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225/227

◆225◆

「それはミズ・ハーマン、というか合衆国政府に聞いて欲しいですね。ついでに六角(うち)で呼んだ人間がどうなったかも、知りたいところです」


 俺は冷たく、岡女史(おばちゃん)に言い返した。少なくとも、あんたに責められるいわれは無い。


「あなたは、あの黒服たちが米政府から送り込まれたと言うの?」


 まだ情報不足で、ピンとこないんだろうな。だから日本の外交官(官僚?)は、極楽とんぼだと言われるんだ。


「さっき甲斐くんが言ってましたが、恐らく彼らは現役のデルタフォース(1st Special Forces Operational Detachment Delta)です」


「陸軍の特殊作戦コマンドじゃないの! 合衆国特殊作戦軍隷下つまり、大統領府直属と考えていい。そういえばあなた、ランフ大統領に睨まれていたんだったわね」


 米軍の命令系統を(そら)んじているのはさすがだが、そんなに嫌みったらしい言い方をしなくともいいだろう。気分を害した俺は、おばちゃんを相手にする気が失せた。


「桃花!」


「はい、何でしょう、社長?」


「うちの連中に脱出の準備をさせろ。動きやすい服装、持って行けるのは財布とパスポートにスマホぐらいだ。他の荷物は置いて行かせる。無事切り抜けられたら、後で回収させよう。五分後に、下のラウンジに集合だ」


「分かりました」


 桃花は有能だ。任せて良い。


「ちょっと、社長! そんなに差し迫っているの⁈」


 あれ、おばちゃん、焦ってる? それとも疑っている?


「さっきの爆発音が聞こえなかったんですか? 9.11以来、みんな認識を改めたはずです。米国本土にだって、テロ攻撃はありえる。日本人だって、標的になるんですよ」


 その時、窓の外から銃声が聞こえた。俺はエマージェンシー・バッグからGlock19を取り出し、クリップホルスターで腰の後ろのところでベルトに付けた。マガジン一個をポケットに入れる。


 ついでに脳内のナノマシン群に語りかけ、そいつらもエマージェンシー・モードに切り替えた。


 準備運動も何も無しだよ、クソッ! 後で色々大変だ!


「桃花! 二階で待機しろ!」指示を訂正する。


 階段を駆け下りると、MK16を構えた男が外からドアを蹴飛ばして開け、ラウンジに飛び込んで来た。そいつは正面に立って待っていた大城由唯と千葉華子を見て、銃を向ける。


 俺は拳銃を抜いて、男の額に二発を放った。続けて入って来た奴には喉頸部に二発。


 唇に指を当て、大城と千葉が悲鳴を上げかけているのを制止する。それから身振りで、身体を低くするよう指示した。


 窓際に身を寄せて、外を覗う。駐車場の高機動車(ハンビー)の横に、黒服二人の身体が変な形で横たわっている。その側にしゃがみ込む革ジャンの男。何かしらの武器を、地面に置いて、倒れた二人を確認していた。


 路上に停めてあるヒュンダイのピックアップの陰から駈けてくる二人。H&KのG36(じどうしょうじゅう)とコルトのM4カービンを持っている。


 ここまでで俺の最初の発砲から、三十秒経っていない。


 素早くドアを抜け、アプローチに走り出す。向かってくる二人は、俺がハンドガンしか持っていないと見て取ると、余裕の態度で銃を構えた。互いの距離がまだ、二十メートル近くあったからだ。


 普通ならどう考えても、拳銃のレンジではない。どちらが持っている銃でも、一連射で俺を片付けられると判断したはずだ。だが突然「ガッ!」と声を漏らして、一人が倒れ込む。続けてもう一人も。


 俺が宿の戸口を出てからここまでで二秒。更に一秒後、五メートル前進した俺は、倒れる途中でこちらに丸見えの二人の頭蓋に、二発ずつ弾丸を撃ち込む。


 俺の引き延ばされた時間の中で、最後の男が武器を取り上げ、こちらに向き直ろうとしていた。ステイアーのTMP、玩具みたいな外見だが、それなりに危険な短機関銃である。しかし俺が発砲する前に、奴の右手の指がはじけ飛ぶ。俺は間を置かず、頭部に二発撃ち込んだ。


