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米国の現政権は、数年以内に予想される台湾侵攻を遅滞させるために朝鮮半島で動乱を引き起こし、中共の軍事経済的資源を一時的に枯渇させようとしている。
元々中共側は、その時に北の主席の爆殺を計画し、北の軍部を暴走させる準備を進めていた。台湾侵攻のタイミングで北の軍人たちを南に攻め込ませれば、それに対処しなければならない在日米軍と自衛隊は、台湾防衛どころではなくなるはずである。
だがホワイトハウスはこの中共側のプランを逆手に取り、早期に暗殺計画を暴発させることで、中共に北朝鮮への進駐を余儀なくさせることを考えた。一度そうなれば、中共は人民解放軍を一気呵成に朝鮮半島南部にまで侵攻させざるを得ないだろう。
中共は混乱を抱えた北の難民が国境を越えて中共側に流れ込むのを、座視している訳にはいかない。そして中韓の長い国境に壁を築くより、北に進駐して全体を抑える方が効率的だ。しかし、北への進駐だけでは軍事行動の採算が取れないのである。
北を占領し軍を駐留させれば、中共はその地の民生を維持するため、膨大なコストを負担しなければならない。だが北にあるのは鉱物資源ぐらいで、それで何とかなるなら北があんなに貧しいはずがないのだ。
それに国境を越え南側に攻め込んだ北の軍人たちの処遇も問題だ。彼らには後方からの計画的な兵站など望めないのだから、略奪に頼らざるを得ない。切羽詰まった彼らは餓狼のように民間人に襲いかかり、南側は悲惨なことになるだろう。
そう考えると北に進駐した後、人民解放軍は混乱状態にあるはずの南に進み、撤退した米軍が帰ってくる前に占拠してしまうしかない。むしろ北の軍隊を再組織化し、南の占領に活用しようとする可能性が高い。その方が、危険な暴力組織を北側に置いておくより安全で好都合だ。そして南の資産を接収するためにも。
統一を求める同じ民族同士が、奪い合い殺し合うことになるが、北と南の貧富の差は、それを正当化するだろう。自分たちにできない贅沢な暮らしを送っている同族を見て、妬ましく感じずにいられるだろうか? 「一つになるなら、生活も平等でなくてはならない」というのは、ある意味正論だ。
中共は南朝鮮の全資産を収奪するまでそこに居座り、併合するか属国化するかだ。「毒を食らわば皿まで」と言うではないか。
合衆国の方は、この太った龍がそれで飽食し、動きを止めることを期待しているだろうが、それは望み薄だ。しかし少なくとも、時は稼げる。
秦の始皇帝にも例えられる中共の現主席はもう若くなく、歳月は貴重だ。数年の差が勝敗を逆転する鍵となるだろうという計算結果を、米国のシンクタンクは弾き出した。
北朝鮮軍が三十八度線を超え南側に侵攻してもしばらくの間、米国は朝鮮半島への介入を控えるはずだ。もしかすると人民解放軍が南側に入っても、まだ朝鮮海峡を越えようとしないかも知れない。
朝鮮、ベトナム、カンボジア、ラオス、レバノン、グレナダ、パナマ、イラク、クウェート、サウジ、ソマリア、ボスニア・ヘルツゴビナ、ハイチ、セルビア、アフガニスタン、ケニア、リビア、ウガンダ、シリアと、アメリカ合衆国は一九五〇年以降世界各地で栄光無き戦いを繰り返してきた。
過去の苦い経験から彼らが、直ぐ近くのパナマ辺りならまだしも、本土から遠く離れた国のために自国の若者の血を流すのは止めたいと考えるようになっても、不思議はなかった。七十年以上かけて米国は、直接戦争をするのは損だと学んだのである。
まあ戦争は金になるから、悪漢役の勢力を責め正義の味方を装って、武器や生活物資を支援という形で送り込んだりはする。そうすれば戦争は長引きもっと儲かるし、体裁も良い。非戦闘員を残虐に痛めつけ、平和な暮らしを破壊する悪辣で卑怯な奴らを、安全な場所から糾弾するのも、自分たちを正当化し優越感に浸ることのできる上手いやり方だ。
できるだけ自分たちの血は流したくない。汚れ仕事は他の国の人間にやって欲しい。当たり前の考えである。例えば人種の坩堝である合衆国には米国籍を持ち韓国にルーツを持つ人たちが百七十万人以上いるが、果たして彼らのどれだけが米軍の派兵を支持するだろう……あれっ?
桃花の言う通りだ。米国のこのプランの、どこにレールガン・シップが関わって来るんだ?
事が起こってしまえば、中共には南北朝鮮を呑み込んでしまう以外の選択肢は無いのだ。自分の仕掛けた罠に自ら突っ込むしかない。少しでも損失を取り戻すには、南を併合してしまうしかない。何と言っても軍隊を動かすには金が掛かるから、損切りをするためにはそうするしかないのだ。
結局プレーヤーとしては米国の方が狡猾で、一枚上手ということだ。これって、米国の一人勝ちじゃないか! どこに俺の(レールガン・シップの)出る幕がある?
