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◆217◆

 国務省副長官のアリス婆さんは、老練の官僚だ。


 ステファニィの手引きで俺が宿泊している部屋にいきなり現れ、俺が空自に貸与している777レールガン・シップの護衛をしてやるから、米軍にもその運用に一枚噛ませろと言って来た。


 ええと、この人は“国務省”の副長官なんだよね。つまり外交畑で、軍事を担当する“国防省”の所属ではないはずだ。軍事と外交が無関係ではありえないとしても、運用権限にまで直接踏み込んで来るのは、どうなんだろう?


「一体、何の目的でそんなことを?」


「中共に、台湾侵攻するのはまだ早いと、考え直させるためです」


 なるほど。レールガン・シップが偽物(フェイク)であろうとなかろうと、その存在は人民解放軍海軍を牽制するのに使えるなら役に立つ、と言う訳だ。


「空中からレールガンで攻撃されれば、洋上の艦船は壊滅的なダメージを受ける可能性があります。彼らは、そんなリスクを冒す事ができません。万が一そんなことになれば、艦隊の再建に十五年以上かかるでしょう」


「十五年あれば、逆転の逆転リバース・オブ・リバースがやって来るか……」


 日米のシンクタンクの研究によると、米中の国力(例えばGDP)は今後五年から十年で逆転し、中共が文字通り世界一の超大国となる。しかしその後、更に五年から十年で、再度の逆転が起こると言うのだ。


 これは米中それぞれの国内事情に基づく予測だ。中共も米国も広い国土を持ち、巨大な人口を抱えている。しかしその人口構成は、国情により異なっていた。


 中共国家統計局は二〇二〇年の総人口を十四億千二百万人と発表、過去十年で五・三八%増加したことを示した。ただし前世紀と較べ人口の伸びは鈍化し、二〇三〇年で頭打ちになると予測している。


 問題は急速な都市化と高齢化が進み、今後の生産年齢人口が低下していくことだ。中共の生産年齢人口は、二〇一〇年には七〇%を超えていたのに、二〇二〇年では六三・四%に減少。同時期に六十歳以上の割合は、一三・三%から一八・七%へと上昇している。これに関連してある米国シンクタンクは、中共の人口減少が二〇二五年以前に始まるとしていた。


 しかも共産党一党独裁の理念に基づく国家統制を国是とする中共では、今後やって来る“中進国の罠”を抜け出すに必要な個人消費の増大(これは詰まるところ『個人の自由』に繋がる)の継続は難しい。歴史的に、権力に基づく資源配分が持続的な成長を実現した例は無いのだ。


 他方、米国国勢調査局の公表した二〇二〇年の米国総人口は三億三千百四十四万人超。十年前に対し七・四%の伸びである。


 この調査で明らかになった傾向は、米国全体での人口増加率の低下、人口分布の南方シフト、都市化の進行、人種・民族構成の多様化と白人人口割合の縮小、若年層の人口減少等だった。


 注目すべきは米国の人口増加に占める移民とその子の割合が高く、特に米国南部の未成年人口が増加傾向にあることだ。これは隣接する中南米からの流入と、彼らの多産的な家族形態に関係があると思われる。


 しかも米国では自然な混交による多人種(二つ以上の人種による混血)の占める割合が増大しており、『混淆人種文化』が形成されつつある。これは中共内の政策による『漢民族優位を前提とした多民族化』とは、大きく異なるものだ。


 米国シンクタンクの近未来予測では、急速に高齢化が進む中共の経済成長は十年以内にピークに達し、勢いで一時的に米国を追い越しても直ぐに失速して、再度逆転劇が起こる。今も移民国家であり若い労働力の流入が続く米国の生産人口比率は、中共のように激減することはないからだ。


「歴史の優者は勢いで決まると言います。我々にとって、時を稼ぐことさえできれば十分です」


 つまり中共が経済的に米国を抜いてナンバー・ワンであり続けるだろうこの先の十年間、彼らの軍事的拡張を抑え込むことが、米国にとっての勝利条件になるということである。


 地政学的に大陸国家である中共が海洋国家に変身し、生粋の海洋国家である米国と真っ向から勝負するには、彼らの進路に蓋をしている日本及び台湾という存在を奪取することが必要だ。中共がこの五年以内を目標に掲げ、焦っているように見えるのはこれが理由だろう。