 ここまで俺は十発撃ったが、まだ残弾は五発ある。けれども近づいて来る車のエンジン音を耳にして、俺は弾倉を交換した。これで交換無しに、あと十六発撃てる。


 素早く宿の中に、撤退だ。


 ところが裏口から侵入した誰かが、中で待ち受けていた。ダイブして床に転がる。カウンターの陰に潜り込もうとして、相手が黒い防弾ベストを着けているのに気付く。


 襲撃してきた五人は、それぞれまちまちな服装だった。この黒服は、ロスの警備会社から派遣されたとやって来た連中のお仕着せ(ユニフォーム)だ。よく見ると、キャプテン・ヘロルドである。その背後に、大城と千葉の二人がしゃがみ込んでいた。


「待て! 撃つな! 味方だ! 銃を下ろせ!」相手が叫ぶ。


「そっちが下ろせ! そしたら出て行く。 言っておくが、銃は手離さんぞ!」


「OK、OK。俺たちはあんたを守りに来た。撃つつもりなんて無い。大丈夫だ。OK?」


 ヘロルドがH&KのMP5(たんきかんじゅう)を少し掲げ、それから床に置いたので、俺は隠れていたカウンターの陰から姿を現し、相手を見つめた。右手のGlock19は手放さず、腕を下ろして銃口を床に向ける。


 相手が銃を下ろす前に掲げて見せたのは、セレクターレバーがセフティになっていることを示したのだ。敵意は無いという意味だろうが、完全に信用することなどできない。


 ヘロルドは両手を掲げて、無手であるとアピールする。拳銃を握ったままの俺と対面していて、大した度胸だ。


「さっきも言ったが、俺たちはあんたらをガードするために来た。襲撃してきた奴らは排除したから、もう安全だ。信用してくれ」


 奴の後ろにいる大城と千葉が、少し緊張を解いたことが分かる。気を抜くのが早い。この場で、釘を刺しておく。


「奴らに俺たちがここに居るという情報を売ったろう!」


 ヘロルドは口元を引き結び、それから緩めた。後ろにいる二人は、ビクッとして奴の背中を見る。


「何のことかな?」


「俺の依頼した警備会社が派遣したのは、五人だけだそうだ。さっきロスに電話して確認した。あんたたちは全部で何人いる?」


「たった五人じゃ、心細いだろうと心配した人間がいるんだよ。良かったじゃないか。俺たちが片付けた人数だけでも十五人はいた。それにアルムブラストなんて言う代物を持っていた奴もいる。お陰でこっちの車両だけでなく、人員にまで被害が出た。あんただけの手に負える相手だったとは、思えないね」


「感謝しろと? そっちは完全に奴らを罠にはめる計画で、俺たちを(えさ)にした。奴らが入国したのは何日前だ? まるで、税関を通って真っ直ぐここへ来たみたいだな」


 ヘロルドは俺を見て、誤魔化しは無駄だと素早く判断したようだ。開き直った顔で、ニヤリと笑う。


「まあ、そう言うなよ。これが一番効率的だと、あんたも分かっているだろう。あの人数で散発的なテロ攻撃を続けられたら、いつかは被害が出る。俺たちゃ、一番犠牲が少なくて済む方法を選んだだけだ。まあ、まさか対戦車兵器(アルムブラスト)まで持ち込むとは思わなかったがな」


 アルムブラストはドイツのMBB社が開発した、対戦車擲弾発射機だ。口径は六十七ミリで無誘導、使い捨ての無反動砲で、最大三百ミリの装甲を貫通する能力がある。現在では製造ライセンスがシンガポールのSTキネティックス社とベルギーのPRB社に売却されており、東南アジアではまだ現役兵器として使われていた。


「あんたらの誤算でそっちに怪我人が出たのは、こっちの責任じゃない」


 そこまで話した時バックヤードに通ずる廊下から、銃を持った黒服の男が入って来た。髭面のそいつは、俺がGlockを握ったままなのを見て、ギョッとしたようにその銃を持ち直す。おいおい、ブッシュマスターACRかよ。レミントン・アームズじゃないよな。こいつら、何でこんなまちまちな銃器(どうぐ)を持っているんだ?


