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◆206◆


 大城由唯の恋人である王佳麗が、上海の状況を伝えてきた。


 中共国内では、領空侵犯した無人機が撃墜されたことや、日本の艦船の動きが活発化していることなどは、ニュースとして公に取り上げられてはいない。


 ただ中共版ツイッター(拡散系交流サイト)である微博(ウェイボー)では、「#日本击落我们的无人机(日本が我が国の無人偵察機を撃墜)#」「#日本轨道炮装备机(日本のレールガン搭載機)#」へのリポストが、等比関数的に増えていた。


 現在のところ当局による検閲は無いようで、メッセージの削除やアカウントの閉鎖には至っていない。介入することで逆に関心を集めてしまう可能性もあるため、様子見をしている段階ではないかと思われる。


 これは内容がまだ政府や共産党への批判には至っていないことと、海外からだと思われる情報源のトレースに力が注がれていて、中央情報宣伝部からの指示が微博側に届いていないということもあるらしい。


 軍部では、自分たちの運用していた無人機が撃墜された事実にどう対処するか、意見が割れているというのが、上海財界の見方だ。


 王佳麗から得た情報を、大城に説明させている。大城を挟むのは建前上、お互いのリスク軽減のためということになっていたが、実際には王佳麗と俺との間に、信頼関係というものが成立していないからである。


「“元々消耗品扱いの無人機(ドローン)じゃないか”という当面静観派と、“やられっぱなしでは面子に関わる”という報復行動派に、大きく別れているようです」


「お前の朋友(ともだち)は、軍の内状を探っていて、危なくないのか?」


「あの国では、軍部と財界の間の境目がはっきりしていません。佳麗の仕事では、軍内部の情勢を知らなければ、商売ができないんです」


「なるほど。じゃあ、日頃から情報は集めているということか?」


「そうです。あと軍部の腰が重いのは、台湾よりも先に日本に手を出してしまうと、段取りが狂うという理由もあるようです。その辺は、中南海の判断を待つつもりでしょう」


「米海軍が介入する可能性も、高くなるからな」


 日本を拠点としている合衆国の第七艦隊は、西太平洋からインド洋までのアジア海域を活動範囲とする、文字通り世界最強のフリートだ。米海軍が保有する七つの艦隊の中で唯一、米国以外の外国領土に事実上の母港を置き、空母を常時展開させている。


 合衆国が国外に指令部を置いているのは、この他に第五艦隊と第六艦隊の二つだ。しかしいずれも、空母が随時米本土から派遣され各艦隊の指揮下に入る形を取っている。これに対して第七艦隊は、大規模修繕まで可能なドックのある横須賀に指定された空母が配置され、事実上の母港となっていた。


 インド洋や太平洋への進出のために、先ず第一列島線を支配下に置くというのが中共の海洋戦略である。それには台湾海峡を制し、台湾島に上陸、占領支配するという軍事オプションと、台湾の香港化という「一つの中国」原則による政治統合オプションが考えられた。


 しかしここ数年の香港の現状を見た台湾人は、一国二制度の謳う高度な自治の保証など、中共の圧力により簡単に崩れ去ってしまう幻想だと、思い知ってしまう。彼らが抱く「今日の香港は、明日の台湾」という危機感により、政治的オプション実現の可能性は限りなく低くなってしまっていた。


 最近の中共の軍事力強化は、明らかに台湾侵攻に向けた準備であり、その後は南シナ海に出て東南アジアへの支配を強めようという意図が明らかである。


 ただ現段階での日本領土への攻撃は、間近の日本に拠点を置く米第七艦隊とのガチンコ勝負を招く可能性が高く、“まだその時ではない”と考えている人間が、中共の支配層や軍部の多数を占めているはずだ。


 先ず台湾を併合し、海洋に曝した自国の柔らかい下腹をガードしたいというのが、多分中共の真意なのであろう。しかしそれによって隷属させられる羽目になるだろう東南アジア諸国にとっては、迷惑以外の何ものでもない。


「微博では、「日本のレールガンは、低速の目標にしか使えない」という声や、「たいして危険でもない兵器だから、臆病になるな」とか「パニックを煽るのは愛国的ではない」と、火消しに廻る書き込みも見られます」