 逆に言うと米国にとって、この日本・台湾という中共(及びロシア)に対する防壁を中共に渡すことは、何としても避けたいことになる。


「えーと、再度確認しますが、我が社(ろっかく)は一介の私企業なのです」


我が国(ステイツ)義勇軍(ボランティア)と協調して戦うことを拒んだりしません。我が国の国民には自由のため、多くの戦争に志願し参加してきたという歴史がありますから」


 そう言えば、日中戦争時に国民党政府軍に参加した米国戦闘機部隊フライング・タイガースやスペイン内戦で共和派の国際旅団に参加した志願兵たちは、米国政府の支援を受けていた。


 しかしうちが企業として戦闘に関与するということになれば、むしろ民間軍事会社(PMC)のような性質を持つことになるのではと思う。いや、そんな気は無いけどね。


「まず、自衛隊と話し合われてはどうです?」


「それは既に試み済みです。防衛省の回答は、「公には存在しない部隊については、話し合いの対象にできない」というものでした。今まで彼らから、これほど融通の利かない態度を示されたのは初めてです。まるで彼らには、実際の裁量権が一切無いという風に見えました。その後現職の将官同士での非公式な打診を試みたら、あなたと話し合うよう示唆されたのです」


 その時点で米側のアプローチは、自衛隊組織の中にある“ギアスの壁”に阻まれた訳だ。別に全ての自衛隊員がギアスの拘束下にある訳ではない。しかし自衛隊という組織の中にあるギアスの自律的なネットワークの中を覗き見ることは、それに参加していない人間には不可能である。


「それは単なる責任回避のように聞こえますが、信頼できる話なのですか?」


 いや俺は、何も認めるつもりはない。彼女に質問しているだけだ。


「日米の士官同士の関係は、互いの本音を確認できる程度には、親密です」


 セキュリティが甘いように見えるが、同盟国の軍人同士、今まで培った関係性を壊したくなかったら、そうなるか。背広組(シビリアン)とはまた違った、ある意味計算ずくの(しがらみ)の部分だ。何しろいざとなったら制服組は、戦場(げんば)で米軍と連携を取らなければならない。


「では今回、国務省が窓口になっているのは何故なんです?」


「最初に言ったでしょう。あなたを、愛国の志士(ペイトリオット)だと思うからです」


 どうも俺は、こいつらの口車に乗って戦いに志願し、良いように利用される愚か者と見られているようだ。過去の歴史の中で、米国は多くの国の“愛国者たち”をそうやって、自国の利益のため使い潰してきた。


「米国は、我々を“武装した民間抵抗(レジスタンス)組織”みたいなものとして、交渉しようとしているということですか? それならお門違いです。何度も言っているように、うちは私企業ですから」


「それは、然るべき支払いがあれば、こちらの要望に応じて貰えると理解して良いのですか? 過去にも我が国は、そのような民間組織に財政的援助を行った実績があります。無論、互いの合意が得られたらの話ですが」


 なるほどこれは、軍人ではなく外交官のアプローチだ。こちらの正体を手探りで調べ上げながら、同時に自国の利益を追求する手法である。こちらを民間軍事組織として利用できるのかという打診でもある。


「正直に言うと我々米国政府には、あなた方が何を目的としているか理解できないのです。何度も私企業だと繰り返すのは、日本の国防利益があなた方の追求する利益と、必ずしも同一ではないと言っているように、私には聞こえます」


「私企業の利益が国家利益と同じではないなんて、珍しいことではないでしょう?」


「いえ私は、“国防”利益と言ったのです。国家の利益は多元的なものですが、“国防”利益は“国家の存亡”という一点で判断されます」


「待って下さい。国防利益というのは、具体的にはどういう意味ですか?」


 俺はそこに引っ掛かりを覚えて、そう質問した。アリス婆さんの言葉に、僅かにステファニィが反応したからだ。彼女は何かを聞いて、知っているに違いない。


 アリス婆さんはやや間を置き、それから無表情に答えた。


「無論非公式にですが我々から、レールガンシップと核兵器のレンタルを交換取引(バーター)することを、日本政府に提案する可能性があります」


「核兵器?」


「ええ」


 ステファニィが不機嫌な顔で口を開いた。


「それは、賢明な選択とは言えないわ」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公が謀略で混乱させるというコストパフォーマンスの良い方法は検討しなかったのかな? 能力的にもデータを盗み放題だろうし、洗脳して内乱を起こさせるとか出来そう。
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