そうか! やはり米国の政権は、朝鮮半島へ再上陸する時のことを考えているんだ。仁川上陸の奇蹟、クロマイト作戦の栄光をもう一度というところか。
いくら中共をハメるためとは言え、米国として一方的にやられっぱなしというのでは面子が立たない。国際的にも幅が利かなくなるというか、発言力の低下に繋がる。つまり中共に、一発ガツンと喰らわしておく必要があるのだ。
「社長、黙ってしまわれましたが、どうされたんですか?」
「ん、いや」
俺は桃花を誘って、宿の正面一杯に設けられたベランダ、そこに置かれた談話用のテーブルに向かう。母屋からせり出した白い屋根の上が、二階のバルコニーになっている。それが陽が高い今は、日差しを遮っていた。
近寄ってくる人間がいないのを確かめてから桃花を席に着かせ、話し出す。
「なあ桃花、北と中共の侵攻の後、米軍が南の領土を一部でも取り返そうとするなら、上陸作戦を敢行しなくちゃならない。その時、米国以外のどこの国が、それに協力すると思う?」
「常任理事国である中共が拒否権を行使するでしょうから、国連軍というわけにはいきませんね。つまり多国籍軍ということになるでしょう。あー、でも韓国のために派兵するという国が、どれだけあるか……東南アジア諸国は中共と対立するのはご免だろうし、それにあの国、アジアで結構嫌われていますからね。極東というぐらい離れている欧州国家の関心は薄い。となると、……すぐ隣で米軍の駐留している、日本しか残らないですよ」
「ああ、だが陸自が朝鮮半島に上陸して戦えると思うか?」
「さっきも言いましたが、無理でしょう」
「君の地元の沖縄だって、自衛隊に反発する人はいるんだ。半島の人間にとっては、それどころじゃないだろう。そんな土地で、まともな戦闘などできるはずがない」
「そうなると海自や空自に活躍して貰う、ということになる。だけど普通、多国籍軍と言ったらまず陸軍、それも歩兵なんだよな。海自は海の近くでなけりゃ無理だし、航空自衛隊には国外に出張って対地攻撃を行う能力が無いんだ」
完全に無理筋だな。だが厄介なことに、海を挟んでいるとは言ってもすぐ隣だ。
「自衛隊が参戦するのは難しいということは分かりました」
「ああ、だが米軍が単独で多国籍軍を名乗る訳にもいかない。かと言って、米国だけしか派兵しないなんてことになったら、ホワイトハウスは国内世論に袋叩きだ。お飾りじゃなく一緒に参戦してくれる同盟国が必要だ」
不機嫌な表情を浮かべ黙りこくる桃花を見て、俺は考える。頭が痛いのは、お前だけじゃないんだと。
「我が社が空自に試験貸与中のレールガン・シップこそ、この問題の解決に最適だ。米軍はそう考えたんだろう。こいつは、二百キロ以上離れた距離から地上や海上の兵站線をズタズタにできる。戦術核を使わずにそれができるとなれば、中共の南朝鮮での作戦は数日で行き詰まるだろう。少なくとも、南部の全面占領は阻止できる」
「そんな凄い兵器を、我が社が作ったんですか?」
そんな怖い唸り声を出して、問い詰めるのは止めて欲しい。俺としては、問題の起こらない妥当な性能に収めたつもりだ。
「あー、実戦検証をクリアしていないから、米軍はあまり信用していない。むしろ、そう言う凄い兵器を持つ日本が共同参戦し、相手の地上軍に打撃を与えていると、内外に宣伝できれば十分だと考えているだろう」
「社長! 確かアレ、ベースになる機体だけでも三百億円するものを、合計八機買ったと言っていましたね。改装費はそれと別ですよね? いくら掛かったんです?」
「いや、あのだな……」
米国側が想定している性能と異星人のトンデモ技術を利用して俺が作らせた製品のスペックとでは、かなりの違いがある。実はあれでも、最初の設計よりリーズナブル(?)なレベルまで性能を落とした、劣化版なのだ。
「自分が稼いだお金だから何に幾ら使っても良いと社長は考えているかも知れませんが、ベースとなる資本があるという信用が会社を支えている面もあるんですよ。そんな役に立たないガラクタを作るのに何千億も投資するなんて……」
いや待て。役に立たないではなくて、役に立ち過ぎないようにするのに、俺は苦労したんだけど。あと、製品の異常さがバレないように。
具体的に言うと、できるだけ人類所産の材料と技術を利用し、ちょっと見ただけでは超科学の製品だと分からないように擬装している。
そんな俺の努力が十分評価されないことは、残念だ。だが仕方ない。
「実戦で使って、役立たずだと判明した時訴えられるのを避けるため、無償での貸与としているのは理解しました。でもやっぱり、社長がそんな使えないガラクタを作る意味が分かりません。まさか単に「面白そうだから」ではないですよね?」
いや、そんな懇々と諭すような口調で詰め寄られると、何も言えなくなるじゃないか。俺は悪くない。悪くないはずだ。絶対悪くない、多分。それから無償で貸し出している理由、誤解しているから。
「しかも、私たちがロシアの暗殺者たちに命を狙われるのは、そんなガラクタのせいなんですね」
「いやその、それは……」
「中共側はそれを、本物だと思っているんでしょう? 紛い物だと気付かせず、騙し通すことができれば、中共の動きを制限できるというのも分かりました。でもそのために、私たちの生命を危険にさらす権利が、米国政府にあるんですか!」
「いやスマン。それは全面的に俺の責任だ。俺がアレを作ったせいだ。桃華たちの命は、何としても俺が守るから」
やっぱり俺が悪かった、全面的に俺が悪い。それを桃花に教えられたが、困ったことに今さら引き返すのは不可能だ。
うーん。取りあえず俺周辺の人間たちの身辺警護は、どん亀にたのんで最高レベルに上げよう。これから、どうなることか?