「それは、当局の指示によるのか?」


「佳麗の話によると、書き込みの頻度や内容からは、自主的なもののように思えるということです。政府のやり方は普通、もっと直裁的ですから」


「つまり中共国内はこの件に対し、流動的というより、むしろ停滞しているということか?」


「情報不足で、米国の反応を見ているというところではないでしょうか?」


「そうなると、宮古島の核汚染騒ぎは、中共にとって良い具合の観測気球になるのか? 問題が大きくなれば、日本政府は国民に対し対抗策があると公表し、沈静化させる必要に迫られるだろう。米国も様子見することで、日本に情報を吐き出させることを重視するかもしれない……」


「公表すれば良いじゃないですか」


 大城がポツリと言った。少し待って、俺が返事をしないので続ける。


「日本がレールガン・シップを持っていると。そうすれば、世論も落ち着くのでしょう?」


「それはできないな」


「どうしてです?」


「日本はそんな物、持っていないからだ」


 俺が説明すると、大城が反論しようとする。


「だ、だって……」


「あれは六角がレンタルしているだけだ。自衛隊の装備じゃあない。日本国は、レールガン・シップなんか持ってはいないよ」


「詭弁です! 今はそうでも、どうせ売るんでしょう!」


「売りはしない。売れと要求されたら、引き渡しは拒否し、解体処分する」


 大城にはまだこの話をしていなかったから、驚いて目を剝き、俺を問い質す。


「そ、そんな! 社長には、愛国心が無いんですか⁈」


「お前にはあるのか、大城? 沖縄に米軍の基地を置き、お前たちに犠牲を強いてきた日本に?」


「それとこれとは別です! 私は、中共に沖縄(うちなー)に来て欲しくありません。米国(アミリカ)にだって、いなくなって欲しいけど」


 彼女の過去の経験から、米軍に対して良い感情を持てないのは当然だろう。未遂だったとは言え、米兵にレイプされ掛かっただけでなく、暴行を受け重傷を負わされたんだから。


 太平洋戦争後の七年間、更に一九五二年に日本が主権を回復してから一九七二年までの二十年間、合計二十七年もの間、沖縄は米国の施政権下に置かれた。一九七二年の沖縄返還後も、いわゆる日米安全保障条約(一九五二年発効、一九六〇年改定)により、沖縄には日本国内の米軍専用施設の七十パーセント以上が集中し、沖縄本島の面積の十五パーセントが米軍により占有されている。


 結局、太平洋戦争中から今に至るまで、沖縄とその住民は日本政府が米軍に差し出した人身御供だったと言っても過言ではなく、大城由唯もその犠牲になった一人なのだ。その彼女が、俺の日本への愛国心を問題にするとは、思ってもいなかった。


「由唯……?」


「社長の言ってることは分かります。元々私は男の人が好きじゃなかったけど、あれ以来……。でも、人間が身を守らなければならないのと一緒で、国だって自分を守らないと……そこに住んでいる人間だって、守れないと思うんです!」


 ん? 元々上昇志向の強い人間なんだとばかり思っていたが、彼女のそれは一種の防衛本能によるものなのかもしれない。つまり自分を守るためには、力を持つ必要があるという考えだ。そこは俺にも、何となく共感できるものがあった。


「あのな、レールガン・シップは現在“試用中”だ。そして多分、“お試し期間”はずっと続く。だから政府が何と言おうと、アレを売り渡すつもりはない」


「それで通るんですか?」


 大城が念を押すようにそう言った。まあ、懐疑的になるのは当然だろう。だが事が防衛問題となると、日本特有の政局がらみもあり、政府も下手なことは言えない。基本的に官僚は、ブレーキを掛ける側にまわるはずだ。すると配慮しなければならないのは、外圧か……。


「このことは桃花とも何度も議論した。俺の考えは変わらない。米国は、防衛装備移転三原則もあるし、俺が何とかする。大城は、中共がどう動くか、目を離さないでいてくれ」


「と言うことは、現状維持ですね?」


「ああそうだ。国内のマスコミは、君嶋が手を廻している。適当にいくつかスキャンダルを演出して目を逸らさせれば、ネットの目も誤魔化せるはずだ」


 だが結局、米国を何とかするとなると、またあっちへ行かなければならないか……。


※第五艦隊の司令部はバーレーン、第六艦隊の司令部はイタリアにあります。

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