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◆210◆ ☆

「“強い者には巻かれよ”って言うじゃないですか」


 いや、甲斐、それは“長いものには巻かれろ”だ。間違っているぞ!


「まあ確かに、米軍は“人類史上最強の軍隊”ですからね」


 田中まで! それは“霊長類最強”じゃないのか?


「実戦経験と戦力の面で、他を圧倒しています。私が言っているのは、小規模戦闘やゲリラ戦のような部分的なことではなく、“戦争”のことですよ」


 まあ核弾頭の数ではロシアも千発単位で似たようなものだが、その運用能力では米軍だ。通常戦での継戦能力でも、“世界のどこでも戦える”のは、あの国だけだ。世界中に拠点があり、地球上のどこにでも短時間で戦力を展開できる。


 軍需産業で世界の中核となる大企業が国内に集中していて、日頃から最高レベルの軍事装備を開発・調達することが可能である。しかも領土の中に石油や鉄鉱石などの資源が存在し、生産力もあるから、継戦能力も非常に高い。


 支配地域内の天然資源だけなら、中共・ロシアもそれなりのものだ。しかし科学技術とそれを支える経済力を考えると、世界一の強大国と称されるのも当然だろう。


 そして合衆国は歴史的に“尚武の国”である。建国時から“個人が銃を取る”、つまり自立自衛が基本理念だった。英国の植民地だった頃、英国の植民地軍が守ったのは植民地からの税収であり、入植者を守ることはなかった。


 “他者の助けを当てにせず、自分たちは自分たちで守る”、それが米国の“自由”の本質である。だからいろいろ問題を抱えながらも、自国の軍隊に対する信頼と支持が大きい。それは当然なのだ。あの国の国民にとって軍は“必需品”なのだから。


 逆に考えれば、他国の軍事力に自国の防衛を一方的に頼っている日本との関係を、彼らが「今までは都合が良かったが、不自然でねじくれている」と思っていても不思議はない。いくら同盟国と名乗っていても、実のところずっと彼らは“戦勝国”であり、“占領軍”であり続けてきたのである。


「いや、レールガン・シップを、米国に差し出すことはできないな」


「やっぱりですか?」


「あー、当然ですね」


 甲斐も田中も、どん亀と接続されているとは言え、本来の人格はそのまま保持していた。自由に考え、判断し、行動している。ただ上位者である俺の、指示に背くことは、基本的にできない。俺の要求に従い、それぞれの能力・個性を生かして、目標達成のための解決策を模索する。どん亀の手により、そういう風に改造されているのだ。


「何か理由があるんでしょうが、それが一番無難な方法だと思うんですがね」


「甲斐、お前が「無難」なんて言葉を吐くとは、思わなかったよ」


 田中が半分吹き出しながら、そう言ってケーキ皿を押しやった。もう一つ付け加えると、彼らはどん亀の存在を教えられていない。制限はあるが彼らは独立した個人なので、誤って自分の持つ情報を漏らす可能性があるからだ。


 従って彼らは、自分の持つ知識と能力の範囲で、“俺=どん亀”に奉仕することになる。理不尽だ? いやいや、普通の人間(地球の原住民)だって、無意識のうちに何かに帰属し、そのルールに従って生きている。その忠誠心の対象を、ちょっと置き換えたというだけのことだ。まあ本人の承諾は得ていないが、それなりの利益は供与している。それに比べれば、些細なことだ。


 歴史上、英国でも十九世紀初頭まで海軍艦船の乗組員確保のため、戦時の強制徴募というやつが行われていた。その対象は自国民ばかりとは限らず、英語に「(船などに)無理矢理連れて行く」という意味の、shanghai(上海)という単語が残っているのは、これと関連があると言われる。


 いや言ってしまえば、俺だってその強制徴募された側の人間だから。今更それを問題にする気もないし、それは俺以外の誰に対しても同じだ。


「で、結局、どうするつもりなんです、社長?」


「岡さんも、F-35はレールガン・シップの件とバーターだとか、先日言ってましたよ」


「何だって! あの人は地方協力局長で、これとは無関係なはずだろう?」


 地方協力局というのは六つある防衛省内局の一つで、全国の基地所在地方公共団体やその周辺住民に対し、防衛省・自衛隊の政策や自衛隊の活動について理解・協力を得るための施策などに関する業務を担当している。


 その中には確かに在日米軍協力課というセクションがあり、在日米軍との調整・交渉を担当しているが、レールガン・シップの調達は防衛装備庁の管轄で、完全に畑違いだ。


「ワシントンでのF-35Bの件で、あの人あちこち動き回ったじゃないですか。副大統領の補佐官とも会って話をしている訳で、米国政府(むこう)から窓口として選ばれても不思議はないんじゃないですか? 何年もの在米経験がありますけど、あっちにいる普通の外交官僚と比べて、性格がその……」


「ああ、米国人にしてみれば、コミュニケーションが取りやすいかもだな。話し方が開けっぴろげで、何でもズケズケ言うから」


 女性でありながら男社会の市ヶ谷の内局で、高級官僚に名を連ねているからには、相当頭の切れる人物であることは、確かだ。ただ年齢的なこともあると思うが、人柄はおばちゃん気質というか、人に対して遠慮がないのだ。


 人当たりが悪いわけでも、品が悪いわけでもないが、俺は苦手な相手である。


「昨日もうちの課に来て、社長を引っ張って来いと言うんですよ。あの人がアポを取ろうとして、秘書さんに弾かれたそうです。「来年まで予定が一杯ですって、何よ!」って、八つ当たりされましたよ」


