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219/227

◆219◆

 ステファニィの顔がやけに近い。そう思ったら、いきなり正面から身体をぴったり着けて、両腕を俺の腰に廻してきた。


 目の前の瞳を見つめる。これは……俺の心を覗き込もうとする眼だ。


 微かな香水(パルファン)残香(ラスト)が感じられるが、彼女の白い肌の匂いと混じって、何の系統なのかよく分からない。強いて言えばまあ、ステファニィの匂いだな。


「どう考え直すんだ?」


「えっ?」


「俺たちの関係だよ」


「そうね。あなたのことを、もっと知りたい」


「どうやって?」


「どうやってって、分かるでしょう?」


「どうかな?」


「意地悪ね」


 今までのステファニィは、距離を置いているとまでは言わないが、俺からのアプローチを待っているという以上の態度は示さなかった。


 それは(つつし)みというよりも、こちらから求愛させることで優位(アドバンテージ)を得ようとしていると、俺には見えた。マウントを取ろうとしている、とまでは言わないがね。


 それがこの、急接近だ。接近も接近、体温が直接伝わってくるように身体を寄せて来る。


「その「知りたい」というのは、聖書(バイブル)に「アダムはエヴァを知った」って書いてあるのと同じ意味だと考えて良いのかい?」


 ステファニィが一瞬(ひる)むのを見て、そう言えばまだ処女(みけいけん)だったんだなと、俺は考えた。


 多分彼女は、俺に無断で仕組んだ段取りが上手くいかず、自分が何の成果も上げられなかったことに焦りを感じているのだ。そして今回のことで突き放されるのではと不安になり、俺を繋ぎ止めようとしているのだろう。


「おいおい、そんな顔をすると、俺も本気になってしまうぞ」


「いいわ」


 応える前に、また間があった。こいつは何を考えているんだ?


「その代わり、あなたが何を計画しているのか教えて」


「どうしてそんなこと言い出すんだ?」


 ステファニィは俺の手を取り、奥の部屋に導く。そこは寝室で、クイーン・サイズのベッドがあった。えっ、俺? のこのこと付いていったよ。


「ねえ、英次。今の私は、あなたの取り引き相手の孫娘よ。でも、それだけじゃ嫌なの」


 薔薇の刺繍の入った厚地のベッドカバーの上に、俺と並んで座ってから、ステファニィはそう言った。紺と水色の大胆なプリント生地ワンピースを着ている。彼女がベッドの上に片足を投げ上げると、Aラインで折り襞のあるスカートが広がった。


「で?」


 俺はウェッジソールの黒いサンダルの先からのぞく、赤いペディキュアを施したステファニィの爪先を眺め、彼女が何と答えるかを待つ。その間、このごついサンダルを履いたままでパンティを脱がすと、何だか引っ掛かりそうだな、と考えていた。


「でって……、あなたの考えていることを知りたいの」


「お前、「好奇心は猫を殺す」って(ことわざ)、知らないのか?」


「猫じゃないわよ、私」


「じゃあ命は一つだけだ。なおさら大事だろう? 自殺願望は良くないぞ」


「あなたが自分の国、日本を守りたいと思っているのは理解しているし、日本は私の好きな国だから、手助けしたいと思ったの」


 うん、そこから間違っている。


「日本に核兵器をシェアするというあの話は、知っていたのか?」


「知らなかった。ヒロシマ・ナガサキに対する日本人の思いを知っていれば、そんな提案なんてしない」


 それも間違っている。お前の日本人に対するイメージは、アニメのそれに囚われ過ぎだ。日本にだって、必要なら核武装すべきだと考える人間は少なくない。でもステファニィ自身が言ったように現実的ではないから、そっちの方向に行かないだけだ。


「万が一日本に対し戦術核が使われた場合の報復手段として、日本も核兵器を持つべきだと考える日本の軍人も、いないことはない。しかしそれは核の応酬となるリスクを抱えるし、日本は狭い国土の中の更に一部の地域に人口が集中し過ぎている。中露にまともに対抗するには、現実的ではないほど大量の核兵器と運搬手段が必要になる。別に感傷的な理由だけで核武装しない訳ではないんだ」


 核兵器を持つことは割に合わないんだが、持っている国には“持たざるを得ない歴史的理由”が、それぞれあるんだ。まあ、核がジョーカーと言われる所以(ゆえん)だな。過去何回か、米国は日本に“ほどほどの核武装”を持ち掛けてきた。だからそれ自体は想定内と言えるが、そのカードを俺に提示してきたことが目新しいと言える。


「本当かしら?」


「ああ無論、単純に“核が強力な兵器だから”持ちたがる日本人も、それなりにいる。ミズ・ハーマンがああ言ったのも、俺がその種の人間である可能性を考えたからだろうね」


「じゃあ、今日引き下がったのも?」


「別の条件を準備して、またやって来ると思う。彼女、言っていたろう。「張り子の虎でも、中露を脅すのに利用できれば良い」って」


「現実には使い物にならないトンデモ兵器だと思っているから、付け値が低いということ?」


「そうだろうな。特撮物の小道具(ガジェット)だとしか、評価していないんじゃないか。合衆国にとっては危険な代物じゃないと」


「ねえ」とベッドの上で、ステファニィが身体を寄せてきた。(とろ)けそうな表情をしている。


「何だ?」


「ホントはどうなの? アレは見せかけだけの、張りぼて(ペイピュア・マッチ)なの?」


「さあ、どうだろうな?」


「もう、意地悪!」


 駆け引きだと分かっていても、膨れて見せた顔は中々可愛い。首の後ろに手を伸ばして、引き寄せた。頬が少し赤くて、吐息が熱い。俺にとっては、いろんな意味で火遊びだな。


「俺たちの関係がどうとか、言ってたな」


 唇に軽く唇で触れる。


「そうね。結婚するなんて、どう?」


「結婚ね」


 頬から首筋に、唇を滑らせる。


「そうすれば私、日本国籍を取れるわ」


 ステファニィの奴、冷静だな。


「あー、日本の法律は、二重国籍を認めていないんだよ」


「あら、米国は違う。米国籍を離脱する意志があって外国へ帰化した場合は、別だけど」


「ふーん、どうするんだ?」


「あなた次第ね」


「俺はまだ、結婚する気は無いんだけどな」


「私がその気にさせてみせるわ」


 そう言って彼女は唇で、俺の唇を塞いだ。おい、まだ真っ昼間なんだけど。


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