女史は、最後に全てを吹き飛ばすような言葉を、俺に投げつけた。


「だからレールガン・シップの艦隊をお披露目して、日本の武威を世界に知らしめましょう。アレを国外に出すわけにはいかないから、今年の十月に行われる航空観閲式での飛行展示、編隊飛行が良いと思うわ」


 自衛隊の観閲式・観艦式は陸空海の三つがローテーションで三年に一度ずつ、自衛隊の創設を記念する記念日行事の一環として行われています。開催目的は「自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣(観閲官)の観閲を受けることにより、自衛隊員の使命の自覚及び士気の高揚を図るとともに、防衛力の主力を展示し、自衛隊に対する国民の理解と信頼を深める」とされています。なお関係者のみの見学となっており、航空観閲式実施の年は百里基地航空祭(一般開放)は行われません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公がおばちゃんの相手を律儀にしてるのが… 別に主人公にとって国防案件は重要じゃないだろうし、じゃあ全部捨てるわって出来る側なのに律儀に相手しすぎな気もする。 ドン亀っていうチート抱えて戦…
[良い点] おばちゃん、本当図々しいな・・・。 実際、たまにこう言う人は居て、大抵仕事とかの立場上、 関係を切れない位置にいる人が相手をしてあげてるんだけど・・・、 主人公の場合はそう言った縛りが無…
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