「大丈夫だ! 心配するな! クライアントが自衛手段を手放したくないと望んでいるというだけのことだ」


 ヘロルドが俺に銃を向けようとする髭面を制止する。


「自衛手段、ですか? そのお客様(クライアント)は、随分な手練れのようですな」


「どういう意味だ?」


「外に倒れている奴らですが、三人とも全部見事なヘッドショットで、二発以上喰らっています。しかも、タイニィとビッグジョンの銃には、発砲した形跡がありません。反撃する間もなくやられたようです」


「何だと?」


 俺をジロリと睨んでから、ヘロルドは床に倒れたままに放置されている襲撃者の屍体の方に歩いて行く。


「なあ、この二人を二階に上げたいんだが、いいか?」


 顔色を悪くしている大城と千葉を俺が指して尋ねると、ヘロルドが振り返りもしないで手を振る。承諾と見て俺は二人に、上にいる桃花の所に行って待つように指示した。


「片方は頭蓋部に二発だが、こっちは首に二発だな。一発じゃ、こうはならん。あんたの武器は九ミリのルガーだな。ふん、良い腕だ。あんた、どこで近接戦闘(CQC)の訓練を受けたんだ?」


「CQC? 銃を撃った訓練なら、グァムの観光客向け射撃場だな」


「馬鹿な! お遊びでこんな芸当ができるものか! 五対一でパーフェクト・スコアだと! おまけにあんたは、怪我一つしていない。あんた、不死身のターミネーターか何かなのか?」


 困惑と不審に、ヘロルドの表情が不機嫌なものになる。辺りを見廻し、他の解釈が無いか考え込んだ。うん、生憎だな。その“何か”の方だ。


「テッド!」


はい(サー)隊長(キャップ)


「宿の中を家捜しさせろ。他に武装している者がいないか、確認だ。銃器を発見したら、最近発砲した形跡がないか調べろ。お前だったら、判別できるだろう?」


「サー。チームの者なら、誰でも臭いで分かります」


 つまり俺に支援者がいなかったか、確認させようというのだ。残念だなキャプテン。何も見つからないよ。


 俺は未来から来たロボットではないが、ちょっとした“何か”だ。


 俺にはちょっとしたチート、戦闘用のブースト・モードと、周囲の環境に溶け込んで“視えない”ガードシステムの支援がある。


 脳内でスイッチを入れると、俺はゾーンに入る。こいつはどん亀と出会った後に、奴と心話による不自由な対話をしながら、俺が構築したものだ。


 ホルモン分泌と自律神経系の調整、動体視力・反応速度の加速、骨格筋のパワーアップ等々。それらを俺が摂取したナノマシンが僅かずつ底上げすると、トータルでは“ちょっとした”生体兵器が生まれる。


 また俺は、どん亀が歩兵ボット設計のために収集した戦闘パターンのリファレンスファイルを利用できた。世界中の軍隊の訓練と実戦をモニターして作成されたものだ。それで構成した動作をなぞれば、プロと同じ戦闘が可能になる。


 ただしこれは火事場の馬鹿力みたいなもので、短時間しか利用できない。俺の身体構造は、この超人的能力の常時使用に耐えられるほどは、強化されていないからだ。あまり長くこの状態を続けると、反動でダメージが残る。


 それから不可視の支援システムの方だ。宿の外に出た時俺に銃を向けた二人の膝を撃ち抜き、最後の男の指を弾き飛ばしたのは、重さ数グラムの昆虫(バグ)型ボットである。こいつは構造体内部のパーツを瞬時に気化させ、高熱のガスとして尾部から噴射することができた。つまりは小さな質量ロケット弾なのである。


 昆虫型ボットは支援システムを構成する要素の一部に過ぎない。何種類もの仕掛け(ガジェット)の集合によりこのシステムは構成されており、ある意味で俺自身も、その構成要素なのだ。


 戦闘の途中で、相手の持つ武器の情報が入ってくるのもこのシステムの機能の一つである。まるで、ゲームみたいな仕様だろう?


 ヘロルドが俺を改めて見直すという顔で、()めつ()めつ眺めている。それから口を開いた。


旦那(ミスター)、あんた何者だ?」


そっち(ユー)と同じさ。銃の弾を避けることはできるかも知れないが、大砲の弾が飛んできて丸ごと吹き飛ばされれば跡形も無くなる。ただの人間だ」


「違いない」


 ちょっと考えてから眉をピクッと動かして肩をすくめ、ヘロルドはそう言った。


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[良い点] シティーハンターだ、いいね
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