◆212◆
俺は桃花を呼んで、お茶出しをして貰う。岡女史の姿を見ても、桃花は何も言わなかった。おい、俺がこっそり連れ込んだ訳じゃあないぞ。
俺も何も説明しない。何か言えば、弁解を封じるような顔で「秘書の心得です」とか、言われそうだし。
珈琲カップと梨のタルトのケーキ皿をローテーブルに置き、おばちゃんに一瞥をくれた後、桃花がラウンジから姿を消す。
「まあ、レールガン・シップの問題を、国会で取り上げるのは難しいと思いますよ。何しろあれについては、予算の計上が一切ありません。機体の所属も、六角関連の研究開発機関のままで、国への寄付にも当たりません」
「何言ってるの岡田さん、そんなの通用するわけ無いでしょう!」
「えー、どうしてです?」
と、わざとらしく言ってみる。相手がこの海千山千のおばちゃんじゃ、通用しそうもないが。
「国内のメディアが取り上げない理由は分からないけど、このまま中国が黙っているはずないわ。それに、他の国だって……」
あれ、おばちゃん。そんなに力むと、目元のしわが酷くなるぞ。
「それは別に構いません。日本国内の世論さえ動かなければ、問題ないはずです。我が国の国会議員は与野党問わず、自分の選挙区の反応にしか関心がありませんから。誰かがスタンドプレイに出ようとしたら、周りが寄ってたかって引き摺り降ろすでしょう?」
「あなた、怖いこと言ってのけるわね。どこまで本気なの?」
砂糖もミルクも入れてないのに、珈琲カップの中をスプーンでかき混ぜながら、おばちゃんがそう言った。もしかして、猫舌?
「いや、真面目な話です。それより、こちらの日程では、米側の要人と会う予定は無いのですが、まさか勝手に約束したりはしていないでしょうね?」
「えっ、さっきスケジュールは空いているって言ったじゃない」
怪しい反応だ。まさかこの女、無断でアポを、俺の名前で取ったのか?
「岡さん、あなた、何を企んでいるんです?」
単に俺の名前を利用して、誰かを引っ張り出そうとしているだけではないような気がする。このおばちゃん、米国に着いたら直ぐに放り出そうと考えていたが、安易に放流するのは危険かも知れない。
「さあ、何かしらね?」
「いい加減にしないと、ここで外に放り出しますよ。あなたがこの機に搭乗したという記録は無いんですから、向こうに着いた時に乗っていなくとも、こちらは別に困りません。今の時期でも、北太平洋の水は冷たいと思いますがね」
「それは困るわね。あたし、泳ぎはあまり得意じゃないの」
落ち着いたものだ。脅しているだけだと思っているのだろうか? 経歴から考えると、そう大した修羅場を潜ってきたとは思えないのだが。
「ねえ、岡田さん。あなた、何を目指しているの? 同期で外務省に入った知人から、言われたの。北京は我が国のことを、相当訝しがっているそうよ」
「何故です?」
「ひょっとして日本は、もう一度アジアの覇権を握ろうと目指しているのじゃないかと」
「馬鹿馬鹿しい! 日本のGDPは中共の三分の一以下、米国の四分の一以下ですよ。一人当りの購買力平価《PPP》で言えば、シンガポール・マカオ・香港・台湾・韓国という東・東南アジアの国より、現在では下なんです。日本の国民には、そんな“元気”はありませんよ!」
外務省内の、いわゆる中国シンパのネットワークに属する連中か? 領袖が八十年代に入省したとしたら、年齢的にギリギリ引っ掛かるのかな?