 桃花には、個人的繋がりの無い相手からのコンタクトは、受付けないように言ってあるからな。それに六角産業(うちのかいしゃ)の業務は原料としての炭素素材生産で、レールガン・シップとの直接的な関わりは無い。


 岡局長としても、俺に直接会って話す場合ならいざ知らず、秘書課の人間に「レールガン・シップのことで」と具体的に用件を告げる訳にはいかないだろう。まあ、あの人ならその内、痺れを切らして言うかもしれないが。


「どうあっても駄目ですか?」と、甲斐。


「何でそこまで言うんだ? 直接の上司から、言われたわけでもないだろ」


 この二人は、俺の指示に背くことはできないが、俺が「するな」と強く命じない限り、反対意見を言うことはできるのだ。これは上位者であることが、誤謬(ごびゅう)を犯さないことと同意ではない、という理由からである。


「あのおばちゃん、しつこいんですよ。昨日ばかりでなく、その前も、ほとんど毎日やって来るんです」


 うむ、これは無誤謬とか、そういう問題ではないようだ。単に岡女史の攻勢に、甲斐が辟易(へきえき)しているだけか。


「まあそれだけ、省のトップの方に圧力が掛かっているということでしょうが」


 田中が真面目な顔をして言ったが、眼を見ると、今にも笑い出しそうである。


「狡いですよ、田中さん。岡さんが入室する前に、いつもどこかへ逃げ出すんだから!」


 どうやら田中は、岡女史が来る前に、気配を察して避難しているようだ。甲斐は要領が悪いだけか? しかしこれは釘を刺しておかないと、俺を岡女史に売り渡しかねない。


「あー、言っておくけど、俺はこの件で、岡さんだけでなく、政府の誰とも会う気は無いからな」


「そりゃ無理でしょう。機体を改造したのは三稜重工ってことになっていても、あれやこれやのシステムとかの権利関係は、みんな六角グループの息が掛かっている。部品の供給どうこう以前に、機体自体の所有権が政府にはないんですから。これからのことの、話し合いは必要です」


「いやこちらは、試しに使ってみて下さいと、無償で提供しているだけだからね。日本政府が要らないと言うなら、即刻引き上げさせて貰う。まさか今まで使った燃料代とか、駐機料とかを、こちらに負担せよと言い出したりはしないよね。その辺の法的契約には、事前に十分検討して、お互い合意しているはずだ」


「契約上はともかく、道義的にどうなんですか? 何故かマスコミにもネットにも取り上げられていないけど、尖閣での紛争で落ち込んでいた士気を、今支えているのは、“秘密兵器”の存在に解放軍が怯み、尻込みしているという“噂”です。防衛省の幹部が、この件で動くのを躊躇っているのだって、それで六角がこの計画から撤収するようになれば、藪蛇だと憂慮しているからです」


 マスコミやネットの沈黙は、どん亀が手を廻しているせいだった。そういう媒体には必ず裏に後ろ暗い背景があり、必要な力点に働きかければ、動きを潰すことができる。大衆媒体というものは、虚実の混じった情報と誤差の塊だから、匿名での操作が可能なのだ。


 いずれにしろ道義的責任など、俺が感じる理由が無い。レールガンシップが存在しなければ、解放軍はもっとフリーハンドで好きに動けたろうと思う。それに直面するのは周辺諸国であり、何より“自由主義の防波堤”と呼ばれる日本国なのだ。見返りとして俺の都合に合わせることぐらい、当然ではないか。


 国家がふんぞり返って個人に好き勝手を要求できるなどという、時代遅れの思想にはうんざりである。どちらが優越しているというような問題ではない。その時の力関係により、両者の立場は変わるのだ。インターネットの普及により情報は国境・国家を越えている。これからは情報の使い方次第で、一個人が国家以上の権力を振るうことも可能になることを、世界は見るだろう。


 まあそれは、もう少し先の話かも知れない。今はまだしばらく、国家の時代が続く、混迷の時代である。


「岡さんには俺が、来月には渡米して、向こうと話し合うつもりだと伝えてくれ。レールガン・シップは、今のところ最も必要な場所、日本列島周辺で試験運用を続ける。米国政府には、うちが追加の777機を確保するのを、邪魔するなと言っといてくれ」


「そんなことはしないでしょう。機数が増えれば、自分のところに廻す余裕が出ると考えるはずです」


「さっきも言ったが、それはない!」


 断言する俺を、田中は懐疑的な眼で見ていた。




挿絵(By みてみん)


※挿絵をクリック(スマホやパッドではタッチ)すると、この挿絵の『みてみん』コメントページに飛びます。そこの画像をもう一度クリックして開いてみて下さい。そうすると、もう少し大きな画像を見ることができます。2021.12.12. 野乃

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― 新着の感想 ―
[一言] 777バトルシップ中々、かっこいいですね〜w
[良い点] B777きれいです。 今住んでるところでは いまだに日の丸付けたB747がほぼ毎日のように低空飛んでます、 B767もたまに飛んでますが二発だからかB767の方がエンジン音かなり静かです。…
[良い点] 武器は飛行機の下側につけるのが普通だという先入観があって驚きました。 でもよく考えるとスペースシャトルを上に乗せて運んでる奴もいるので武器が上のもいるのでしょうね。 [一言] いつも楽しみ…
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