「べ、別に、あたしが言っている訳じゃないから! ただ彼らは、日本が“裏の軍事力”を持とうとしているのじゃないかと疑っていると、言うのよね」
「疑っている?」
「ええ、あの、中南海がよ」
「なるほど」
中共の軍事費報告は「透明性に欠け、数字に一貫性が無い」と、国際的な軍事専門家により批判されている。中には「公表されている額の少なくとも二倍が投入されている」と指摘する報告もあるほどだ。
ある程度でもこれらの指摘に真実が含まれているとしたら、彼らが自分たちのしていることを他国もやっているのではないかと疑念を持つのは、当然の結果だろう。人間というのは、そういうものだ。
「ボーイング社の発表だと、777の300ERって、九百機近くが製造されているの」
「なるほど、それで?」
「米国が日本に、中国の膨張を積極的に抑え込む役割を期待しているとしたら、日本の軍拡を許容するだろうというのが、彼らの懸念していることよ」
「かもしれない、……ではないのか?」
「それはね、米国には、アジアの安全保障に多額の予算を割いて軍を派遣する余裕が、もうないでしょう。日本がもっと多くのレールガン・シップを持っても、それを使って米国を攻撃するとは思えない。太平洋を挟んでいるから、米国は安全よ。そうすると、その矛先が向かうのは、……分かるでしょう」
つまり中共は、米国が日本に大量の大型機を供給してレールガン・シップに改造させることを心配しているのだ。そうなればしばらくの間、日本海・東シナ海の制海権を中共が握ることはできない。
「そのレールガン・シップについての見積もりは、ひょっとして米国のものなんですか?」
「国防高等研究計画局、国防総省の研究機関が出した速報を、中共側が入手したらしいの」
「それって、米国がわざと流出させたんじゃないのか?」
「まあ、ありそうなことね」
そうなると話が繋がる。米国が、あまり積極的にレールガン・シップの取得に拘っていないのは、先行きが不透明な中共の軍事力に対する当て馬として、日本を軍事大国化させるためなのだ。
日本は、治外法権に守られた強力な米軍基地を多数抱えている。そして二〇二一年度には、日米地位協定とそれに関連する特別協定に基づき、在日米軍駐留経費負担という形で毎年二千億円以上の金額を、五年間に渡って支払うことに合意した。軍事的に見れば、日本は米国にとっての、被占領国と言ってもおかしくない。
逆に、その気前の良さ(負担率では駐留経費の七四%。これに対し、韓国は四〇%、ドイツは三二%。金額でも二位ドイツの三倍近く、韓国の五倍以上)から、「日本は米軍を“傭兵”として利用しようとしている」という批判が、米軍内部から噴き出しているほどだ。
防衛義務の片務性と核の傘の提供という面から見れば、この傭兵論もあながち否定しきれない。もっとも米国内に日本の基地は無いことなどから、非対称ではあるが双務的な関係だとする考え方もある。
「米国は、レールガン・シップを持ちたがらないかも知れないかもしれない、ということかな……既に十分な核戦力を持っているから、レールガン・シップまで持っては、“強くなり過ぎる”ということか?」
「そうね。中共の海軍現代化計画が二〇三五年に完了しても、日本が大量のレールガン・シップを運用すれば、実質的に無力化できる。そして米国は、日本国内の米軍基地と多量の核兵器を運用する高度な能力で、その日本の頭を押さえ付けるという訳なの」
「日本が逆らったりすれば、在日米軍が動き、昔の占領時代に戻る。それでも駄目なら、核をぶち込むと、脅す……ということだな?」
「ええ。でも、米側は気にしている。最初の二機以外の所在が、分からないということを。あなたは最低六機の777を、調達しているでしょう? その行方が不明なのよね」
レールガン・シップはどれも、ハーネスを装着している。だから飛行場の無い山の中でも、その出撃基地を設営することができた。米軍も中共の人民解放軍も、残りのレールガン・シップがどこに隠されているか見つけることができないのは、このためだ。
燃料弾薬を輸送するため、大型トラックが通行できる道路が必要だが、大型機用滑走路の設営に較べれば、難易度は格段に低い。
「米国内の軍事産業も、自分たちが立ち遅れているこの分野で、六角と競合することを望んではいないわ。それも、米軍がレールガン・シップの導入に及び腰な理由の一つね」
※『ポンコツ宇宙船拾得顛末記(仮)』を読んで下さっている皆様へ。
同じく『小説家になろう』に連載中の小説『俺は暁の盗賊ブドリだ』も、読んで下されば嬉しいです。この作品のURLは、
https://ncode.syosetu.com/n3590fx/
こちらは異世界の剣と魔法の物語ですが、気が向きましたらよろしく。
2021.12.28. 野乃




